閑話 咲き乱れる花
閑話です。本編とは関係ありませんが、蛇足ではありません。
読まなければ話が分からなくなる恐れがあります。
「OO! 来たぞー!」
視界が広くなった瞬間、ででーん! と両腕を上げて叫ぶ。
オンラインゲームサービス初日の初ログインと言ったらこれだよね!
「ヴァ?」
そんな私の叫びに反応したのは低い声。
声ってか鳴き声?
「んー?」
突き上げた腕はそのままに前を見る。
そこには全身を赤い体毛で覆ったかなりワイルドなプレイヤーさん。
いやいや、これはたぶんプレイヤーじゃなくてモンスター――。
「うえええ!?」
たっぷり5秒間静止した私は、慌てて右方向に避ける。
……恥も外聞もなく惨めに地面に倒れ込む形で。
「ブアア!」
だがその甲斐もあって、私の腰ほどもありそうな大きさのイノシシの攻撃を躱すことができた。
「ちょっと待ってなんで!? 最初は城下町から始まるんじゃなかったの!?」
誰にともなく叫ぶ。
いや、確かに城下町から始まると事前情報にはあったはずだ。
なのに周囲は太い木々の乱立する森。
突発チュートリアルにしてもいきなりモンスター遭遇はないんじゃないかなぁ!?
「ひえええっ!」
赤イノシシから必死に逃げる。
いやだって、ゲームと言えども体高1mはあるイノシシが殺気丸出しで突進してくるんだよ!?
そりゃあ逃げたくもなるさ!
「あびゃ!」
着ていた服の裾を踏みつけてビターンと転ぶ。
裾……っていうか今気づいたけどなんで着物!?
赤を基調とした華やかで綺麗な着物だけど、こんなの着て走ったら転ぶに決まってるじゃん!
……ってそうだった! さっきのスキルルーレットで確か――。
[スキル名] 百花繚乱
[効果] [絶対切断]。着物しか装備できなくなる。刀しか装備できなくなる。防御力が0になる。
[説明] 咲き乱れるその花は美しく儚い
[取得条件] 初期
これのせいかー!
くそー! さっきまでは着物なんて綺麗でいいじゃんとか思ってたけどこんなの動きにく過ぎる!
しかも防御力0って何!?
こんなんじゃ一発で死んじゃうじゃん!
「ブルルル」
後ろからずんずん迫ってくるイノシシ。
立ち上がろうともがくけど裾が身体の下に入っちゃって中々取れない!
はっ! これは!?
もがいた拍子に地面に転がる何か。
今まで私が腰に付けていたと思われる……刀。
そうだ! ここはゲーム! 武器があれば戦えるかも!
急いで拾い上げて両手に持つ。
刀は吸い付くように手に収まった。
「ブアア!!」
その私の様子に何かを感じたのか、イノシシが突進を始める。
ええい! 起き上がるのはもう諦めよう! このまま刀を振ってやるぜい!
よーく考えればそんな体勢で武器を振っても全く意味が無いことが分かったのだが、この時の私は考えていなかった。
猛進して来るイノシシをしっかりと見据え、その勢いに尻込みしながらも刀を振りかぶり――。
「せーい!」
良く分からなかったので刀を鞘から抜き、そのまま斬りつける。
――すっぱーん、という擬音が良く似合う感じでイノシシの顔の上半分が、その延長の胴体と共に宙を舞った。
「ほえ?」
神楽美桜、17歳。プレイヤー名、ミオ。
私の山あり谷ありの物語は、ここから始まりました。
「うえええええ…。。。」
どうも、ミオです。
何をしているかって?
リバースしてるんですよ、乙女にそんなこと言わせないでください。
……じゃあリバすんなって?
「無理に決まってるじゃん!」
チラリと振り向くと血溜まりが視界に入って慌てて目を逸らす。
そう、私の後ろにあるのはさっきまで戦っていた赤イノシシ・・…だったもの。
私の攻撃によって頭が完全にすっぱり断たれて、中から(自主規制)だの(自主規制)だのがデロデロ出てきてしまった。
そんな、目の前で展開されてしまった悲劇。
しかも赤イノシシが突進している途中だったから、私にもそこそこの量の返り血が……
これでリバースしない方が無理ってもんでしょう。
ええい! こんな惨劇現場に居られるか!
