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採集03

 


 蜜月花を採集した次の日。ウルティアは昼休憩を使ってカザムと共にギルドに出向いていた。


「ギルマスと話がしたい」


 そう言って受付で自分の名を出せば、奥へと通される。


「すごいですね。お知り合いなんですか?」


 ウルティアはこんな簡単にギルドマスターと面会が許されるカザムに驚いた。


「まあな。ここはオレの拠点だったから、ギルマスには小さい時から世話になってる」


 狩護団に入る前は勿論、国の狩人になった後も世話になっているが、直接ここを訪れるのは久しぶりだ。この腕を見たら何と言われるか、柄にもなく緊張していた。

 受付嬢に案内されて廊下を進んでいると、突き当たりから体の大きな男が顔を出す。


「カザム! お前なぁ!!」


 彼はカザムの姿を見つけるや否や、強面を更に厳つくして大股でこちらへ迫って来た。

 彼こそ、クリッサンサマムで一番大きなギルドを管理している狩人。ディエゴ・カトゥーである。

 その剣幕に思わずウルティアを後ろに庇うように立てば、ディエゴはその大きな手でガシリとカザムの頭を鷲掴む。


「なんでもっと早く来なかった!」


 頭が揺れるほどがしがし撫でられて、カザムは戸惑いながら視線を上げる。


「腕のことは聞いた。俺は狩猟馬鹿なお前のことだから、そのうちここに来ると思って色々準備して待ってたってのに。一ヶ月も経ってるじゃねぇか!」


 本人を目の前にして気分が高まったのか、ディエゴはべちんとデコピンを食らわせた。

 どうやら彼はカザムが狩護団に居られなくなることを察して、色々と準備をしてくれていたらしい。だが、今日カザムがここを訪れたのはサーペントの買取りを頼むためであって、職を失って彼を頼りに来たわけではない。


「あの、ギルマス。オレはまだ狩護団をーー」


「辞めてない」と言おうとしたのに、ディエゴはそこでカザムの後ろにいるウルティアに気がついて愕然とする。


「お、おまッ、おまえ、まさか!!」


 彼はわなわなと震え出したかと思えば、一歩後退りした。



「俺は真剣に心配して、お前に若い狩人たちの教育係をやってもらおうと準備してたってのにッ。結婚の報告する前に一本連絡ぐらい入れろや、コラ!」



 とんでもないことを言われて、カザムはこれでもかと目を見開き、ヒュッと息を飲み込む。


(なんてこと言ってくれちゃってんだよ、この人!!)


 ちらりとウルティアの表情を伺えば案の定、ウルティアは非常に気まずい顔をしている。「あ、いえ……」と彼女が語り出すのを聞いて、カザムは居た堪れずにディエゴに言った。


「彼女はオレの護衛対象者だよッ」


 ウルティアの口から拒絶の言葉なんてものは聞きたくなくて焦った彼からは、つい昔の喋り方が飛び出す。


「あ?」


 ディエゴはぴくりと眉を上げて、怪訝な顔に変わるのだった。






 ◆







 とりあえず部屋で話をしよう、ということになって通されたのはディエゴの仕事部屋。ギルド長室と書かれたプレートのついた扉を開けば、資料だらけの机が彼らを出迎える。

 来客用のローデーブルに茶が出され、カザムとウルティアは彼と向かい合うようにソファに腰掛けた。


(結婚……)


 カザムはディエゴに言われた単語が先ほどから頭を離れず、もし本当に婚約者の紹介をするならこんな感じなのかと想像する自分に頭を振る。それから雑念を払うように、彼はウルティアのことを紹介した。


「彼女は『修理屋』のウルティア・ユーゴ。オレは今、無期限の隠密行動及び彼女の護衛役を務めています。任務規定で、彼女の店で世話になっているところです」


 民間の狩人を取りまとめるギルドマスターは、王宮狩護団の上層部とも密接に関わっている。規模によっては、狩護団の団長にも匹敵するような権力を持つ場合がある。そして、今ここにいるディエゴはこの都で一番のギルドを仕切っており、狩護団とは協力体制にあった。

