第七十一話 「控闘の旧英雄」
「へぇ、そんな事が…いい夢じゃない」
「まぁ、そうなんだが」
モチヅキは霊泉の湯船に浸かりながら八十八級と名乗った旧英雄に先程の夢の事を告げた。モチヅキ自身、あまり彼女を信用しているわけではないが、誰かと会話を交えたい気持ちがあったのだ。
「何か嫌な感じがするんだ。吉夢を見た筈なのに」
「そうねえ…。貴方の考え過ぎかもよ?」
「そうなのかもな…」
八十八級との会話はそれで途切れた。
少しの沈黙の後、八十八級が思い付いた様にモチヅキに問いかけた。
「貴方、異性と温泉に入ってるのに無感情なのね」
「ふぅ…。俺もそこまで初心じゃない。もう見慣れた」
「見慣れたは流石に少し引くんだけど…」
「失言だったな」
「奥様のでしょ?だよね?」
「当たり前だ」
「なら良いんだけどさ…」
モチヅキは不思議に思っていた。何故旧英雄である彼女がここまで敵意が皆無なのか。そして何故こんなに友好的なのか。
「(しかしまぁ、戦わなくて済むって思うと気が楽だな)」
そう思い一気に脱力し、肩まで浸かる。暖かさが一気に染み渡ってきた。そして、体の痺れや倦怠感が少し軽くなった気がしてきた。
「さっきよりは顔色が良くなったわね。毒が抜けてきた感じ?」
「そうみたいだ。体の痺れも少し収まった」
「やっぱりこの霊泉は凄いわ。傷だって病気だって直ぐに治る。どういう作用でこんなのが出来るのかしら」
「それこそ、神の御業というものだろう?」
そう言った瞬間、彼女の表情が曇った。そして肩に手を乗せて顔を近づけて言ってきた。
「貴方、神を信じてるわけ?」
「…まぁな。信じていないといえば嘘になる」
「そう。ならこれだけ言っとくわ。あの神の手駒には絶対になっちゃダメ。如何なる術で手駒にされそうになっても、絶対になっちゃダメよ」
「…?まぁ、承知した」
「あの神は…平気でそういう事するからさ、絶対に関わっちゃダメなの。私達もそれで一回嵌められたから」
「嵌められた?」
モチヅキは最後の嵌められた、という言葉が引っかかった。旧英雄達は神に何をされて封印されたのか、それが気になった。
「そう。私達は元々彼らに仕える者としてその旧英雄という名を授けられた。一から三十三級を下位、三十四から八十四級が上位、そして八十五から九十九級が最上位に指定された」
「そういう格付けか」
「うん。それで私達は神からの依頼とかをこなしていたんだけど、ある時に神側が仕掛けた封印装置…で良いのかな?まぁ、それに引っかかっちゃった」
彼女はそう言って薄ら笑った。神側が何故そんな仕打ちをさせたのか謎なので少し考える事にした。
「(旧英雄は優秀だった筈、それに加護を授けるぐらいには気に入られていたと思うのに何故?)」
「時代の進歩というのは恐ろしいよね。私達が必要とされていた時代は終わり、この今の時代に変わった時、私達という存在は災害そのものだった。酷いよね、そういう加護を授けたのはあっちなのにさ」
「…」
「だから私達は前に二、三度封印からなんとか抜け出して積年の怨みをぶつけるみたいに今の世代の奴らを8割とか7割とか消したりしたけどさ、全然意味がなかった。文明は発達するし、普通の民の力だって強くなる。遂には封印も軽々しく破って召喚されるときた」
「おぉ…」
「召喚されて三日経ったぐらいに鉈を持った男が国に入ってきたと思ったら、国民達を鏖殺しておまけみたいに私を八回殺したあの男から逃げ延びて決心したね。私は今回あまり戦わない、とね」
そう言って彼女は腕を組んだ。だからこんな山奥に篭っていたのか、とようやく納得する。そして、彼女を八回殺した男は『覇道』の降臨者で間違いないだろう。
「あと貴方に良い事教えてあげる」
「なんだ?」
「旧英雄の殆どが環境に耐えられずに死んでいる。生き残っているのは私達最上位と上位が数名って所ね」
「上位の奴なら一人剣聖が殺したぞ」
「あらそう、ならきっと上位はあと一人か二人ね」
ここまで話しといてなんだが、本当に彼女は中立の立場なのだろうか。彼女とて旧英雄だ。同胞にここで話した話を告げる事があるかもしれない。そう考えるとどうも疑心暗鬼になってしまう。
「お前は、本当に奴らにこちら側の事を教えないのか?」
「勿論。だってあいつらと会わないし、会っても話さないもの」
「そうか、なら良いんだが」
八十八級はきっぱりと言い切った。どうやら彼女は最上位旧英雄の中でも少しイレギュラーな感じらしい。
「あとそうだ。最後に聞きたい事がある」
「何かしら?」
「八十九級の居場所は分かるか?」
「……八十九級ね。ごめんなさい、彼には会ってないわ。でも、どうして?」
「俺の仲間に奴を殺したくて殺したくてうずうずしている奴が居るのでな」
「物騒ね」
「だろ?」
そう言って二人は高笑いした。何故高笑いしたのかは分からないが何故か自然と笑いが出た。
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クレイは郷を出て入り口を守る守護龍と共に入り口の門番をしていた。
「(ここの周りを調べたが特に何も無し。ならやはり正面からか)」
真正面を少し睨み、剣を磨く。『剣磨』によって作り出された爆剣は、磨く事によりその燃性と切れ味が増加する。なので事前に磨いとくと効果的だ。
人が一人通れば直ぐにでも斬りかかれるように警戒をしつつクレイは剣を研ぐ。
対して龍の郷からかなり離れた所に二人の男が立っていた。片方は血に濡れ、色が分からなくなったバンダナやダボダボな帯や服を着用し、鉈を引きずる一見だらしのない男、もう片方は端正に整えてある髭が特徴的な男。
「まだなのかよ…」
「もう少しだ。なぁにそんなにうずうずするな。彼処は入らなくても手応えのある奴が居るからな。結構楽しめると思うぜ?はっは!」
髭の男は笑う。対してもう一人の方はため息混じりにこう吐き捨てた。
「先に行くぞ。ゆっくり歩くのはもう飽きた。先に殺す」
そう言って物凄い勢いで走っていった。それを尻目に髭の男は、
「全く、あいつの我儘っぷりは異常だねぇ。やはり、『覇道』を突き進む者を抑えるのはちとキツイか」
そう呟いてニィッと頬を緩めた。
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夜。クレイは無心を保ちながら瞑想していた。守護龍はと言うと五本の首を眠らせて四本の首で監視を行うという器用な事をしていた。
そしてしばらくの時間が経った時、クレイが咄嗟に反応した。
「来たか」
その声と共に守護龍の残りの首も目を冷ます。そして合計十の視線がある一点を見つめた。その場所には、鉈を持ちながら殺意を隠す事なく漂わせてくる男が立っていた。
「お前が『覇道』の降臨者か」
「おぉ…?なんだぁ?俺結構有名なのか…?」
「此処に何の用だ?……っと聞いても答えはもう分かっているがな」
「へぇ…?」
クレイが剣を地面に刺して立ち上がる。そして、剣を引き抜き、その剣先を『覇道』の降臨者へと向けた。
「言っとくが、此処を通す訳にはいかねぇ。帰りな」
「……俺の『覇道』の妨げをするのか?それは…許せなぁぁ?」
その言葉から殺気はさらに強くなった。此処まで来ると奴はもう止まらない。
戦いの火蓋が切られた。




