第七十二話 「敗北」
クレイはその男と相対して自分にある事が起きている事に気が付いた。そう、手足が震えている。冷や汗もかいている。焦っているわけでもないのに、なぜか震えるし汗が出る。彼は今、恐怖という感情に襲われている。
まだ何もされて居ないのに、奴が立っているだけで手足が震えだす。
「(おかしい、確かに並々ならぬ殺気に気圧されそうではあるが俺はそんな事では怯えはしないし…一体何故…?)」
そして、まるでそれが思う壺だったかの様に『覇道』は笑う。その笑みを、クレイは見た。見てしまった。ソレは瞬時に襲って来た。言い知れぬ恐怖が襲い掛かる。と、同時に恐怖の大元が飛び込んで来た。大鉈を振りかぶる様に。
「…!」
「ヒャァハハハハハハ!」
大鉈を振りかぶりながら大笑いする。その振りかぶりは遅かったのでクレイはそれを回避した。のだが…振った威力で前にのめり込むと思いきや、足で踏み込み、さらにそこから回転を入れて横回し斬りをかましてきた。間髪入れずの事だったのでクレイは驚いたが、何とか飛んで回避した。
「…」
「おいおい…。避けんじゃねえよ、殺せねえだろうがぁ!」
「(来る!)」
今度は大鉈を横に構えて飛んで来た。クレイはそれを瞬時に察知し手先に魔力を集中させようとした。だが、
「!?(何…!)」
魔力はある。枯渇なんかしているわけがない。なのに、手先に魔力を集中させることが出来ない。集中させようとすると瞬時に魔力が分散し、集中させる事が出来ない。これでは、爆破魔力を撃つ事が出来ない。
「(ちっ!こうなったら、剣で受け止めるしかねぇ…)」
と、思い身構える。どごっという鈍い音が聞こえ、クレイは目を閉じたが、一向に痛みは感じなかったので不思議に思い目を開けると、『覇道』が元居た位置に戻ってぶっ倒れていた。
「まさか、お前がやったのか?」
そう言いながら守護龍の方へと向き直る。そう、『覇道』が飛び掛かって来た時、守護龍が一本の首で『覇道』を受け止め、軽く吹っ飛ばしたのだ。
その数秒後、『覇道』が起き上がり、怒声を上げた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!痛えじゃねぇかこの野郎ガァッ!」
その怒号が響いたと同時に守護龍はさっきの首とは違う別の一つの首をビタンと地面に叩きつけた。
「?…うぁ!?」
すると『覇道』が立っていた所が物凄い勢いで隆起し、勢いで『覇道』が吹っ飛ばされた。
「(土の魔力…?)」
「シャァァアアアアアっ!」
守護龍が咆哮を上げると、忽ち空が暗くなり、雷鳴がなり始めた。クレイはそれを見てある事を察した。この守護龍には合計でも九つの魔力が備わっていると。
『覇道』が地面に叩きつけられたと同時にその位置に落雷が落ちた。当然『覇道』はソレに対応出来ず、回避も受け身も取れず、そのまま被弾した。
「(…これがこいつの力か)」
そう思いながら、遠くで倒れたまま動かないで居る覇道を見る。辺りから黒い煙を上げている。
「終わったか。結局俺の出る幕無しか。流石は守護龍ってとこかね」
それ見たクレイは戦いの終わりを感じ、そんな言葉を口に出した。ラルダだったら絶対に死亡フラグになるだろうからとか言って絶対に言わないであろうセリフを堂々と吐いた。
そしてその後、守護龍も役目は終えたと言わんばかりに寝入ってしまった。気付けば月が一番高い位置に来ていた。
「俺も帰るか。『覇道』は終わったしな」
そう言ってクレイは後ろを向き、そのまま来た道に戻り郷に入ろうとした、その時。
ズダン、という音が静かな夜の中、鳴り響いた。咄嗟の事で何が起きたのか分からなかった。しかし、少しの時間で何が起きたかを完全に理解する。
「…っ!?ぁっ!」
腕が無かった。右肩から先が無かった。血が絶え間なく流れていく。一体何故、一体誰がと思う前にひたひたと歩く音が耳に入った。そして、後ろから
「俺の……覇道が終わっただと…?否、だ。俺の覇道は……終わらねぇ…」
至って近距離で『覇道』の声が聞こえた。
「いやぁ、悪いな坊主。俺が此奴にちょっとしたテコ入れをしたんだわ」
次に全く違う男の声が聞こえた。右肩から溢れ出す血液を手で抑えながらその方向に振り返る。其処には丁寧に整えられた髭が特徴的な男と焦げた『覇道』が立っていた。
「……?」
「おぉおぉ、まさかあの投擲で腕を飛ばしたのか。あんな血に濡れて使い物にならなそうな鉈でよくもまぁ飛ばせたもんだな」
「ふん…」
「まぁまぁ、守護龍の雷撃を喰らって不機嫌なのは分かるが……おっと、悪いな。お前を放置しちまって」
「……お前、は…一体…」
血が一気に流出した所為で意識が遠のきつつも髭の男の正体を聞く。すると男は普通に答えた。
「最上位旧英雄が一人、九十二級ゲンナイ。旧英雄についちゃご存知なはずだ。なんせ二人、相手にしてるはずだしな」
「…!」
「まぁ、なんだ。痛いし、辛いだろ?俺が楽にさせてやるよ。最後ぐらいいい夢を見て、俺の糧となれ」
そう言って手を伸ばして来た。そいつの手は途轍も無く大きくそして全くもって光が入らないんじゃないのかと思うぐらいに、暗かった。
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ゲンナイがクレイの顔を握り、宙にぶら下げる事数分。パッと手を離し、そのままクレイが落下する。地面に力無く倒れたクレイは良い顔をしていたが目が笑っておらず、死んでいた。
「さ、行くぞ。」
「おい待てよ…。此奴、死んだのか?」
「さぁな?夢を見てる奴が死んでるかなんて分かんねえ。分かると言えば、俺の本体が成長したって事ぐらいかね、この守護龍とこの坊主を喰って。追憶薔薇も散布しといたお陰で一人喰えたしな」
「そんな回りくどいやり方で良いのか?」
「そうだな…あと二人くらい喰えば、勝手に広がってくだろ。んで、広がって喰ったら、全員夢から覚めなくなる。俺に感染した全員が眠り、そのまま生きたまま死ぬ。楽じゃねえか?」
「…お前の殺し方は好きじゃねぇ…」
「はっは!」
ゲンナイと『覇道』はそんな会話をしながら龍の郷へと入っていった。此処から鏖殺が始まる。




