第41話 火の用心
「全く…本当に捨てておけば良かったかもな。」
傍で眠るキシンの寝顔を見ながら心底思う。
結局、あれだけ文句を言っていたのにも関わらず、キシンは硬い地面の上でぐっすり眠ってしまった。
流石に腐った液体を食わせるつもりはなかったので、アイテムボックスに入っていたヘビの肉を焼いて与えたのだが。
それには不味いと文句を言うくせにおかわりは要求する、本当に意味の分からない奴だ。
「こいつと一緒に明日から戦っていくわけか…。」
実際に崖から落ちて流されたのは数分のことだろう。
それでも、崖の上に上がってカルカに戻るまでには最低でも数日かかりそうだ。
その間ずっとこいつと二人きりで行動を共にするとなると・・・まぁ気が重い。
そんな俺の思考を遮るかのように、焚火がバチッと大きな音を立てて火花を散らした。
「俺もそろそろ寝るか。」
ちなみにこの焚火、この洞窟を掘るために崩した瓦礫でできていたりする。
岩をアイテムボックスに入れてみたら『木炭岩』と表示されていたからもしかしたらと思ったが、火を付けてみると実際に焚火として使えた。
木なのか岩なのかはっきりしてほしい。
触り心地は、スッカスカの岩、と言ったところだろうか。
木のようにすぐ炭化して次の木をくべなくてはいけない、ということはないものの、少々バチバチうるさいところはある。
更についでにいうと、火はNPC売りの『ファイアージェム』というアイテムを使った。
割ると少しの火を生み出せる生活用品で、[激昂状態]の実験に使えるかと買ったものだ。
結果としては、あの時のように炎を操ることはできなかったが、今回役に立ったのだから自分の運の良さに感謝しておこう。
「ふぅ。」
硬い石の上でも、一度横になってしまえばすぐさま眠気が襲ってきた。
これから待ち受けるのが何なのかは知る由もないが、やることは変わらない。
ただ、ゲームクリアに向けて突き進むだけだ。
そう再び決意を固めると、俺の意識は闇へと沈んでいくのだった。
「うおおおぉい!リュウ!起きろ!おい、いつまで寝ているんだ寝坊助!早く起きろおおお!」
「うううううるせえええええっ!一体朝から何を…っておいっ!?」
喧しい叫びと同時にガツガツと蹴られ、唐突に意識が覚醒する。
目の前に火の海が広がっていた。
「おいおいおいおい、お前一体何してくれてんだよっ!どういうことだこれは!」
「ぼ、僕は何もしてないぞ!寒いからそこにあった石をくべただけだ!文句を言われることなんて何もない!」
「ああもううるせぇな!とりあえず避難だ!言い訳なら後で聞いてやるよ!」
隣に居たキシンを川に蹴落として、俺もすぐさま飛び込む。
あと少し起きるのが遅かったら焼き尽くされてたところだ。
「ぶはっ!…くそ!おい、キシン!このまま流されたらヤバいぞ!どっかでまた上がって…。」
背後でちゅどーん!、と謎の爆発を起こした洞穴を無視してキシンに声を掛ける。
このまま流れて行ったらほぼ間違いなく厄介な事態に陥るはずだ。
そうじゃなかったらあんな場所でホームポイントが書き換えられるわけがない。
…というか爆発するとか、ホントにあの石ってなんだったんだ?
「ぐ、ガボ、リュ、た、たすけ…。」
「てめぇ今度なんか奢れ…。」
なんか溺れかけているキシンの服を掴んで引き寄せる。
女だし小柄だから何とか耐えられているが、寝起きの身体にこの急流はきつい!
どんどん流されながらも、何とか溺れることだけは回避して周囲を確認する。
やはりどこにも上がれそうな場所はない。
見える物と言ったら水と両側の石壁、そして前方に見える草原くらいで…。
「って、ちょっと待て!もう川の終わり…。」
思ったより俺たちの居た洞穴と、川の終わりには距離がなかったらしい。
俺たちは何の抵抗も許されないまま滝から放り出されることとなった。
「くっ…[放撃]!」
高いところから落ちれば水面も立派なコンクリートだ。
せめてダメージを減らそうと[放撃]を発動し、キシンを抱えて滝壺へと落下する。
ドッパーン!と盛大に水しぶきを上げながら落水。
暴れるキシンの首根っこを掴んで、何とか水面まで上昇する。
「キーシーンー。既にお前をここに捨てて俺一人で帰っても全く問題はない気がしてきたんだが?」
「ぶはっ!お、落ち着けリュウ!こんなとこで離したら溺れ…うへっ!」
流れに従って岸まで歩き、脱力状態のキシンを放り投げる。
ダメージを軽減はしたものの、HPは残り3割程しかない。
この状態でモンスターと出会ってしまったらひとたまりもないだろう。
ジュラス広原とはまた少し違う、一面に膝丈の草が生えた草原。
ところどころに小さな木が生えていて、この滝から流れる小川がエリアを縦断している。
周囲は今落ちてきた崖で覆われていて、簡単に抜け出すことはできなさそうだ。
一見すると『大きな庭』に見えそうなエリアである。
「と言うか、実際庭みたいなもんなんだろうな。」
「ん?何か言ったか?」
「何でもねぇよ。ま、とりあえず、死ぬ前に言い訳を聞いておこうか。」
「いや、ちょっと待てリュウ。僕は何も悪くないんだ。この積みあがった岩全部に火を付けたらあったかいんだろうなぁ、とか考えちゃっただけなんだ!」
「やっぱお前の所為じゃねぇか!」
何かに使えるかもしれない、と木炭岩をあの場に積み上げて置いたのが悪かった。
アイテムボックスにもいくつか入れておいたが・・・というか、あれで火事が起きるとか想像できないだろ!
