第七十三話 「『無垢』は千剣を以ってその『覇道』を断つ」
『覇道』とゲンナイは暗い洞窟内を歩き終えて、龍の郷に入った。広場の様な場所に出た二人は辺りを見渡して、こう呟く。
「誰もいねぇな…」
「あぁ、住処は有るが気配が全くしない。避難されたか?」
彼らは生者の気配には一際敏感で息を潜めていてもその気配を察知する事が出来た。だが、その時だけ、気配が一切感知出来なかった。しかし奥の、龍帝の城なのが存在する都と呼ばれる場所に続くトンネルから、一人の女性の声が聞こえた。
「こんな月夜にやってくるなんて、物好きですね。貴方達は」
「誰だ…?」
二人が声がした方を瞬時に向いて、見やる。すると影から一人の女性が月光に照らされながら姿を現した。その女性を二人は既に、知っていた。
「『無垢』の降臨者か…。久々に会ったが、随分とまぁ、様変わりしたな。俺はあの真面目そうな服を着てた方が良かったと思うが」
「あんな軍服より私はこちらの方が動き易くて良いですね。前の世界で着てた衣装に似ててとても気に入っています」
「そうかい」
『覇道』は素っ気なく返事をして目を逸らした。だが、ゲンナイは剣聖を凝視したまま、そのまま止まっていた。『覇道』はそれを見て肩を叩く。
「おい…、どうした?」
「っ!あぁ、すまねぇ。何故だって思ってな」
「はぁ?」
「俺は夢の中で奴を喰らった筈なのだ。なのに何故奴は目覚めている?」
「知らねえよ…。お前が別人を喰っただけだろ?」
ゲンナイは終始困惑しながら首を傾げたり顎に手を当てたりして唸ったり、剣聖の姿をまじまじと見つめていた。
「(まぁ確かに…言われてみれば身長などは違うか。だが、それ以外は…)」
剣聖は細部は違えどもかつて男の夢に現れた鏡のような女性にそっくりだった。少しだけ髪色とかが濁った白色で少し淡い蒼色の瞳でよくよく見ればその違いに気付く。
「んで?何も知らない『無垢』さんがこんな所で何をしてるんだ?迷い込んじゃったのか?『戦殺』という保護者が居るのに」
「もう保護者は要りませんよ。私だって色々学びましたからね。それに、仲間だって出来ました。貴方の知る私はもう居ません」
「へぇ…?」
『覇道』の目が座る。ゲンナイには彼の考えてる事が分からない。だが、空気が一変したのは確かだ。さっきまでとは打って変わった殺気。クレイと相対した時とはまた違う殺意を露わにした。
「やる気ですか?」
「当たり前だ。どうせお前も、このタイミングで出てきたって事は、俺の『覇道』に立ち塞がる訳だろ?」
「貴方の言う『覇道』は根本から違いますが、そうですね。私は千の剣を持って貴方のその曲がった覇道を断ちましょう」
「そうか、ならば殺す。加減は無しだ」
一つの風が吹いた。それで何処からか舞ってきた枯葉が風に煽られて二人の間を通り抜けた。それが二人の戦闘開始の合図となった。
互いに無言のまま、剣の交える音だけが龍の郷に響く。『覇道』が剣聖の死角に常に回り込むようにしながら大鉈を振るい、剣聖がそれを瞬時に把握しながら二本の短剣で受け止める。そして、三十の音が響いた時、剣聖の剣が折れた。それを隙だと判断した『覇道』は重心を前にして大鉈を勢いよく振り払う。
剣聖はその鉈の振り払いを飛んで回避して、そのまま後退る。
「…(成る程…。考え無しに振るっていると思いましたが、私に攻撃の隙を与えずに、尚且つ死角に回り込みながら私に攻撃をしてきてるんですね、やはり国殺しなだけはありますか。人の殺し方というのを熟知している。ですが…!)」
剣聖は折れた剣の柄を逆手に持ち直し、『覇道』との距離を一瞬で詰める。その咄嗟の動きに『覇道』は反応が遅れて、鉈を構える事が出来なかった。
「(とった!)」
剣聖はそう思い片方の剣の柄で思い切り胸を殴る。なるべく抉る様に、殺す勢いで殴った。
「っ!」
『覇道』はその殴打を無抵抗で喰らい、そのまま空を切るほどの速度で吹っ飛んだ。そして、思い切り山肌にぶつかり、一気にその衝撃が『覇道』の体を襲い、吐血する。そのままずり落ち、倒れた。
剣聖はそれを見て、溜息を一つつく。
「…。やっぱり『覇道』は隙が大きいです。ですからやっぱり隙を突き心臓を潰すのは良い作戦でしたね。しかし…」
剣聖はもう一人の男を見る。その男は倒れ伏した『覇道』を見てクックッと喉を鳴らすように笑っていた。
「貴方…」
「どうした?」
「夢の中で人を喰った。というのはどういう事ですか?」
「その通りの意味だが。それで俺はそいつらに永遠の眠りを与えて来た。良いだろ?」
「何故そんな事をするんですか?私には理解しかねます」
剣聖がそう言うとゲンナイは段々と笑い声を大きくしていき、最後には大笑いした。そして言う。
「理解しなくて結構。俺には俺の殺し方ってのがあるからな。夢で魂を喰い、永遠の眠りにつかせ、時には覚めることのない幻覚で延々と捕食する。それが俺、旧英雄九十二級の殺し方だ」
「そうですか。やはり、彼がずっと身震いしていたので旧英雄だとは思ったんです」
「そうかい。十二級は俺らに恨み持ってて当然だものな。良いぜ?掛かってこい」
ゲンナイはそう言って手を広げて、掛かってこいというジェスチャーをした。剣聖は少し驚愕した。何故なら彼はかつて剣聖が殺した旧英雄とは違い、旧英雄殺しの旧英雄相手に怯みすらせず、寧ろ好戦的に接して来たからだった。




