第七十七話 「神をも知らぬ『叡智』の存在」
所は変わり、魔神王に化けた八十九級によって廃都と化したロンゴヴィギナ。そこでは生き残った兵士や住人が復興作業に勤しんでいた。そんな中を一人の少年が駆け回る。
「おじさんこんにちはなのだ!」
「ん、おっすチャゼル。もう夕方だってのに元気そうだな」
土人族の子供であるチャゼルはデミングポートでラルダ達から離れ、このロンゴヴィギナへと単独で足を運んでいた。
チャゼルは瓦礫の山を掛けて一つの掘っ建て小屋へと入る。そこには一人の老いた大男と、一人の青年、そして、それなりに年を取った男が座っていた。全員の視線がチャゼルへと向く。
「ただいまなのだ」
「あぁ、よく帰ったな」
「おかえりチャゼル。何か手掛かりは得られたかな?」
「今日は早い帰りじゃて、あんまり良い手掛かりは無かったんじゃないかえ?」
「えへへ、これは結構良い手掛かりになるかもしれないのだ」
三人はそれぞれ別の反応をした。チャゼルはカバンから粘土板の様な物を取り出してそれを青年に渡す。
チャゼルはこの地に帰ってきてからこの三人に出会い、お手伝い係として日々崩壊した魔神王が住んでいた城の宝物庫跡を物色しに行っているのだ。
「今日の成果なのだ。その板には何かよく分からない文字が書いてあって読めないのだ。でもシグなら読めると思って持ってきたのだ」
シグと呼ばれた青年はそれを手に取り文字を調べる。シグはそれを数十秒見渡した後、眼鏡を掛けて溜息を一つ吐き、顎に手を当てて暫く無言を貫いた。
「お、おいシグ。何か分かるのか?」
「ちょっと黙っててヘーグ近衛騎士長。僕って解読するのに結構集中しちゃうから」
そこからさらに数分の時が流れる。耐えきれず老人がシグに尋ねる。
「おいシグ、それはなんじゃ?」
「んー…。多分旧世代の魔宝具だね。恐らく射映が出来るかも。これならあの娘に通信が出来るかもしれない…あの神がそういう処置をしてればだけど」
「そういう処置?」
「この前話しただろう?君達が知っているその神はいわゆる世界を傍観する者だ。ただね、降臨者という役職の場合扱いが少し違う」
「剣聖殿とラルダはその降臨者共とも扱いが異なるんだったか?確か、見るだけじゃなく、念話が出来るとか」
「そう、正解だよヘーグ騎士長。彼はあの二人にだけ念話が出来るように『穴』を作ったんだ。念話が可能って言うのはチャゼルの情報だけどね。接続が雑だったんだろうね、音が漏れていたんだ」
チャゼルは黙っていた。今は隠忍自重する時だという事を知っている。
シグは二人の反応を待たぬまま続ける。
「この射映器があれば彼女達の状況が分かる。そして、さらにその神が通した穴にこの射映器の力がどっちかの穴に混線さえすればラルダさんか剣聖殿と遠距離で会話が出来る」
「いきなりやられたらさぞびっくりするだろうのう」
「そうだね。んー…どうにかしてびっくりさせずに通信しなきゃ」
「まぁ、やってみるだけやってみよう」
「うん」
そう言ってシグは立ち上がり外へと出て行く。それにつられて三人も外へと出た。
そしてちょうど射映器を立てられそうな出っ張りがあったのでそこに射映器を立て掛ける。
「よし、と。エスドレイジ殿、此処を貴方の力でドーム状に囲ってくれない?」
「任されよ」
土王はシグの指示に従い、拳を地面に叩きつける。すると地面が隆起し、あっさりと石の壁で覆われてしまった。
「真っ暗になったがこれで良いのか?これじゃ何も見えないぞ?」
「うん。でも大丈夫。あとはこれに魔力を通すだけだで多分使えるから」
そう言ってシグが射映器に手を置く。すると、射映器に刻まれた文字や模様が青く光り始め、前方に光が放たれた。
「うん、成功だね。でもこれだけじゃ足りないな。えーっと………あー成る程ね」
シグが射映器の青く光る文字を見て何やら一人で納得し、射映器をなぞり始めた。それを見た二人が疑問に思い尋ねる。
「「何やってるんだ?」」
「ん?こうするとね、ほら。上に文字が浮かんだだろう?」
そう言って指を指す。そこにはシグの言った通り、三行の文字列が浮かんでいた。
「読めないな…」
「そりゃそうさ、旧世代文字だからね。まぁそれは良いんだよ。んで、これが何を表してるのかと言うと一行目は対象。二行目は通信状況。三行目は……映像投射有りか無しかの奴だ。これならさっき話した『穴』が無くても話せたり出来る」
「成る程これで通信が可能になるのか」
「そう言う事だね。じゃあ早速やってこうと思うんだけどさ…どっちが良い?」
「どっちが良いとはなんじゃ?」
「剣聖殿かラルダさんかだよ。『覇道』は論外だし、僕の代理であるモチヅキ君じゃ魔力が存在しないから接続出来ないからね」
剣聖かラルダか。この選択はかなり重要な物だ。負傷状態だとその通信を維持出来るか分からないのだ。何故なら、念話というのは微量ながら魔力を消費していくので負傷状態で念話をし続けると魔力どころか少ない体力なども失ってしまい気絶するか、最悪の場合死亡するのだ。
そう考えると魔力量が多い筈のラルダが上がるのだが、今置かれている状況を悪く考えるとどちらとも言えない。
「うーん…」
「ここは剣聖殿で良いと思うけどな」
「何でかな。理由を聞かせてくれ」
