第七十九話 「広がる脅威」
シリアとレイシュは何も無い山道を歩き、九十二級が居るという証拠となる蒼い花を探していたものの、幾ら探しても花は見つからず、再び皆が倒れ伏した所へと戻ってきた。
「本当に、皆空っぽなんですか?」
「あぁ。叩いても起きないだろう?」
「…………ほんとですね」
レイシュはモチヅキの体をトントンと叩いたり、揺らしたりしたが一向に起きないのでシリアの言葉に納得した。二人は地面に腰を下ろして、これからどうするかを考える。
「どうしましょうか、これから」
「決まっている。皆の魂を取り戻すだけだ」
「ですがどうやって?九十二級の腹でも裂くつもりですか?」
「なんでもしてやる。出来る事ならだけど…」
「へぇー…。何でも、かぁ」
「「!?」」
二人の会話の中に突然男が混ざってきた。その男を、レイシュは知っていた。さっき、自分の事を治療してくれた人である。
「やぁ、剣聖殿…いや、レイシュさん。怪我は大丈夫?」
「えぇ…。あの時は助かりました」
「おい、レイシュ。この怪しい男は誰だ?」
「怪しいとは失礼な。僕は君を知ってるよ?覚えて無いの?」
「吾が知ってるのはここに居る仲間たちと居候させてもらっていた家に住んでいた少年だけだが」
「…。あっ、そりゃ失礼したね。ちょっと待ってね」
そう言って、パチンッと指を大きく鳴らした。するとポンっという音を立てて、青年とも言える男が一気に少年の姿になった。
「あっ、その姿!」
「ふぅー…やっと思い出してくれたっぽいね。久しぶりだねシリア」
「久しいな、シグ…」
「お知り合いですか?」
「うん。彼女は僕の友人さ。まぁ、家に住ませてあげてただけだけどね」
「その節は感謝している」
シリアとシグは知り合いだった。そういえばシリアも転移者の一人だった気がする。だから居候してたのか。
「ところで、負傷者が居るって言いましたけどどうしたんですか?」
「んー…その事なんだけどさ。君達、九十二級はどうしたんだい?」
「無力化はシリアさんがしましたが、その後姿を眩ましまして、今探していたんですが見つからないんですよ」
「あー…やっぱりね」
シグはそう呟いて、眉間に皺を寄せた。
「何か駄目な事でもしたのか?」
「うん、駄目な事だよ。とてもね。そうだなぁ、言っちゃえば君達は世界を敵にしたんだ」
「はい?世界?」
「君達は旧英雄が召喚で部分的に世界各地に現れてるのは知ってるだろう?」
「そうですね。神様から聞き及んでおります」
「なら話が早い。国を防備したいからって旧英雄を召喚した国は真っ先に滅んでる。まぁ、従えちゃってる国様もあるわけだけどさ。九十二級を召喚した国が辿ったのは前者の方だ。九十二級の能力は知っているよね」
「吸魂…だな」
「そ。当然吸魂で召喚者達の魂を喰らって直ぐに力を取り戻して、最後には国ごと喰っただろうね。それで?その抜け殻になった人々はどうなると思う?」
「何にもならない…筈はありませんよね」
当然。とシグは答えた。そしてさらに言葉を続ける。
「召喚された時の姿、君達が相手した個体だね。あれは実は根っこみたいなものなんだよ。本体に栄養を送るために栄養分を吸い上げる奴ね」
「つまり、あれとは別に本体が存在すると?」
「そうだね」
「じゃあそれを殺せば皆の魂を解放できるんだな」
「奴が溜め込んでればの話だけどね。最も本体に辿りつけるのは魂だけだしね。まぁ、とどのつまり…君達は一旦奴に喰われなきゃいけない」
「でも九十二級はもう此処にはいませんよ?探さないと…」
「レイシュさん。根っこって普通一本だっけ?」
「一本の太い根を張るものもありますが大抵は複数本ありますね」
「じゃあもう分かるでしょ?別に探さなくていい。九十二級の器なんて、そこら中に転がっているんだから」
そう言って、シグは抜け殻となった仲間達を指差した。レイシュとシリアは驚愕する。
「おいシグ!あいつらが器ってどういう事だ!?」
