閑話 最弱の種族
「手荒い歓迎で済まなかったな、ニンゲンの女よ」
村の一角にある家へと連れてこられた私は、その隅にあった柱へと縛り付けられた。
そしてゴブリン達は家を出ていき、私一人が残される。
この時には私も、普段の冷静さを取り戻していたと思う。
まぁ、私の冷静さなんてタカが知れてるんだけどね。
ここがゲームじゃないってのはほとんど確定だと思う。
さっきも言った通り、風景がリアルすぎるし、痛みも感じる。
ただのモンスターであるはずのゴブリンは意志を持っているし、ゲームならではのメニューウインドウやHPバーと言ったものもない。
でもゲームではないとしたらここはどこなんだろうか。
スキルルーレットを回して、確かに私はそのスキルを所持している。
とするとゲームに酷似した別の世界? そんな物語みたいなこと、そうそう信じられるわけないけど。
私はこの辺で考えるのを止めた。
たとえここがゲームではないどこかだと分かったところで私にできることなんてない。
元の世界に戻る? どうやって?
そんなのは、現実に居る状態で、異世界へと至る道を探すようなものでしょ。
私はそこまで頭がよくない、だからこそ、早々に元の世界に戻るという考えを放棄した。
ならばこそ、考えるべきはこれからどうやって生きていくか。
昼前の私のお腹は空っぽ。
どうにかして食べるものを手に入れなきゃ。
まぁ今の私は捕虜な状態だし、先を考えても意味が無くなる可能性もあるか。
私を捕えたゴブリンを更に一回り大きくしたようなゴブリンが家に入ってきたのはそんなことを考えている時だった。
そして冒頭の言葉に戻る。
「えーっと、ご丁寧にどうも?」
現れたゴブリンは、やはり周りのゴブリンとは少し違う個体のようだ。
着ているものは違わず、何かの毛皮のようだが、木の実や骨などの装飾品をいくつも付けている。
たぶんこのゴブリンがこの集落のリーダー的な存在なのだろう。
ある程度予想はしていたものの、明らかに人外であるゴブリンから人間の言葉が出て来るのには驚いた。
縛り付けられて立つこともできないため、座ったまま答える。
やはり刀が無ければ何もできない私は、できるだけ穏便に事が進むよう願うしかないようだ。
「オレはこの集落のボス、ハイゴブリンのグルドという。部下から報告が入った時は驚いたぞ。罠を見回りに行ったらニンゲンが入っていたとな。昨日、そんな罠ではキキ一匹捕まらんと叱ってやったばかりだと言うのに、ククク、まさかニンゲンを捕えることになろうとはな」
愉快そうに笑うグルド。
キキというのがなんだか分からないが、恐らくこの世界特有の生物だろう。
すいませんねぇ、無様に捕まってしまったアホで。
「だがオレ達も悠長に構えてられる状況ではないのだ。使えるものは何でも有効活用しなければ、この集落自体がいずれ消滅する。というわけでお前さんを素直にニンゲンの里へと還すわけにはいかない」
この言い分からすると、普段は人間に手は出さないみたいだ。
今は何か理由があって、私は手放せないと。
「私は……何をすればいいの?」
「子を産め」
当然だ、とばかりにいうグルド。
何言うとん……?
「この森に住み着き始めた大熊に、大半の女衆がやられてしまったのだ。このままではオレ達は子孫を残さず、根こそぎ大熊に殺されるのみだ。そこでお前さんが捕まった。ならばお前さんに子を産んでもらうのは当然だろうよ」
そう言ってグルドが肩に手を乗せて来る。
硬くずっしりとした手が体を押さえつけ、もう片方の手を私の懐へと伸ばす。
ちょっと話についていけてないけど、これはつまりあれだ。
この御仁は、この集落の消滅を防ぐために、子を産ませようとしているんだろう。
偶然捕まった私に。
なるほど。
「ちょっと待てー!」
え、なんで!?
何となくいい感じの流れでどうしてこうなった!?
このままじゃ、凌辱&苗床ルートでエンドじゃないか!
私には彼氏がいるんじゃーー!
