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採集02

 


 異世界から召喚される「聖女」と違って、この世界の住人は体が丈夫らしい。そして、その上で鍛えているカザムは、人並外れた身体能力だった。


「ちょっと速い?」

「いえ。このくらいなら平気です」


 乗り物など使わずにその足で夜の森を颯爽と駆けていたふたり。ウルティアはカザムの余裕ある走りに流石だなと思う。自分のスピードに合わせてくれているのは素人目に見ても分かった。

 カザムは少しだけペースを落とし、ウルティアの斜め前を進む。鎮守の森を抜ける前は不安もあったが、今は久しぶりの外に気分が高揚していた。気がついた時には狩人として生きてきたのだ。もしかすると都にいる時間以上に外にいたかもしれない。彼は水を得た魚のように、生き生きとした表情をしていた。


(商人の護衛は昔よく受けたな……)


 周囲を警戒しながら、ウルティアの様子に気を配る。誰かを守りながら森を進むのはこれが初めてではなかった。狩護団に入る直前には、商人から指名で依頼をもらっていたこともある。

 初心に帰った気持ちで森を進むのは、新鮮だった。


「ウル、この先ぬかるんでるから気をつけて」

「はい」


 夜目は効くが、暗いと見落とすことも多い。夜のほうが日中に比べて格段に危険度が増す。彼はよく集中してウルティアを先導した。


(いるな……)


 カザムは息を潜めている魔獣にいち早く気がつくと、流れるような動作で槍を抜き、柄を伸ばしながら飛びかかってきた中型犬ほどのソレを斬り払った。

 彼があまりにも静かに倒してしまうから、どさりと骸が地に着いた音にウルティアはびくりと肩を震わせる。スピードを上げて先行したと思えば、あっという間に急所を斬っていた。


「……カザムさん、本当に左利きなんですか?」


 すぐ間近にそれを見たウルティアからは、そんな言葉が漏れる。


「そうだよ。槍は両手で扱えないと話にならないからな。それなりにこっちも使えるってだけ」


 彼は特別な精霊石で柄が伸び、形が剣から槍になった得物を軽く振るってみせた。


「びっくりしました。普通、そんな風に扱えないですよ。クラウスさんが心配せずともカザムさんはお強いって言っていた意味が、今身をもって分かりました」

「……そんなことも書いてあったのか? 嬉しいけど、買い被りすぎだな。片手じゃやっぱり扱える範囲が小さくなる」


 口ではそう言ったものの、久々に命を狩った感覚にどこか興奮する自分も確かに居て、カザムは浮ついた喜びを噛み殺すように苦笑する。


「血の匂いに獣が集まってくる。行こう」

「はい……」


 ウルティアに背中を向けた彼は、彼女が一瞬複雑そうな顔をしたことには気がつかなかった。






 店を出て約一時間半。走り続けたふたりの前が、だんだんと暗くなっていく。


「入ったな」

「そうですね」


 黒霧の森に差し掛かり、一度速度を緩めた。

 ここまで来るのに大物を相手することはなかったので一安心したいところだが、ここからが難所だ。ふたりはそれぞれコンパスを出して、位置を確認する。


「ウルが前に見つけたってポイントは、ここから北東に一キロくらいか」

「はい」

「うん。じゃあ、はぐれないようにだけ気をつけて行こう。万が一はぐれて、何かあったらすぐに救難信号を」

「分かりました」


 最終確認を終えると、今度は先ほどまでとは違ってゆっくり歩き出す。不思議と月明かりは差し込んでくるが、前の視界は薄い霧でぼんやりと霞んでいる。ここで急に魔獣に襲われればひとたまりもない。隣ではウルティアが魔獣避けの香を焚いており、独特な匂いがカザムの嗅覚を満たしていた。


「もう少しで着くと思います」


 こまめに方向を確かめながら、数十分後。覚えがあるのか、ウルティアがそう呟く。地図ではこの先には小さな湖があり、彼女曰く蜜月花はその辺りに咲いているそうだ。

 今日は少し風もあるので、水面が揺れる音なら拾えるだろう。カザムは耳を澄ませ、音に集中した。木の葉のざわめきに、虫が鳴く声が聴こえる。水の音を求めてその奥へとイメージを探ろうとして、彼はゾッと背筋を凍らせた。


「止まって」


 それは聞き慣れない微かな音だった。しかし、この場では逆に浮いていたその物音に、カザムは全身の感覚を尖らせ、オオカミの瞳をギラつかせる。右手にしっかり槍を構えた。

 その様子にウルティアも警戒をあらわにし、いつでも吹けるよう吹き矢を口につける。


(……デカい……)


