第42話 逃走中
「くっそ!何回死ねばいいんだよ全く!」
視界が切り替わると同時に、身体を包む水の感触を意識する。
もう何度目か分からない死に戻り。
記憶を頼りに滝までの大まかな距離を予測し、体勢を整える。
「[放撃]!」
滝から放り出された瞬間、身体を伸ばして、足から真っ直ぐ着水すれば、ダメージは最小限に抑えられる。
[放撃]を使えば、ほとんどHPが減らないのは確認済みだ。
「ぶはっ![威圧]ぁ!」
水から顔を出すと同時に[威圧]を発動して、キシンを追い掛けているはずのトカゲ竜の注意を惹く。
ここまでが、散々死んだ上で確立した、逃げるための最低限の準備。
「ギャアアアアッ!」
「くっ!」
すぐさま凄まじい速度でトカゲ竜が突っ込んでくるのを、慌てて水から飛び出すことで回避。
勢い余ったトカゲ竜はそのまま滝に突っ込むが、水を撒き散らしながら再び飛び出してくる。
「あいつのあの執念はなんなんだよ…!キシン、急げ…!」
矢を持たないキシンに出口を探ってもらっているが、未だにこの庭から抜け出せるような場所は見つからない。
タゲを取って時間を稼いでいる俺は、トカゲ竜の攻撃が当たる度に死に戻りを繰り返しているので、そろそろゲームの理不尽さに叫び出したくなってくる。
OOのデスペナルティは、経験値の減少、手持ちアイテムのランダムドロップ、装備品の耐久値減少の3つだ。
どれも一度の死で大きく影響することはないが、こう何度も死んでいると、そろそろ致命的なダメージを受けてしまいそうだ。
特にアイテムのランダムドロップには装備品も含まれるので、希少なアイテムで作られている大蛇の首飾りや、暴猪の腕輪などがドロップしてしまった場合は1日中泣いて悲しむレベルだ。
一応ドロップなので、死んだ場所に戻れば回収できる可能性もあるが、トカゲ竜に追われている状況ではとてもそんな余裕はない。
「ギャアアアアッ!」
「うおっ!」
木に隠れようと川を跨ごうとその全てを正面からぶつかって乗り越えて来るトカゲ竜。
止まることのないその暴竜の噛みつきを、咄嗟に方向転換することで回避する。
「グリャアアッ!」
「[威圧・圧]![砕空砲]!!」
振り向きざまにも火炎を放ってくるのを散らしながら、ただひたすら逃げる。
死に戻りという助けがあるからだろうが、このトカゲ竜は理不尽なほど強く設定されている。
攻撃力も速度も、まともに戦っては太刀打ちできない。
ただ逃げるのも満足にできないのだから、こいつを倒すなんて大それたこともできるはずがない。
俺にできるのは、逃げながら、死にながら、キシンが脱出口を探すのを待つだけだ。
「ん?」
何もないはずの草原に影が降りる。
考えるまでもない、トカゲ竜の攻撃。
音から察するに――飛び掛かりか!
「[突進]!」
右手首の腕輪を光らせながら一気に加速。
影の範囲から抜け出した瞬間、トカゲ竜が着地して、周囲の草が薙ぎ倒される。
ダメージはない。
それでも、今の飛び掛かりで確実に距離は埋まっている。
経験から言ってこの距離にまで差が縮まれば、あと少しで死ぬことになる。
「どうせ死ぬなら変わんないか。」
今までの死亡は全部逃げ続けた結果。
迎え撃とうとして死んだこともあって、時間の無駄だと逃げに徹していたが、この状況なら…。
「迎え撃つ意味もあ…るっ!?」
覚悟を決めて振り返った瞬間、真後ろまで迫っていたトカゲ竜が、その細い腕を薙ぎ払った。
そのまま走っていたら即死していただろう、振り返ったからこそ挙動が見え、左腕と胸を切り裂かれるにとどまった。
凶暴な一撃に吹き飛び、草むらで数回跳ねて止まる。
「くあー!あぶねぇな!でも生き残った!」
逸らした視線を聴覚で補い、トカゲ竜の位置を捉え続ける。
通り過ぎた猛烈な気配が再び近づき――。
「ギャオアッ!」
「ぐぬっ!」
再び振るわれた腕を、傷ついた左腕を庇いながら受ける。
まだHPは3割以上残っている。
まだ死なない。
まだ…耐えられる!
「うおおっ!」
一歩踏み込み、トカゲ竜に肉薄する。
腕での攻撃を止めて噛みつきに転じたその顎を――。
「だらぁ!」
カチ上げる!
