第八十八話 「自分の物では無い記憶」
ラルダとシグがやらなければならない事について話している時、シリアは炎帝の背中に荷物を積んでいた。
「すまないな炎帝。色々置いてしまって」
龍となった彼はあまり話せない。だが言葉を理解しているのか、顔を横に振った。恐らく気にしてない、と言いたいのだろう。
「あの…シリアさん?」
後ろから呼びかけられて少し驚く。シリアが後ろを振り向くとレイシュとイースが立っていた。どちらも何やら不安そうな顔をしている。
「なんだ?」
「行ってしまうのですか?」
「まぁ…な。龍帝である此奴を借りる…いや連れて行くのはあまりよろしくない事なのは分かっている。だが…」
「いえ、私の言いたい事は貴方自身の事です」
「…?」
シリアは疑問に思った。私とはあまり話す事も接する事も無いレイシュがシリア自身に用があるとは何事なのか、と。
「吾の事?」
「えぇ。なので少し付いてきてくれませんか。イースさんも炎帝と話がしたいそうなので」
イースの方を見ると、彼女は静かに頷いた。どうやら嘘は無いらしい。シリアはそれを了承し、レイシュに付いていった。
レイシュに付いて歩いて行くと、さっきの広場とは違う広場に出た。気配は当然ない。此処には何も居ない。
「それで…話というのは?」
「………槍、持ってきたんですか」
「っ…。吾の愛用だからな。一時でも手放せんのだ」
「やっぱり…貴方は…」
彼女はシリアの顔を見ずにぼそりと言った。シリアはそんなレイシュを怪訝そうな顔で見て言う。
「お前…吾の何を知ってる…?」
「シリア、貴女の事は何も知らない。ですが、その内面に宿る二つの物なら…私は知っています」
彼女は真っ直ぐとシリアを見て答えた。内面に宿る二つの物…?シリアは彼女が何を言ってるのか分からなかった。この身体は元からシリアという存在の物。他の者が宿ってるなんて有り得ない、筈なのだが…。しかし最近それも分からなくなってきた。『叡智』もシリアという存在じゃない、と言っていたからだ。
シリアはレイシュの首筋に槍を向けた。レイシュは冷酷な目で彼女を見つめながら両手をあげる。
「言え。それで吾が何なのか分かるかもしれない」
「槍を納めなさい。私が丸腰なのを知ってるでしょう」
「…お前が何処からでも剣を精製出来るのは知っているんだぞ。真銘『八咫鏡』…あれの持ち主になった瞬間に獲得出来る術式だという事を」
「それを貴女はどこで知ったんですか?」
彼女は即座に言い返した。シリアはその返答に口を噤む。彼女自身、一体何処からこんな出任せが出てきたのか分からなかったのだ。
「………分からない…だが、何故か知っている…何故だ?」
「九十二級にも、『叡智』のシグさんにもシリアという存在ではなく、何か別の存在なんだと言われていましたね。九十二級には、何人居るか問われてただけでしたっけ?まぁそれは置いといて。私は真銘剣の事なんて詳しくは誰にも言ってませんよ。なのに何故、貴女がそれを知っているんですか?」
「分からないっ……分からない!誰の記憶だ!誰の知識なんだこれは!」
「この剣は別の世界の剣ですから、この事を知ってる人間なんて、極少数です。それを知っているという事は私と同じ世界の住人だった、という事ですよね。事実、私は貴女の体を知っている」
気付けば、槍を下ろしていた。頭がこんがらがってくる。しかし、ふと思い出した。いつの日か、クレイが何語か分からない文字で書いたメモを。今思い出せば、それも読めてしまう。まさか。まさかと思い、ゆっくりと、声に出す。
「葛城…夕日…。この体は…葛城夕日という少女の…体…」
「そういう事です。声、体全て夕日さんの物。しかし、その人格はとうに朽ちている。昔、炎天皇という存在の炉心を埋め込まれて魂が焼却され、炎天皇という存在に成り代わった。どういう因果関係でシリアという存在になったのかは定かではありませんが、シグさんの理論は間違っていますし合っています。貴女はシリアです。ですがシリアという存在だけでなく、葛城夕日という少女と炎天皇の存在も結合された、いわゆる三重人格者、です」
レイシュはそう言った。シリアは驚愕を隠しきれなかった。今まで自分の中に二つの人格が潜んでいたなんて知る由も無いので当然だが。
「成る程な…。良いことを聞いたよ。ありがとう、レイシュ」
「いえ。これだけは言っとかないといけないなと思ったので」
彼女は屈託のない笑顔でそう言った。それを見て、シリアもフッと頰を緩ませる。シリア自身、知ることの出来なかった事を知って、もう一つ目的ができた。葛城夕日という少女にこの身体を返し、身勝手にこの身体を使ってきた事を謝罪する事。その目的を果たすためにまずはこの身体からシリアを引き離さなきゃならない。その方法を探るために旅に出よう。彼女はそう決めた。
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「それでは、達者でな。レイシュ」
「えぇ、こちらこそ。また何処かでお会いしましょう」
二人は握手をし、シリアは炎帝の背中に乗って、そのまま飛び去ってしまった。レイシュが姿が見えなくなるまで手を振っていると、隣のイースに声を掛けられた。
「貴女も引き止めに失敗したんですか?」
「え?」
彼女の顔は不安一色だった。恐らく彼女は一番頼りになる炎帝が居なくなり、この先どうするか不安なのだろう。
「いえ、私は引き止めたのではなく、寧ろ行かせたんですよ」
「そうですか…。私も普通に賛同出来れば良かったんですけど、あの方よりも龍帝らしい龍帝は居ませんし…他の龍帝もちょくちょく不在になるので不安なんです…」
そう言ってイースは溜息を吐いて俯いてしまった。彼女なりに大変らしい。
「ははは…それは大変ですね。しかし、逆に言えば貴女が一番龍帝という役目が似合っているという事なのでは?」
「そうなんでしょうか?」
「恐らくですけどね?」
「あはは…」
そこで会話は途切れた。ふと隣を見ると彼女は強く拳を握りしめていた。自信無さげな彼女とは思えぬほど、自信に満ちた瞳をしていた。




