聖女の代行01
サーペントはギルドに高値で引き取ってもらうことになり一段落つくと、ウルティアは本格的に入れ歯作りを始める。
歯を固めたり、採ってきた蜜月花を使った特殊な接着剤を作るのに時間がかかるらしく、毎日朝から夜まで隙間の時間を見つけては、いつも通り店のカウンターで黙々とひとりで作業をしていた。
最初にルオからとっておいた型に合わせて特別な石を掘り出すのは、カザムにはとても繊細な技術に見えた。修理のために顕微鏡をのぞいたり、とても小さな部品を扱ったりと、細かな作業をこなしてみせるウルティアにはいつ見ても感心させられる。
カザムは真剣な彼女の後ろ姿をみて、そっとキッチンがある部屋へ戻った。
朝食のときに確認はしているが、今日カザムはこれからギルドの依頼を受けることになっている。
(邪魔するのは悪いしな……)
行ってきますの一言を言うか言わないか、という一見どうでもいい事で迷う自分に全く疑問を抱かず、彼は壁にかけられた時計を確認した。
あと数分でここを出なければ、依頼に遅刻してしまう。だがそれでも、なかなかこの家から一歩を踏み出せずにいたのは、無意識に緊張とプレッシャーを受けていたからだった。
何故、まだ狩護団に所属しているカザムが、ギルドから依頼を受けることになったのか。
それは、単純に人手が足りないというのと、隻腕になった彼が狩護団の現場に復帰するための準備をするためだ。
つい先日、定期報告で久しぶりに隊長ダリオと会うとディエゴを通してか、カザムが準一級に指定されたサーペントを狩ったという連絡は既に彼の耳に届いていた。まだ現役で戦えるだけの力、そして精神があると見做され、これを機にカザムは復帰のためにギルドでやり直すことを要求されたのである。
狩護団に所属したまま、仕事も無いに等しい市井の見回りに当てられ、他の隊員たちとは距離を離すように敵も分からぬウルティア・ユーゴを住み込みで護衛する。加えて、その間にギルドで復帰準備をしろときた。
流石にここまで来れば、自分が厄介払いをされたのではなく、復帰までのつなぎとしてこの任務を与えられたことが分かった。
これは果たして、自分が〈竜殺し〉という称号を得たからの待遇なのか。それとも近い未来、〈魔獣王の再誕〉が予想される今、こんな欠陥のある狩人でも狩場を知っている者を失うのが惜しいのか。
その真意をカザムが推し量ることはできなかったが、まだ見捨てられていないことが明確になった今、その期待を裏切るわけにはいかない。
「……行くか」
きっとウルティアは、逃げ場としてこの役をノッカー団長に任されてしまったのだろう。
最初に依頼の手紙を読んだ時『……それはずるいよ。こんなこと言われたら、断れないじゃないですか……』と言っていたのは、断る余地があるくらいに、自分は必要とされてはいなかったということ。父親も隻腕だったそうなので、彼女は同情して自分を受け入れてくれたに違いない。
ならば、これ以上彼女に迷惑をかけず、自分は自分の仕事をするべきだ。
カザムは喉の渇きを覚え、コップいっぱいの水を飲み干してから、最後に装備を確認した。
そして硬い表情のまま、キッチンの奥にある裏戸に手をかける。
「カザムさん!」
そこで自分の背中にぶつかったのは、声をかけようか迷いに迷った彼女の声で。
カザムはハッと後ろを振り返った。
「いってらっしゃい! 今日の夕飯は唐揚げなので、あまり遅くならないうちに帰って来てくださいね」
店の入り口からひょっこり出て来たウルティアは、明るく微笑んでそう言って。
「ッ……」
わざわざ自分にそれを言うために、作業を止めて来てくれたこと。前に作ってくれた西国風の唐揚げが好きだと言ったことを覚えてくれていたこと。当たり前のように「帰って来て」と言ってくれること。
その全部が自分のために向けられたもので、ひとりで立って生きなければならなかったカザムの中には収まりきらない。彼はこの溢れそうになる感情をそのまま、思いっきりウルティアを抱きしめて「ありがとう」と言いたかった。
だがそうすると、もう一生彼女の元を離れることなんて出来なくなる気がして。
「わかった。速攻で終わらせて帰ってくる」
カザムができたのは、そう言う事だけだった。
その日。クリッサンサマムの南にあるハーレヤ高原で、隻腕の狩人がたったひとりで五十体近くの準二級と二級の魔獣を数刻で狩ってきたことは、しばらくの間ギルドで噂されることになる。
「お前、なんなの? 実は三本目の腕がありますとか言わねぇよな?」
「そういうのいいんで。帰っていいですか?」
依頼を終えたカザムは、ギルドの受付で手続きをしていたところディエゴに引き止められて不機嫌そうに言う。
「いいけどよ。もしかしてお前、もっと狩れたんじゃねぇのか?」
「……回復薬を使い続ければそれなりに狩れますよ。でも、それだとキリがない」
「そりゃ、そうだけど。お前のことだから、初日からやり過ぎると思ってだな」
「じゃあ。オレ、帰るので」
「あ、ちょッ!」
初日からあっさりしているカザムに、ディエゴは慌てて彼を呼び止めた。
