第八十九話 「天からの贈り物」
[サテラ視点]
異変に気付いたのは先輩が庭園に出向いてからだった。モチヅキさんに本を読んで貰っている時にふと気付いた。
「?」
「どうした?」
「…いえ。あの、モチヅキさん。一つ付き合ってほしい事が有るんですけど」
私がそう言うと、モチヅキさんは本を畳み、なんだ?と聞いてきた。
「ちょっとした模擬戦がしたいです。真剣、使っていいですよ」
「え、いや…。模擬戦は良いが、真剣を抜くのは辞めておく。流石に幼い子供に剣を向けるのは気がひけるからな」
「そうですか?なら良いんですけど」
モチヅキさんの足下から離れて、少し距離を離して立つ。モチヅキさんはふらりと少し歩いて、手頃な木の棒を拾って、持ち場に立った。
「ん?あの二人、模擬戦でもするのかしら?」
「いきなりだな。それにしてもサテラが師匠に挑むなんて何を考えているんだ?」
「さぁ…?」
傍からウェインさんとクレイさんの声が聞こえてくる。いや、まぁ確かにモチヅキさんはとても強いから私なんかが挑んでも全く手も足も出ませんけど…。この違和感の正体を突き止めたいのです。
私は右手をモチヅキさんの方向に向けてギュッと握る。そして握った右手を思い切り開いた。
すると、モチヅキさんの方からパチっという音が鳴った。これは「譲渡解錠」と言って、過去に私が与えた変質概念を全て解除する応用魔力。これでモチヅキさんは「因果応報」を使う事が出来るようになる。
「『因果応報』を戻したのか?」
「はい。まぁでもこの一時だけですけどね。これが終わったらまた封じます」
「お前の意図が分からん」
「私だって自分の魔力の進捗が見たいんです。なので此処は少し戦いっぽくしてください」
「戦いっぽく…?まぁ、分かった」
口ではそう言った物の、魔力に関しては全く分かっていない。最近は与えた概念を消せるのではと思って「譲渡解錠」を生み出したけども、それ以外はからっきし。でも、今この自分に起こっている異変?違和感?をなんとか突き止めたかった。体の中に何かが入ったような感覚がするのだ。
「ではどうぞ」
「えっ…あぁ、わかった」
ダンっと言う音が辺りに響き渡る。踏み込む力が段違いだ。一歩の踏み込みの力だけで、一気に距離を詰められる。どうやらそのまま、貫こうと言うらしい。
私は右手を前に出して、左にクイッと曲げる。対象は地に着こうとしている左足。そこに『変質譲渡』を使う。
二歩目。この二歩目で私に攻撃が届く。しかし二歩目で体勢が崩れる。足が痺れて攻撃に繋げないのだ。
さて、ここまでは対処出来るけど…。ここからだ。
「因果…応報」
右足で体を支えながら、木の棒を上に上げて呟く。此処で使うのか。確かに魔力行使はしたけど、早すぎる。流石にこれは不味いと思った私は前に出していた右手を思い切り後ろに引いてしまった。
「!」
「あれ?え?」
振り落とされる筈の木の棒は既にモチヅキさんの手元から離れており、どこに行ったのかと目をやれば。私の右手の中に収まっていた。あれ?
もしかして、違和感ってこれ?
「成る程、物質を私の手中に引き寄せる力、ですか」
「……ウェイン。木の棒が消えたんだが」
「サテラの手の中にあるわ。どう言う原理かは知らないけど、木の棒は確実に移動した」
「ありがとうございます、モチヅキさん。これで違和感が無くなりました」
「えっ…あ、あぁ」
モチヅキさんは少し戸惑いながら、頷いた。私も少し戸惑っている。一体なぜ、このタイミングでこの力を行使出来るようになったのかが分からないからだ。
「天からの贈り物、って事にしておきましょう」
とりあえず、それで片付けた。こうして私は新しい力を得た。正確には偶然使えたの方が正しい気がするけども、恐らく慣れれば自由に使いこなせるだろう。
ふと、庭園の方に目を向けると、シグさんが居た。どうやら話は終わったらしい。でも先輩は居ない。どうしたのだろうか。そんな事を思っていると目が合い、シグさんに声を掛けられた。
「やぁ、サテラさん。何か思いついたのかい?」
「はい。ついさっき気付いたんですけど、物質を自由自在に手中に引き寄せる魔力?を会得したんです」
「へぇ。それはそれは。じゃあ今度、色々実験してみよう」
「実験!良いですね!やりましょう!……っていうか、先輩は何処に?」
そう聞くと、シグさんは頰を掻きながら笑って。
「あはは、ちょっと言い過ぎちゃったかな?僕が見た感じ、あんな話では心が折れないと思ったんだけど」
「どんな話をしたんですか?」
「内緒だよ」
内緒にする程大事な物なんだ、その話。じゃあ聞くのはよそう。余計な穿鑿をしても意味がない。
その後も他愛も無い話をしていると、庭園の方から龍帝様と先輩が歩いてきた。龍帝様…庭園に居たんだ。それよりも先輩だ。顔色が悪いし、目つきも悪い。
「先輩?」
「決心は付いた感じかな?」
「うん…私の仕事だもん……」
「うんうん。これは君がしなければならない事だ」
「それよりシグ殿、僕も彼女に付いていっても?」
「ん…。良いよ。ただ、それは移動だけだ。直接仕事の助力はしないようにね」
「わかった。礼を言う」
龍帝様はそのまま踵を返し、庭園に戻っていった。それよりも、先輩がしなければならない仕事ってなんだろう。
私には上手く理解出来なかった。なんで先輩がこんなにも酷い顔をしているのか。先輩にしか出来ない仕事は何か。全く理解出来なかった。