「分かりやすく説明しようか。九十二級の特異性は吸魂じゃない。その繁殖力だ。魂を吸う毎に根を広く張っていく。吸魂した者に乗り移る為の根をね。そしてその根を本体の魂の一部は普通に移動出来る。魂の一部を分離させて複数の体を分体として扱う事だって容易い。シリアが倒したっていうのは複数の分体の中の一人って事だ。そして、その操作を行なっていた魂の一部はまた移動する。当然今回吸魂されちゃった彼らも例外じゃない。さぁ…何処に移動する。はたまたさらに分離して一気に攻めてくるか」
「ていう事は、私達はもしかしたら仲間を手に掛けなきゃいけなくなるんですか?」
「そういう事だね」
平然と言ってくれる。他人、それも悪人ならまだしも仲間に手に掛けるのは少々どころかかなり憚られる。二人はそう思っていた。
すると、岩陰から一人の男がのそりと現れた。その男は外傷もあまり無く、普通の男に見えた。しかし、その男には片腕が無かった。その男を見た瞬間にシグが言う。
「うーん。大当たりだ。単独で、しかも龍帝とかモチヅキとかの頭のおかしい連中じゃなくて、此処に来て一番最初に吸魂された男に乗り移ったようだね」
「クレイ…!」
シリアが声を上げる。彼女は我先にと飛び出そうとしたが、その手に槍が無い事に気付き、踏みとどまった。対して九十二級もといクレイは静かに此方を見て、無空から剣を取り出す。
「『剣磨』だね。クレイっていう人の一番愛着のある無銘の剣を異次元から持ってくるアレだ」
「此処は私が。私にやらせてください。剣同士の戦いですし」
「別に良いよ?出来れば二人で協力してほしいけど。その代わり、絶対に殺しちゃ駄目だよ。殺した瞬間やり直しだ」
「やり直し?」
「また新たな人に乗り移ってしまうからね。なるべく弱らせて、ゆっくりと吸魂されないと」
「そうですね、分かりました」
その忠告を納得して、レイシュは九十二級の方へと向く。クレイはそれを見た瞬間に赤熱する剣を中段で構えた。対してレイシュは一つの小さな鏡剣を抜く。この世界にこの対面を見た者は少なからずいない。記憶が一度消されているにも関わらず、これはうすらと覚えていた。ずっと昔、まだ元の世界に居た頃に、一度戦った相手に対してした構え。
「まだ拠点にいた時に少しだけ話したじゃないですか。それで少しだけ、元の貴方の事を思い出したんです。貴方とは一度別の世界で手合わせしている」
「………」
「あの時は千本の剣を持ってしても貴方には勝てなかった。『最弱』なんていう肩書きを持っていた貴方に」
シリアとシグは反応しない九十二級に語りかけるレイシュを傍観する。九十二級は地面が割れる程の強さでレイシュに向かって突貫した。着弾寸前で尚、レイシュは続けた。
「次は、次はこうすればと考え込んでいる内に、貴方は望月さんに敗れて亡くなってしまった。なのでどうしても再挑戦出来なかった。でもこうして神様はまた戦う場を作ってくれた。以前は一撃で逃げちゃいましたけど…ぐっぁ…!」
刃が腹に深々と刺さり、勢いのまま岩に叩きつけられる。九十二級と壁に挟まれた状態となってしまった。
「おい、シグ。良いのか?」
「良いんだよ。今回の戦いはレイシュさんが勝てるからね」
「ほう?理由は?」
「見てれば分かる」
そう言いながらふふふ、と笑った。シグはこの後の事がお見通しのようだ。
腹の中を刃でかき混ぜられながらもレイシュは続ける。
「……」
「大っ…丈夫です…。にっ!?っぅぐっ…逃げません…!今度は私が!勝ちます!」
痛みに悶えそうになりながらもそう叫んだ。それに呼応するかの様に、景色がだんだんと変わっていった。夜が明け、青かった空が赤黒く。地面は岩肌が目立つ地形だったが、岩が風化し、今にも壊れそうになった。そして、なんの段差も無くなり、ただの平野へと変わるなど、じわじわと景色が変わっていった。
それに気づいたのか、九十二級はレイシュから距離を離して、辺りを見渡した。
「…?」
レイシュは腹に刺さった剣を抜き、地面に足を下ろす。そして、九十二級の元に自分の血が付いた剣を投げた。気付けば、傷は塞がっていた。
「私の世界にようこそ。再び、千の剣でお相手しますよ」
そう言って一礼した。その姿をシグはニヤニヤしながら、シリアは景色の不気味さに若干慄きながら見ていた。