「おい、リュウ。一大事件だ。僕は矢を持っていない。」
「ったく…そんなんであいつからどうやって逃げるんだよ…。」
もはやこの状況で戦う気などない。
あいつの威圧感は、俺たちが渡り合えるレベルではないことを既に告げている。
「ティラノサウルス?ちょっと違うか。何にせよ速そうだなぁ。」
陸に上がった時から俺の聴覚はそいつの存在を認知していた。
一言で表現するなら、四足歩行のティラノサウルスだろうか。
体高はそれほど高くなく、ほとんど地を這う姿勢だ。
青黒い胴体はぬめりと光り、細いが力強く地面を捉える足の先には鋭い爪が生えている。
その、如何にも獰猛そうな生物が50m程先でついにこちらの存在を捉えた。
「おいリュウ、まさか戦うわけないよな?」
「はっ!まさか。倒すまでに何回死に戻りする気だよ。」
もうはっきりした。
何故崖から落ちた時点でホームポイントが変更されたのか。
それはこのエリアから逃さないためだ。
死んでも神殿へと逃げることは許されない、奴を乗り越えない限り帰還はできない。
「とりあえず、逃げるぞ!この庭から脱出する道を探す!」
「ギャアアアアアアッ!」
怪鳥めいた咆哮をあげて獰猛の権化が突進を始める。
「さあ、必死逃走劇の始まりだ。」
「リュウが、帰ってこれなくなったって?」
アドリアさんの言葉に思わず聞き返す。
城下町カルカ、噴水広場の一角。
偶然出会ったアドリアさんに呼び止められて、一先ず近くのベンチに座ることにした。
言い方からして危険な事態って訳じゃなさそうだけど、現実でも友達である身としては、どうしても安否が気になってしまう。
「はい、先ほどメッセージが届きました。一人のプレイヤーと一緒に崖下へ落ちて、流されてしまったようです。戻るのに数日はかかりそうだとか。」
「はぁー、ホントに何やってんだかねぇ。トロールを倒したとは言っても、まだまだやることはいっぱいあるのにさ。」
「そうですね。IWの動向も気になりますし。」
「それだよね。全く、なーにが『無敵の戦士達』なんだか。まぁ、ゲームクリアだけなんだったら少数精鋭で何とかなるのかもしれないけどねぇ・・・。」
「確かに、力量はあると思います。南エリアのボス戦の時に、それは十分伝わりました。でも、それだけではこの先進んでいけない。」
重々しく、アドリアさんが呟く。
その先は語らなかったけど、言いたいことは伝わる。
トロール戦の時、俺たちはまるで歯が立たなかった。
あの時はリュウの死に物狂いの活躍で何とか乗り越えられたけど、一歩間違えばトロールはカルカに到達していたはずだ。
もしそうなっていた場合、一体どれだけの被害が出ていたのか、想像も付かない。
「この世界はゲーム。力があれば何でも倒せる。でもねぇ、力の及ばない相手が現れたら、大人しく死ぬのかって話なんだよ。」
「一度死んだら終わり。成長するのを相手が待ってくれるわけがないですからねぇ。」
むむむむ、とお互い黙り込む。
まずIWがトロールや魔神の存在を信じていない以上、周りのプレイヤーと共闘することに意味を見出させることは難しいだろう。
現状あいつらだけでゲーム攻略が可能であるのだから、俺たちの言葉に耳を貸すことはない、か。
「まぁ、このまま考えていてもしょうがないか。リュウが自力で帰ってこれそうだって言ってるんなら、俺は俺で戦いの技術を磨くことにするよ。」
そう言って立ち上がる。
「そう、ですね。私も、強くならないと。」
自分に言い聞かせるようにしてアドリアさんも立ち上がる。
重々しい雰囲気を破るようにして、笑い掛けながら言って見せた。
「そう言えば、今日ルークはどこに居るのかな?一緒じゃないんだ。」
効果は覿面。
一瞬で顔を赤く染めたアドリアさんは、あたふたと両手を動かして、やがて大きくため息を吐いて再び座り込んだ。
「…今日も、一人でレベル上げに行ってしまいました。トロール戦でのことが相当心に残っているようで。」
「うーん、ルークがやられたのは俺たちを庇ったからでもあるんだけどねぇ。まぁ負けず嫌いだから、しょうがないか。」
「はい、ルークは、そう言う人です。次の戦いの時に、守れるように。」
思わずニヤニヤしたくなるほど、その視線は遠くに向いていた。
この人は、いや、この二人は心配要らないな。
「それじゃ、俺は行くよ。リュウのことでまたなんかあったら教えてよ。」
「分かりました。全く、リュウもゴルムに直接メッセージを送ればいいのに。」
「あいつは面倒臭がりだからねぇ。」
わき目も振らずに攻略に勤しんでいるわけではないから、こうやって仲間と話す機会はそれなりにある。
だからこそ、俺たちには分かる。
他者を根絶し、力しか信じない奴に、このゲームはクリアできない。
「レイナさんのことも、大丈夫だよね。」
「はい。リュウに、任せるべきです。」
それだけ分かれば十分だ。
別の方向へと向かうアドリアさんに手を振って、俺も自分の目的地へ向かう。
魔神の襲撃が、トロールの件で終わったとは思えない。
これからも、まだ刺客が送られてくるはずだ。
だから、強くならなくちゃいけない。
自分だけじゃなくて、仲間も守れるように。
仲間と支え合って、自分を守れるように。
「さてと、今日も元気よく行きますかねぇ。」