「グッ…!」
四つん這いの身体を仰け反らせ、僅かに全身が宙に浮く。
そしてがら空きの胴体に追撃を掛けようとした―――瞬間。
「ガアアアアアアッ!!!!」
「くっ!?」
天に向かってトカゲ竜が咆哮をあげ、同時に全身からオーラが迸り、弾き飛ばされる。
再びバウンドして体勢を立て直した俺が見たのは、全身に赤いオーラを纏ったトカゲ竜の姿だった。
「おいおい、これってまさか…。」
「ガアッ!」
血走った目を滾らせて、トカゲ竜が腕を振るう。
だが俺は今吹き飛んだばかり。
トカゲ竜との間には5mは間が空いていて――。
「は?」
直後、右腕が吹き飛ばされた。
何も感じないまま、輪切りになって。
「何が…。」
起きたんだ、と叫ぶ間もなく、再び腕が振るわれる。
突然のことに全く対応できず、俺は簡単に死んだ。
「っぶっは!」
呆然とする暇もなく、川に叩き込まれる。
何度死のうが、奴を退けてあの箱庭から出ない限り、このループからは抜け出せない。
「あれは間違いなく激昂状態のオーラだよな…。この段階でなるってのはHPが極端に低いのかはたまた…。」
とんでもなくブチ切れやすいモンスターなのか。
激昂状態だとして、何が起こったのかはサッパリ分からなかったが、逆に考えればいくらでも死ねる状況だ。
「一度態勢を立て直してじっくり様子を伺え…ば!?」
滝から飛び出て無意識のまま[放撃]を使おうとしたその時。
遥か遠くから斬撃が飛来してきた。
「な、ろ!」
空中で身を捻り、爪のように3本がセットになった斬撃を躱す。
滝の水が切り裂かれ、その後ろの岩盤まで爪痕を残す。
「これが奴の能力か!?」
斬撃を飛ばす力。
さっき俺の腕が輪切りにされたのもこの技だろう。
[放撃]を発動できないまま滝壺に落下する。
今奴のターゲットはこっちに向いているから[威圧]は必要ない。
水面に上がってすぐさま状況を伺う。
「まだあいつは遠い。斬撃に気を付けりゃ時間は稼げるか。となりゃこっちだ!」
トカゲ竜から距離を置きつつ箱庭の壁沿いに走る。
「しかしこの壁…。キシンはどうやって超えるつもりだ…?」
直径100mはある箱庭をぐるっと囲む壁は高さ30m程あるだろう。
僕に任せておけと言われて時間稼ぎに徹しているものの、未だあいつから合図は来ない。
装備なんかがドロップする前にとっととここを抜け出したいんだが…。
「リュウ!」
そうやって文句を呟いていると、丁度キシンの声が耳に届く。
[聴覚異常]によって強化された聴力で推測したキシンの位置は…完全に真反対の壁際だ。
キシンからトカゲ竜を遠ざけようとしていたため当然なのだが、キシンの下に辿り着くにはこちらへ一直線に向かっているトカゲ竜を乗り越える必要がある。
こうなったら大きく迂回しながら行くしか…。
「おい、何やってるんだよ!早く来ないと間に合わなくなるぞ!」
「くっそあの野郎…なんで早めに言っとこうとか思わないんだよ!」
あいつの言う脱出方法がどんなものかは分からないが、どうやらとっとと行かないと手遅れになるようだ。
散々手間かけさせといて何様だお前、とか色々言いたいことはあるがそれは全部後。
「とりあえず、正面突破しかないか!」
丁度飛来した斬撃を右足で壁を蹴って飛び越え、着地と同時に走り出す。
今まで使っていなかった[身体異常]の2倍効果を全て発揮した走り。
100mなら走破は7秒弱!