カザムは立ち止まると、怪訝な顔で「追加の依頼ならやりませんよ?」と答える。
「んなこと言わねぇよ。久しぶりに一杯どうだ?」
「すみません。今日は早く帰りたいです」
「…………そうか。わかった。帰っていいぞ……」
ディエゴは色々と察してカザムを送り出した。
だんだんと日が沈み、「星の街」の蛍光石が道を照らし始める頃。カザムは足早に『修理屋』を目指す。
ディエゴの言った通りやろうと思えばまだ魔獣を狩ることはできたのだが、そうすると家に帰るのが遅くなるのでやめた。きっとウルティアは自分が帰って来るのを待ってくれていると、カザムはわかっていたからだ。
「おかえりなさい!」
「ただいま」
家を出る前と変わらず元気な彼女に表情はふっと緩む。だが、ウルティアはカザムの服を見て厳しい目つきに変わる。
「カザムさん。怪我を……」
所々破れ、血がにじんでいるのを彼女は見落とさなかった。
「ああ。中級回復薬で全部治ってるから。気にしなくていいよ」
あれくらいで怪我を負ってるようでは、まだまだ狩護団の討伐任務では足手まとい。
カザムは右腕のかすり傷に視線を向け、これでは毎回服を買い直すようだと小さく息が漏れる。
それからウルティアに目線を戻しーー彼女の表情を見た彼は言葉を失った。
「……ウル?」
どこか遠くに焦点を合わせた緑の瞳に光はなく。硬く口を閉ざして歯を食いしばり、両手を握り込んでいた。
何かに耐えるような様子に、カザムは心配になる。
「どうした?」
「……いえ。すみません。ちょっと考え事を。何でもないんです」
ウルティアは遣る瀬無く首を横に振った。
「今からお肉、揚げますね。お風呂は沸かしてあるので、どうぞ先に。あ、クールダウンも忘れずに!」
彼女はパッと切り替えて、カザムを迎える。
(……何も言ってくれないんだな)
たまにこうして暗い顔をするウルティアは、何も教えてくれはしない。言ってくれなければ、そんな顔をさせる原因を自分に取り除くことはできないのに。
カザムにはそれがもどかしい。考えてみれば、護衛対象であるはずの彼女について知らないことが多すぎた。どうにも心にしこりが残り、彼は静かに「わかった」とだけ返事をして、二階に上がった。
「……馬鹿だ、わたし。狩人なら、怪我をするのは当たり前のことなのに」
階段を上がっていく途中。ウルティアの独り言が耳に届き、カザムは思わず足を止める。
「カザムさん、怒っちゃったかなぁ」
心底不安げな声に、彼女が自分の身を案じてくれていたことを知った。直接言われていないからこそ本当に心配されているのが分かって、どうしてよいか分からなくなる。
「……でも、どうしよう。カザムさんが隻腕のまま、狩りに行き続けて帰って来なかったら……」
動けずにいると、ウルティアの声はくぐもって、感情がこみ上げていくのが音だけで伝わって来た。
「……また、わたしのせいで誰かが死んじゃうの……?」
カザムは息を止める。
それは聞き間違いなどではなかった。
今、確かに彼女は自分のせいで誰かが“また”死んでしまうと言った。
(どういう、ことだ……?)
どうして自分が狩りに行くことが、彼女のせいになるのか。カザムには分からない。
聞いてはいけないことを聞いてしまった気分になって、彼はその場から逃げるように気配を消して階段上り、自分の部屋に入った。着替えを持って二階に下り、風呂に浸かって出てくるとリビングでウルティアに教わったストレッチをし。何も聞かなかったフリをして、そんな気分でもないだろうに笑顔で話す彼女と食事を終え。
ウルティアが就寝したのを確認すると、カザムは真っ暗な室内を動き出す。
(確か。この辺に……)
一階の店に入るとカウンター裏の作業台から、記憶を辿りにそれを探した。
(……あった)
手に取ったのは、一番最初にウルティアへ渡したクラウス・ノッカーからの手紙。
口に蛍光石がついたペンライトを咥え、彼はそれに目を通す。
そこには、カザムが何故隻腕になったのか。彼がどれだけ真面目に仕事をこなして来たのか、誤解がないよう丁寧に書かれ、また、このまま放っておけばカザムは死に急ぐだろうから、見張っておいてくれないかとも綴られていた。
手紙は承諾書というより、カザムの復帰を援助してくれという『癒しの修理屋』への依頼書だった。
確かに〈竜殺し〉が自殺なんてすれば、狩護団の沽券に関わる。自分は生かされていたのだと知って複雑な心境になったが、捨てられなかっただけ御の字だ。
それに、どんな縁であれウルティアと出会えたことはカザムにとって幸運だった。
だから、彼女が一体何を抱えているのか、彼はこうやって忍び込んででも知りたかった。
手紙の最後に視線を動かし、灯りで照らす位置をずらす。
『父親のことで、義肢装具を作ることをやめたのは分かってる。だが、ウルティア。君の気持ちに整理がついたらでいい。カザムを生かすために、もう一度戦える腕を作ってやってくれないか』
そして、そう書かれているのを読んで。
カザムはウルティアが義肢を作れることを知った。
(メンタルブレブレしてました。すみません、、)