 人払いを済ませた部屋で、カザムが自分の任務内容を口にするのを、ディエゴは複雑な気持ちで聞いていた。

 何故なら、話を聞く限りでは、隻腕になった〈竜殺し〉は厄介払いされたとしか思えないからだ。

 だがしかし、護衛対象を前にそんなことを言うのは野暮にもほどがある。説明が終わると、ディエゴはパッと表情を取り繕ってその強面に笑顔を貼り付けた。


「いやぁ。そうとは知らず、変なところを見せちまって悪いな。嬢ちゃん」

「いえ。平気ですよ」

「こいつが女の子連れて俺のところを訪ねて来るなんて初めてなもんだから、つい早とちりしちまった」


 ぺらぺらと自分の情報を流す彼に、カザムはこれ以上余計なことは言うなと視線を送った。

 それに気がつくディエゴだが、カザムが置かれている立場が危ういにしろ、思いの外面白いことになっていて話さずにはいられない。

 昔からその場に馴染むのは得意な子どもだったが、それがまさか護衛対象者とはいえこんな若い女性と暮らしているとは。仕事一筋なカザムが上手くやっているのか、気になるに決まっている。



「カザムのことはガキの頃から知ってるんだ。一応保護者代わりみたいなもんだから、何か困ったことがあれば遠慮なく俺を呼んでくれよ」

「ありがとうございます。でも、カザムさんのせいで困ることなんてないので大丈夫ですよ」



 ウルティアが屈託なく答えるので彼は「ほう?」と息をつく。


「いつからお前はそんな澄ましたキャラになったんだ? 昔はやんちゃばっかりしてたくせに。いや、無茶をするのは今も変わんねぇのか」


 ディエゴはそう言うとカザムの左腕に視線を向ける。



「別に。分別がついて、大人の対応を覚えただけですよ」

「ハハッ。狩護団で揉まれたか。ま。俺からすれば、まだまだガキだけどな」

「……そろそろ、本題に入りたいんですが」



 カザムは彼の瞳に居心地の悪さを覚え、話題を逸らした。


「そうだったな。まだ狩護団に所属してるなら、なんでここに?」


 隠密の協力でも仰ぎに来たならば、ウルティアは連れてこないだろう。ディエゴは不思議そうに尋ねる。ウルティアからちらりと視線を向けられ、カザムは口を開いた。


「昨日、黒霧の森でサーペントを狩りました。かなりデカいので報告と、彼女の名義で買取りをお願いしたくて」

「は?」


 何言ってるんだこいつ。

 ディエゴの顔にはハッキリとそう書いてあった。


「サーペントを狩っただぁ? ほんっと、お前って狩猟馬鹿だな」


 よく魔獣に食われて間もないのに狩りに出ようと思ったな、と暗に聞こえてウルティアが顔を青くする。


「すみません。わたしが蜜月花を採りに行くって我儘を言ってしまったから、カザムさんに無理をさせてしまって……」


 申し訳なさそうな声色に、事情を察したディエゴ。


「いや。こいつが生粋の狩人なのは、嬢ちゃんのせいじゃない。戦闘好きがいつまでも部屋にこもってるっていう方が逆に心配なくらいだ。連れ出してくれてありがとな」

「え、いえ。そんな」


 何故か礼を言われることになってウルティアはとんでもないと恐縮した。カザムは隣でハラハラしながらディエゴの発言を聞いていたが、ちゃんとフォローをしてくれて安堵する。