 彼の耳に届いたのは、ナニかが地面を這う音。香の匂いを嫌がる素振りもなく、スルスルと木々を縫うようにソレはこちらに近づいている。


「もしオレに何かあったら、迷わず逃げろ」


 ウルティアが険しい表情になる間もなくーーソレは大きな口を開けて牙を向いた。鞭のようにしなる太くて長い巨体は、真っ直ぐ彼女に飛びかかってくる。

 カザムは咄嗟にウルティアを庇うようにして、彼女を押し倒した。すかさず結界石を握り、結界を張るイメージを石に伝える。二撃目は間一髪のところで結界に弾かれた。


「サーペント?!」


 押し倒された反動で吹き矢が口から離れたウルティアは、目の前にいるそれの名を口にする。

 姿を現したのは、古傷だらけの大蛇。人を丸呑みできそうなほどの長さと太さがある。よく見れば目は潰れていた。

 ここまで巨大化したサーペントは、カザムですら滅多に見たことがなかった。準一級、いや、能力によっては一級にも分類されそうな個体だ。


(まずい)


 球体の結界を覆うようにサーペントが巻きつき始め、カザムは焦った。このままでは結界はもたずに圧死する。だが、だからと言って結界を解くことはできない。押し倒すことでしか彼女を攻撃から守ることができない自分に、歯を食いしばった。


(言い訳はいらない。何とかこの場を凌がねーと)


 ドクドクと血液が全身を駆け巡り、握り直した槍に力がこもる。


「カザムさん」


 名前を呼ばれてハッと下を見れば、ウルティアと視線がかち合った。


「わたし、何があってもカザムさんを置いて逃げるようなことはしませんよ」


 先ほどの答えだと気がついてカザムは瞠目する。


「こんな状況で何をーー」


 あまりにも冷静な眼差しを怪訝な瞳で見つめ返せば、異変に気がつく。とぐろを巻いていたサーペントが、唐突に動きを止めていた。注意して見ると鱗が痙攣している。


「な……」


 何が起こったのか分からないカザムに、ウルティアは言う。


「麻痺させたので止めをお願いできますか。わたしじゃこんな巨体を一気にさばけないので」

「……いつの間に……」


 どうやらあの一瞬で、彼女は吹き矢を放っていたらしい。状況を理解したカザムはウルティアを一瞥した後起き上がって、とりあえず彼女から退いた。


「止めを指すにしても、そのために結界を解くのはリスクが高い。絞められたら逃げられないよ」

「また結界石を使うので大丈夫です。それに、その前にカザムさんがやっつけてくれるでしょう?」


 何の確証もないのに、全く疑いもない様子で言われてカザムはグッと息を飲んだ。追い詰められているはずなのに、何故だか口角は上がった。


「……すぐ、片付ける」

「はい」


 即死させねば、のたうち回ってウルティアに危害が及ぶ可能性がある。ここまでお膳立てしてもらっておいて、失敗することはできない。

 カザムはひとつ呼吸を整えると、冷たく尖った目線を獲物に向けた。そこにはもう迷いも憂いもない。彼は強靭な脚力で結界から飛び出すと、落下の速度を生かして確実に蛇の頭を一振りではねた。


「ウル!」


 カザムは獲物が息絶えたのを見送ると、すぐにウルティアのもとへ駆け寄る。蛇の渦から、出てきたウルティアは彼を見つけるとニッと笑った。


「お見事です!」


 彼女の笑みは視界が悪くてもしっかり見えて。カザムはホッと体の力を抜いた。


「まさかこんな大物がいるとは思いませんでしたね」

「ああ。正直、ちょっと焦った……」

「そんな風には見えませんでしたよ。カザムさんが来てくれなかったら、今頃わたしは大怪我です。本当にありがとうございます」

「いや。ウルのおかげだよ」


 ウルティアはまじまじとサーペントを見つめている。


「どうした?」

「……その、持って帰りたいな〜と」


 彼女がそう言うならば、と。カザムは懐から精霊石がふんだんにあしらわれた銀製の試験管みたいな代物を取り出す。


「もしかして、〈収納瓶〉ですか?」

「そう。狩護団の入団祝いにもらえる特別製。結構入る」


 口で噛んで細長い瓶を開けると、彼は筒の口をサーペントの皮膚につけた。するとみるみるうちにサーペントはそこへ吸い込まれていく。


「うわぁ。いいな〜」


 特別な精霊石の組み合わせで収納を可能にしているので、収納瓶はかなりの値段がする。ウルティアも自作しようとした時があったが、まず材料を集め切ることができずに断念していた。心の底から羨ましいと思っている声色に、カザムは苦笑する。


「本当ならあげたいけど。オレしか使えないようになってるからごめんな。でも、側にいるときに言ってくれれば、いつでも使うから」

「いいんですか? ありがとうございます。でもそしたら、ずっとカザムさんにくっついて回っちゃいそうですね」


 ぱあぁっと明るい表情を浮かべ、可愛らしいジョークを飛ばしたウルティア。

 二代目の残した辞書に載っていた「吊り橋効果」というやつの所為なのかは知らないが、そんな彼女の反応に何かがトスッと彼の胸にささる。



(あああ。荷物持ちでもいいからずっと側にいてぇ……)



 不甲斐なくもそんな情けないことを思ってしまい、カザムは胸中を悟られまいと必死に表情をつくろった。


「さて。先に進みましょうか。さっきのサーペントは古傷だらけでしたし、もしかすると嗅覚が低下していたのかもしれませんね。魔獣避けが効かなかったのはびっくりしましたが、そう何匹も大物とは遭遇しないでしょう」

