第八十七話 「『叡智』との話」
私は半ば嫌な気持ちになりながら庭園へと向かった。庭園は城内にあるイースさんと風帝が拵えたらしい庭で、季節折々の花が咲き誇っている…筈なんだけど。
「やっぱりあの戦いで崩れちゃったかぁ」
今では瓦礫に埋もれていたり、土が露出してたりで見る影もない。少しだけ、見てみたかったっていう思いがあるけど今はそれが目的では無い。此処にいるって言っていた男に会わなくては。
「とは思っても、人の気配なんてしないんだけど…」
「ラルダさん、こっちだよ、こっちこっち」
「ん?あっうん」
声のする方向へ振り返ると手招きする『叡智』の姿が有った。隠れてたのか?
ていうか…大抵の人の気配は察知できるぐらいには耳がいい気がするんだけどなぁ。今度からもうちょっと聴覚研ぎ澄ませてみようかな。
『叡智』は手頃な岩に座っていた。彼の手に促され、若干端が欠けた椅子に腰掛ける。
「それで…話っていうのは」
「さっき渡してくれた本を貸してくれるかい。それを使って話そうじゃないか」
私は先程渡された本を『叡智』に渡す。『叡智』はペラペラとページを捲りながら口を開いた。
「運命って言うのはとても強固な物だ。ちょっとしたちょっかいをかけるくらいじゃ揺るがない。君だってそう思った筈だよね」
「うん…」
私は静かに頷く。彼はそれをチラリと見て「うん」と言って、ページを捲るのを止めた。そのページはなにやら二人の長耳族が立ち会っている描写がなされていた。二人…?私が疑問に思っている中、続ける。
「でも、それがもし未来を変えるぐらいのちょっかいだとしたら…?」
「変わるの?運命が」
「僕の予想ではね。例えばここの描写。ここのシーンは主人公が人皇が治める国、リーシスで人皇を殺害した後、旧英雄リーゼリットと立ち会うシーンだ」
「はぁ」
「リーゼリット、と言えば旧世代に長耳族を治めてた王様だね。彼は主人公の勇敢さや技量、精神に惚れて求婚をするんだよね。今思えば軽い王様だよね本当。まぁ当然の様に求婚を断ってそのまま殺すって言うのがオチなんだけど」
まぁ、そりゃそうだよね。相手側に付いていた旧英雄にいきなり求婚されるんだから困惑するし、ましてやその時は相当気が立ってる筈だし殺すのも分からないでもない。
「まずはここを変える。彼を殺さないんだ」
「殺さずに、どうするの?結婚しちゃうの?」
「うーん…。まぁそうなるんだけど。嫌そうな顔だね。分かるよ、うん。今はまだ結婚、とまでいかなくてもいい。ただ後々にはちゃんと結婚して、子供を作らないとね」
子供…。子供っ?え…。
「まぁまぁ、そこは良いんだ。彼と一緒に居て、一緒に国を築きあげるんだ。長耳族の国をね」
「えっ、でも…国と言える程の数はもう…」
「果たしてそうかな?」
何やら含みのある言い方だ。何か策のような物があるのだろうか。
「君のお父さんとお母さん、居るでしょ?」
「…居るけど。それが何?」
「確かこの本だと、奴隷としてリーシスに連れてかれてるんだよね。君も同じかい?」
「うん。そう聞いてる。それで?」
「なら結構居ると思うよ。長耳族の仲間達はね。それに長耳族を好き好んで攫っていた奴の国だ。生き残りだって沢山いるだろうさ」
「結構居るってどう言う事…?」
「君、人間の奴隷の扱い方、知ってるかい?玩具の様に扱ったり、見世物にしたり。当然性処理だってさせ…」
気付けば私は彼の頰を引っ叩いていた。良い音が鳴ったと思う。彼の言ってる事は正しい。奴隷に人権なんて無くて従うしかない。でも、自分の両親がそんな事になってるなんて信じたくなかった。
「ご、ごめん。つい…」
「いや、良いんだ。僕が悪かった。話を戻そう」
「うん」
「建国の話に戻るけど、やっぱりリーシスが良いだろう。あそこは結構良い場所だからね」
「え?でもそれじゃ建国じゃなくてただの侵攻なんじゃ…」
「うん。まずはリーシスを一人で滅亡させなきゃいけない。君の破壊力ならそれが可能だ。その一貫において、君の両親と仲間達を奪還する。そして、人皇を討ち取って、リーゼリットと立ち会う。此処までが一つ目の目的だ。後はどうやって攻めるかだけど…」
彼は少し迷い、本をペラペラと捲りながら何か無いかを探し出して、何か見つけたのか顔を上げて言った。
「僕が預言者を騙って伝書を送ろう。本にも書いてあるから成功するだろう」
そう言って彼は立ち上がった。どうやら話は終わりの様だ。彼は頭上からこう言ってきた。
「君の殲滅戦。僕は楽しみにしてるよ。頑張ってね」
「っ…!」
そう言うと、彼は庭園を出て行った。庭園には私だけが残った。自分の身が少しだけ震えている。
「何が『救世』の降臨者だ……。これじゃ、只の破壊者じゃない……」
私は誰も居なくなった庭園で静かに呟いた。