「その射映器、一人に接続したら切断出来ない訳じゃないんだろ?」
「それは分からない。もし出来なかったらって考えると…ラルダさんが良いんだけど…」
「まぁ二分の一の確率だ。賭けてみようぜ?な?」
「うーん……分かったよ。剣聖殿に接続してみる」
ヘーグの念押しに負けたのか。シグは設定へと入った。ヘーグは溜息を吐いてその場に腰を下ろした。
「ふぅ…」
「なんでラルダ姉に接続をさせなかったのだ?」
「いやだってよ、あんな小さな子が『救世』の降臨者として東奔西走してると考えるとよ…これ以上負担はかけられないなっと他人ながら思ったんだが…いらないお世話だったかね?」
「そんな事は無いと思うのだ。あと、僕が見たラルダ姉は大人だったのだ」
「へぇ、成長したんだな」
チャゼルとヘーグがそんな会話を尻目に黙々と設定をしていたシグは手をパンッと叩いて言った。
「よし、出来た!」
「おっでかした!」
「えっと…、じゃあ早速接続してみるよ。実際の会話は僕だけがするから黙っててね」
「了解した」
「分かったのだ」
「おう」
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所は変わり龍の郷。剣聖は幾ら待っても来ない救助をひたすら待っていた。だが、ついさっき聞こえた城が崩れる音と、光で戦いが始まったんだな、救助は来ないな、と自分で解釈した。
「ふぅ…話す事が尽きましたね」
『そうだねぇ…君も眠くなってきたんじゃない?』
「そうですね。少し眠いです」
『だけど眠っちゃ駄目だよ。眠ったらその魂を九十二級に抜き取られちゃう』
「分かってます。ちゃんと起きてますよ」
そうは言ったものの、剣聖の体力は限界だった。気を抜けばそのまま眠ってしまいそうなぐらいには疲弊していた。自然と瞼が落ちてきた時、突然神が念話を発してきた時と同じような感じに襲われた。
「…?」
[あー…。聞こえるかな?]
「(誰ですか?神さま…じゃ無いですよね)」
[うん。ていうか、初めましてだね。僕は『叡智』の降臨者のシグ。今は君にあの神と同じ要領で話し掛けてるんだけどどうかな?]
「(問題は無いです…。ただあの感覚はあまり好きじゃ無いので突然来たのでびっくりしました)」
[それはごめん…。驚かせたのは許してほしい。それより、君に聞きたいことがあるんだ]
「(聞きたいこと…?)」
剣聖はさっきから疑問が立て続けに浮かび上がっていた。『叡智』とは。神と同じ要領でとは。そして、聞きたいこととは。いきなりすぎて分からない事だらけだ。
[うん。まず、其処は何処なのか、あと君の状態と、その場所の状況を教えて欲しいな]
「(ここは龍の郷です…。状況としては龍帝の城にて戦闘が行われてます。相手は『覇道』の降臨者と最上位旧英雄九十二級です。私の状態としては九十二級に肋骨が何本か折られていて身動きが取れない状態です)ゲホッ…グッ…」
[そうか…そんな状態の時に念話をさせてすまない…。でもありがとう。これで僕がそっちに迎える]
「(へ?)」
剣聖はその意味が分からなかった。念話で話しているという事はかなり遠い所に居るという事だ。なのにそっちに迎える、と彼は言ったのだ。意味が分からない。その言葉から念話の感覚はぷつりと無くなった。
「…まさか本当に来る訳無いですよね」
『いや、来るでしょ』
「え?どうしてです?」
『だって、降臨者だよ。そういう能力を一杯持ってるに決まってる。君の現実、過去改変だってそうだろう?』
「まぁそうですけど…っわ、眩し…!」
突然視界の左側が光に包まれ、慌てて目を閉じる。しかし、別に刺されたりする訳でも無く、何事もないまま、時間だけが過ぎていった。剣聖は目を開けて辺りを左を首を限界まで回して見渡す。すると其処にはひとりの男が立っていた。長い蒼白髪は癖っ毛なのかぴょんぴょん跳ねている。光の無い青い目には影が入っていた、少々怖い。全体的に白い衣装に身を固めた男と剣聖の目が合う。剣聖は少したじろぐが男を見続ける。すると男は笑顔になってこう言った。
「よく頑張ったね。もう大丈夫だから」
「……え?」
男は近づいてきて、しゃがみ、手で抑えていた部位に両手をかざし始めた。そうした瞬間、緑色の優しい光が発生し、みるみる内に血が止まり、痛みまで無くなった。
一瞬で治療したのだ。あの重傷を。
「え、あ、あの…!?」
「おっと、ごめん。突然だから驚かしちゃったね。さっき君に念話を送っていたのは僕だよ」
「あ、はい…」
「一応折れた所は治しておいたけど。大丈夫そう?」
「あっ…大丈夫です。ありがとうございます…」
「ふぅ、まぁ僕の仕事はこれで終わりだから。また困ったら呼んでよ」
そう言ってシグは立ち上がり、再び『転移』をしようとする。それを剣聖は急いで止めようとした。
「ま、待ってください!」
「ん?何かな?」
「郷の外にもう一人負傷者が居るんです!そちらも助けてあげてください」
「わかった。行ってくるよ」
そう言って郷の出口へと続く空洞へと歩いていった。剣聖は目をパチパチさせながら、さっきまで血が流れていた所を触る。傷が塞がっている。すごい治癒力だ。剣聖は立ち上がり、黒剣を持つ。
行ける、私も戦場へと向かうべきだ。と思い、城へと駆け出した。