「そうだと祈るよ」


 そうして一戦終えた彼らは、気を取り直して湖を目指す。


「それにしても、あれだけの巨体にすぐ効く麻痺の薬なんてあるんだな」


 周囲の警戒は怠らずにカザムは尋ねた。ウルティアが最初のエンカウントで攻撃をしてくれていなければ、どうなっていたか分からない。小さな武器なのに効果は絶大で、彼女がひとりで魔獣を倒しながら森を歩く姿が想像できてしまった。


「自分で調合しています。整体を勉強する時に、人を癒せることを片っ端から学んで、薬もその時に色々と」

「すごいな。無いものは自分で作ろうって思うところ、尊敬する」

「そ、そうですか?」


 褒められ慣れてないのか、照れ隠しにウルティアは言葉を続ける。


「わたしは危険を承知で守ってくれるカザムさんのほうがすごいと思いますよ。さっきもすごくカッコ良かったです」

「ッ。……そんなことない」


 自分で切り出しておきながら、思わぬ反撃を食らったカザムは何だか気恥ずかしくなって顔を背けた。





 だんだんと夜も更けて、満月は眩しいくらいに輝きふたりを照らす。霧も晴れて視界が開けると、そこに現れたのは鏡のように空を写し込んだ湖。サアアッと一陣の風が吹き抜け、カザムはその光景に目を細める。


「カザムさん。見てください」


 隣でくいと服を引っ張られて、そちらを見てみると黒い霧のベールを脱いだ蜜月花が、白い花弁を揺らしていた。


「たくさん咲いてます。綺麗ですね」


 彼女は満面の笑みで、花の採集に向かう。

 綺麗とは言っても、ちゃっかり花を手折るウルティアに彼女らしいなと思いながら、カザムは無事にここまでたどり着けたことが夢見心地であたりを見渡す。

 ウルティアの援護があったとはいえ、あのデカブツをこの手で倒したのだ。今になって頭を斬った感覚が右手に戻ってきて、ぶるりと体が震える。それは後から自覚した恐怖からくるものではなく、獲物を狩った武者震いからくるものだった。

 狩護団が出動するような危険度の高い獣を相手する任務は与えられないかもしれないが、狩りが出来なくなったわけではないと知ってカザムは心の底から嬉しかった。



「ウル」

「はい?」

「一緒に来させてくれて、ありがと」



 ウルティアが同行を拒否したわけではない。

 でも、どうしても彼女に礼が言いたいと思った。

 ウルティアは一瞬だけ目を丸くしたが、「どういたしまして」と微笑む。花を片手に小さくしゃがんだ彼女は、今までで一番綺麗だった。



(オレはまだ、彼女のためになら戦える)



 カザムの瞳は友情だの、愛情だのには留まらない熱を帯びていた。



「よし。これくらいでいいかな」


 蜜月花を集め終えたウルティアは立ち上がる。

 背中にかけていたバッグにそれをしまいつつ、彼女は何かを取り出してみてシュンとした。


「潰れちゃったか……」


 残念そうに呟くので、カザムも気になって様子を伺う。


「それは?」

「あ、いえ。その、なんでもないんです!」


 くしゃりとシワのよった紙袋を尋ねると、ウルティアは慌ててそれをバッグへ突っ込もうとする。


「もしかしてさっきので」


 押し倒したときに潰れたのだと気がつき、カザムはウルティアの手を掴んだ。


「ごめん。中身、なんだった?」


 隠そうとしていた彼女も観念して、紙袋を広げる。


「……実はパウンドケーキを焼いて来てて。ここは綺麗に月が見えるって知ってたので、お月見しながらカザムさんと食べたいなと思ってたんですけど……。すみません。ちょっと浮かれすぎてたみたいです」

「食べる」

「へ?」


 想定外の答えが聞こえて、ウルティアは耳を疑う。


「食べたい」

「え、でも潰れて」

「大丈夫。昔は比べ物にならないものとか食ってたから」


 今や武族の仲間入りを果たしている彼だが、昔はその日の暮らしにも困るような生活をしていた孤児だったのだ。潰れて見た目が変わったくらい気にしないし、何よりウルティアが自分と食べたいと思って作ってくれたものを捨てさせるわけにはいかない。


「あっ」


 広げられた紙袋の口にひょいと手を突っ込み、包装されたパウンドケーキを掴み取る。

 見事に片側が大きく変形した包み。紐で閉じてあるのを噛んで開くと、三切れほどパウンドケーキが顔を出した。

 カザムはそのままそれを口まで持っていくと、大きく口を開けて一切れを噛む。

 ほんのり酒が効いていて、甘さもちょうどいい。確かに潰れて見た目は悪いが、味は申し分なかった。


「美味しいよ」


 心配そうにこちらを見ていたウルティアにそう言えば、彼女はほっと息を吐く。


「今度はちゃんと潰れないようにしますね」


 ふたりは湖を前に腰を下ろしてひと休憩すると、満月に見守られながら帰路に着くのであった。









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