「んじゃ、とりあえず見せてみろ」

「はい」


 彼らは場所を移し、人間より太い腹のサーペントを収納瓶から取り出した。


「……これはまた。すげぇのを狩って来たな……」


 想像を遥かに超えてきた巨大なサーペントに、ディエゴは唸る。


「綺麗に頭と体を切り離しちまって……。まだまだ現役じゃねぇか」


 状態を確認した彼は、カザムを見上げた。


「これでも彼女の護衛役なんで」

「ハッ。そうかい」


 可愛くねぇななんてディエゴは言うが、目は嬉しそうに笑っている。案外ちゃんと今の自分と向き合って、狩人としての矜持を保っていることが分かって安心したのだ。


「それに、ウルがこいつの動きを止めてくれたので、オレは止めを刺しただけでした」

「へぇ? 嬢ちゃんが?」

「毒を塗った吹き矢を吹いただけですよ」


 狩人のトップとも言えるギルドマスターに見つめられ、ウルティアは苦笑する。


「そうか。アルサールから横断ルートでここまで来たやつがいるって話は耳にしてたんだが、なかなかすごい切り札を持ってるみたいだな」

「え……」


 そこで自分のことが噂になっていることをそこで初めて知った彼女から不安な一音が漏れて、男性陣は違和感を覚えた。


「……わたしのこと、噂になってたんですか?」

「ん? いや。そんなに目立った噂にはなってないし、嬢ちゃんがそうだっては気付かれてないから何も心配はいらないぞ。これでも俺はギルマスだから、知ってただけさ」

「……そうですか……」


 それでも懸念が残るのか、ウルティアはその場で考え込んでしまう。


(まるで誰かに自分がここにいることを、知られたくないみたいだ)


 カザムはその様子に眉を潜めた。


「何か気になることがあるのか?」


 ディエゴは軽くウルティアに尋ねる。


「あ、いえ。その……。しばらく故郷とは縁を置きたくて、何も言わずにアルサールを出てきたもので。もう一年も経っているので、わたしを探している人はいないと思っていいと思うんですけど、ちょっと気になって」


 彼女はそう答えて自分の中でも整理がついたのか、いつもの明るい面持ちに変わった。


「すみません。話が脱線してしまいましたね。サーペントはどういうことになりそうですか?」

「ああ。こいつは一度ここで預からせてもらう。黒霧にこんなのがいたなんてーのは、調査も必要になりそうだからな。とりあえず鑑定が終わったら連絡させるが、それでいいか?」

「はい。お願いします」


 話がまとまり、書類などにもサインを終えるとウルティアはカタリとペンを置く。


「ごめんなさい。わたし、店の準備があるので……」

「おう。もうやることはねぇから、大丈夫だぞ」


 もう昼休みの時間は残り少ない。午後には一番で予約の客がいるので、彼女は申し訳なさそうに断って席を立った。


「ちょっとカザムは残れよ」

「……何ですか?」

「すぐ終わるから、そんな顔すんなって」


 場の空気を読んだウルティアは一足先に部屋を出る。ちょいちょいとディエゴに手招きされ、仕方なくカザムが耳を貸すと彼は小声で囁いた。


「嬢ちゃんが可愛いからって、合意なく手出すんじゃねぇぞ?」

「ッ! 余計なお世話だよ!」


 カザムはキッとディエゴに吠える。

 わざわざ自分だけ残して何を言い出すかと思えばこれだ。完全に弄ばれている。

 まあ、カザムもそこできっちり否定しないあたり、既に彼女に気があることには違いなかった。


「ハハッ。冗談だ、冗談。そんなムキになんなよ」


 ディエゴはカザムから離れると豪快に笑い飛ばす。


「でも良かったな。いい仕事相手じゃねぇか……。これでも本気で心配してたんだからな? お前、手紙出しても返事をしやしねぇし。これからは連絡くらいしろよ?」

「……ハイ」


 面倒見のよいと評判のギルドマスター。昔から世話を焼くのがこの人は好きだよな、と思いながらも、それに助けられて来たことは事実であってカザムは素直に頷く。なんだかんだでディエゴには頭が上がらないのだ。

 彼はディエゴと別れると、廊下を歩くウルティアの背中を追った。



 ディエゴはふたりが去った後に残った二つのティーカップを見て、しみじみと呟く。



「あいつにも遂に春が来たのかぁ」



 こんなベタな台詞を吐く日が来ようとは。

 その眼差しは、唐突に子どもの成長を痛感させられた親のそれであった。








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