じたばた暴れて逃れようとするも、手はしっかりと柱に縛り付けられているし、肩を抑えるグルドの手はビクともしない。
やはり根本的な身体能力が、私とこのハイゴブリンでは違うようだ。
適当に放った蹴りがグルドの腹に当たり、その顔が歪められる。
「そう暴れるな……と言っても無駄なのだろうな。誰しも自分の望まぬ子を産むのは嫌でだろうよ」
驚いたことに、グルドが私から手を放した。
そして私から少し離れたところに胡坐をかく。
「オレにも、愛する妻が居た。子も授かったのだ。だがしかし、ゴブリンは繁殖が早い代わりに、いつ産まれるかも分からない。オレの妻の場合、それが大熊に襲われた時だった」
目を瞑り淡々と述べるグルドの姿に息を飲む。
最下級モンスターであるはずのゴブリンから、まるで炎が溢れ出ているかのようだった。
「オレはボスだ。感情で行動することは許されない。今オレの成すべきことは、ゴブリンの繁栄のために、一匹でも多くの子を成し、そして多くの仲間を捨ててあの大熊を討伐することだ。だがそれはできん!」
その一匹の男は、覚悟を決めた顔で吠えた。
「……私がやる」
「……なんだと?」
「私がその大熊を倒す! あんたの村を救う! そしたら……私を解放してほしい」
「……」
グルドは悩んでいるようだった。
自分の種の存亡と、仲間の命。
そして妻への愛を天秤にかけて。
グルドが目を見開く。
「奴は強い。オレごときが束になっても歯が立たないだろう。それをお前さんにできるのか?」
「できる」
「そのオレにすら力で勝らないお前さんが。あんなちっぽけな罠に嵌っていたお前さんが! 奴に勝つことができるのか!?」
「できる!」
「ならば!」
タン、と軽やかな音と共に私の手を縛る蔦が床に落ちる。
「俺たちを救ってほしい」
グルドが胡坐を掻いたまま床に頭を付ける。
「……任せて」
痛いのが怖いだとか、死ぬのが嫌だとか言っている場合じゃない。
自分の身体惜しさに口から出まかせを言っているわけでもない。
ただ単純に、この御仁の力になりたかった。
確かな意志を宿らせた黄色の目を光らせグルドが立ち上がり、手を差し出してくる。
「そうと決まれば、すぐにでも出立の準備だ。お前さん、名は?」
「……ミオ。よろしく、グルドのおっさん」
ガッシリとしたグルドの手を取り、立ち上がる。
「クク、オレもお前さんのように軟弱な女を娶るなど御免だと思っていたところだ。精々役に立てよ、ニンゲン!」
「な……私こそ、アンタみたいなゴブリン願い下げだってば! 熊にやられても知らないからね!」
ムムムム、と睨みあい、そして同時にニヤッと笑う。
「お前さんの様に愉快なニンゲンに会ったのは初めてだぞ、ミオよ。ニンゲンはゴブリンと見ればすぐ殺しにかかってくる奴らばかりだからな」
「うぅむ……私はこの世界の人間とはだいぶ価値観が違うんだろうねぇ。ま、私はゴブリンってだけでおっさんを嫌ったりなんかしないよ」
無理やり手籠めにされたりしたら別だけどね、と付け加えるとグルドは更に大声で笑った。
「カッカッカ! オレとしてはその気が変わらねぇうちに大熊を殺してくれるよう願うしかねぇな! よぉし、お前らァ!」
ドン! とグルドが家の扉を蹴破る。
真っ二つにされた扉が宙を舞い、直後、飛んできた何かによって粉々の木屑と化した。
「予定通り! これからオレたちはあの憎き大熊をぶっ殺しに行く!」
グルドが家の外に向かって吠えた。
そしてそこには、武装した数十匹ものゴブリン。
「お前らの家族を! 友人を! そして愛する妻を食い尽くしてきた奴に、今日こそ鉄槌を下してやろうじゃねぇかッ!」
「ウオオオオオッッ!」
グルドの声に、一斉に雄叫びを上げるゴブリン達。
「そしてオレたちに歓迎すべき同志が加わった! 皆にも既に知れていることだろうと思うが、落とし穴にはまっていた無様なニンゲン女ことミオだ!」
「ウオオオオオッッ!」
「はっ!? ちょっとまてい!」
私の突っ込みを完全無視してグルドは叫び続ける。
だんだんとボルテージの上がってきているゴブリン達も同様だった。
「オレはこのミオにすべてを賭ける! こいつをあの大熊の懐まで送り届ければオレたちの勝ち! それまでに軟弱なこいつが死ねばオレたちの負けだ! こいつがオレらの子を産まなければゴブリンの未来が危うい? ゴブリンの未来など知ったことか! お前たち自身が生き残ればいい! お前たちこそが未来だ!」
グルドは、まるでこの戦いで自分が死んででも皆を生かそうとしているかのようだった。
いや、実際そうなのだろう。
この誇り高いリーダーは、全てを捨てる覚悟を持って、私にすべてを賭けたのだ。
ゴブリン伝いに渡されてきた刀がグルドに、そして一瞬の間をもって私に渡された。
何の力もない、ただの初期装備。
だがこの刀は、私のスキルですべてを切り裂く最強の矛になる。
「時は満ちた! 今こそ! あの大熊の首を取りに行くぞォッ!」
「ウオオオオオオオオオッッ!」
グルドが自らの刀を天に突きあげ、ゴブリンたちが叫ぶ。
そうして、私達は集落を脅かす大熊を討伐するべく、森へと進軍していくのだった。