「うおおおっ!」
一瞬で目の前に迫るトカゲ竜の顔面に、全力のアッパーを食らわせる。
「グッ!」
「邪魔!」
大きく仰け反ったところにストレートをぶち込み、すぐさま脇をすり抜ける。
数秒の疾走の後に、謎の緑色の魔法陣の前で呆けた面を晒すキシンの下に到達する。
「は、速い…!君には『俊敏なるG』の称号を――。」
「下らないこと言ってないで早くしろ!すぐ追いついてくるぞ!」
「そんなことは分かってる!さあ、これに乗るんだ!」
そう言いながら魔法陣を指差すキシン。
なんだか分からないが、一先ずこいつを信じるしかなさそうだ。
「よし、行くぞ!せーのっ!」
「ギャア!」
トカゲ竜が最後の苦し紛れに放った斬撃が飛んでくるのを感じながら、キシンと共に魔法陣の上に足を乗せる。
「[属性魔法陣・風]!」
キシンがそう叫び、直後、爆風と共に俺とキシンの身体が真上に吹き飛ばされた。
「お、おおッ…!」
魔法陣が爆散すると同時に、発生した暴風が俺たちを吹き飛ばし、更にその上にある魔法陣に接触する。
次々と魔法陣が爆風を生みだし、俺たちの身体を上へと運ぶ。
「これだけ上まで魔法陣をつなげるのは大変だったんだぞ!僕に感謝するんだ!」
「ああ、ありがとよ!代わりに時間を稼いだ奴にも感謝しといてくれ!」
ぐんぐんと加速し、最後に少し斜めに傾いた魔法陣に吹き飛ばされて壁の天辺に辿り着く。
「よし!やっと外に出れた!これであのうざったいトカゲともおさらばできるな!」
両手を上にあげて背伸びをするキシン。
辺りを見回すと、ここはどうやら山岳地帯のようだ。
基本的には無機質な岩肌が居並び、所々に黒々とした隙間が口を開けている。
そこを通る風の音から察するに、谷底はかなり深くまで続いているようだ。
右側はやはり巨大な谷になっているため、行くとしたら左だろう。
おそらく、カルカがある方向もそっちのはずだ。
「よし、行くぞキシン。あんまここに居て奴を刺激しないように…。」
さっさと逃げるぞ、と告げようとした喉が詰まる。
俺が見たのは、たった今登って来た崖に引っかかる鉤爪。
そして赤く血走った目を滾らせるトカゲ竜の頭だった。
「キシン!」
俺にできたのは、俺とトカゲ竜の間にいたキシンの手を引き、その小さな体を抱え込むことだけ。
振るわれた爪は、簡単に防具ごと俺の背中を切り裂く。
「リュウ!」
「くっそ!こいつ自力で上がってこられるのかよ!
こちらを心配するようなキシンに、無理やり笑顔を作って見せながら頭の片隅で考える。
こいつが上がってくることはないと思い込んで油断していた。
要するに、こいつにとってここはあくまで巣なのだ。
当然、抜け出すことも容易。
そしてこのまま逃げたところでこいつは簡単に俺たちを仕留めるだろう。
死に戻ったところで結果は同じ。
だったら――。
「これしか…ないだろっ!」
キシンを後ろに庇い、正面からトカゲ竜に突っ込む。
対抗するように噛みつき攻撃を行ってくるのを右側へ回り込んで躱し、そのままトカゲ竜の身体を抱え込み。
「う、おおおおおおっ!」
押し込む!
「リュウ!」
バーサークボアを投げ飛ばしたときと同じように、前のめりになる勢いは殺さず、重心だけを後ろにずらす。
仰け反り、後ろ脚だけで立ち上がったトカゲ竜が、やがて後退し崖に足を踏み外す。
それで十分だった。
「[爆裂拳]!」
仰向けになり、俺共々落下し始めるトカゲ竜の腹に赤く光る拳を叩き込む。
「ギャアアアアアッ!」
爆炎と共に、トカゲ竜が真下へ大きく吹き飛ばされる。
「よっと…おおっ?」
爆風に乗って少し跳び上がり、崖の淵へと伸ばした俺の手が、ギリギリで空を切る。
しかしその手は、上から伸びてきた細い腕によって支えられた。
「全く…詰めが甘いんだよ。」
「サンキュー、助かった。借りができちまったな?」
「ふん…。今回だけはツケにしておいてやるよ。」
そっぽを向くキシンに苦笑いをプレゼントし、手を借りて上へ上がる。
崖下を覗けば、広がる奈落にトカゲ竜の姿はなかった。
「倒した…か?」
「いや、経験値が加算されないから、多分生きてるんだろうな。しぶとい奴だ。ま、流石にこれ以上追ってくることもないだろ。」
ちょいとアイテムボックスを確認してみれば、持っていた素材のおよそ半分がドロップしてしまったようだ。
大したものは持っていなかったとは言え、装備の耐久度減少と合わせて、かなりのデスペナルティを負ったと考えるべきだろう。
「全く、ちょっと迷い込んだエリアでこの有様か。先が思いやられるなぁ。」
きっとこの先にはあれほどの敵は山ほど出て来るだろう。
それに勝てないようでは、ゲームクリアなどまた夢だ。
「その、なんだ…リュウ。今回は世話になった。少しだけ感謝して…ないこともない。」
「……。」
はっきりしないキシンの態度にはイラッと来るが、今回はこいつのスキルと行動にも些か助けられた。
まぁ、根は良い奴なんだろう。
「ああ、こっからも頼りにしてるぞ、キシン。」
「任せておけ!僕に任せておけば立ち塞がる敵に十や二十は眉間撃ちで一撃だ!」
「お前、矢持ってないじゃん。」
訂正。
こいつ役立たねぇわ。