血に濡れた着物を翻し……あれ? 血がついてない?
さっきは間違いなく血の波をかぶったはずなんだけどなー……まぁいっか、スキルかなんかでしょ。
とにかく、さっさと赤イノシシの骸から離れる。
「ひどい目にあった……」
お昼ごはんの前にちょこっと遊ぶためにログインしたのに、いきなり目の前にモンスターが居るなんて。
たぶん私が赤イノシシを倒せたのは、スキル[絶対切断]のおかげだと思う。
名前からしてたぶん、全てが切れるようになる能力。
とんだぶっ壊れ能力だけど、着物だの刀だの防御力0だのいろいろ制限が掛かっているから丁度いいのかもしれない。
切れ過ぎたおかげであんなに血を見ることになっちゃったし……うぅ、思い出したらまた吐き気が――あれ?
OOって血エフェクトなんてあったっけ?
15歳でもできるゲームだし、VRゲームだから血なんてなかったはずじゃ……?
血だけじゃなくて(自主規制)まで頭から出てきたし、なんかおかしくない?
「んー」
事前情報と違う謎の森からのスタートに、唐突なモンスターとの遭遇。
有り得ないはずの血にリアルすぎる風景。
「まぁ、まだ始まったばっかのゲームだし、分かんないことがあるのは当然かなー。とりあえず、もっと進んでみよう!」
そう結論付ける。
どうせ今日は下見だけの予定だったんだし、詳しく調べるのは後でもいいよね。
この森もどこまで続いてるか全く分からないし、何か変化があったらそこでログアウトしよっと。
かすかに感じる違和感を振り払い、適当に方向を定めて歩き出す。
ここで何をしようとも、結果は変わらなかっただろうと思う。
運命ってものは、確実にあると思うね。
何か変化があるまでは探索を続けようと言った、確かに言った。
でもその変化がこういう形で訪れるとは予想できるわけないでしょう。
「うぇ?」
気付いたら、地面がなかった。
茶色い土が広がった地面、何気なく通ったその一点のみに直径1.5m程の穴が開いていたのだ。
空中を2,3歩進んだのちに地面がないことに気付く……なんてマンガみたいなことがあるはずもなく、私の身体は穴の底まで落下した。
「あぐっ!」
穴の高さは3m程で死ぬ程の高さではなかったものの、防御力0の私にはきつかった。
お尻から地面に激突して、鋭い痛みが頭まで駆け抜ける。
「ぐー……」
痛みに悶絶して狭い穴の中を転げまわる。
綺麗な和服が土で汚れるのだろうが、今はそんなことを気にする余裕もなかった。
「何が起きたんだろ……?」
一通り暴れ回ったところで、状況を確認しようと穴の上方を見る。
その直後、どこからともなく落ちてきた何かが、穴を完全に塞いでしまった。
「えええっ!? ちょっと、出れないじゃん!」
真っ暗になった穴の中で、誰にともなく叫ぶ。
当然ながら返答はない。
「閉じ込められた……? 一体何が……」
私の身長は150cmちょいくらいしかない訳で、高さ3mなどとてもジャンプして届く距離ではない。
腰から鞘ごと刀を外して目いっぱい上に伸ばすと、何かに届きはしたが、返って来たのは岩か何かの無機質な感触だけだった。
「これは……落とし穴か何かに嵌っちゃったってことかな……誰がこんなの仕掛けたんだろう……」
人間が設置した獣を捕らえるための罠であるならば、穴の底に剣山でも用意しておくと思う。
穴は少々深かったが、死ぬ程ではなかった。
結構痛かったけど……って、痛い?
「あれ……? OOに痛みなんてあったっけ……?」
先ほどと似たような疑問に、首を捻る。
余りにも突発的事態だったせいで忘れていたが、ここはゲームだ。
VRゲームとは、別に実際に剣で攻撃したり、魔法を放っているわけではない。
やっていることは、テレビゲームで遊んでいるのと、そう変わらないはずだ。
そのゲームで痛みを感じることなどあるわけがない。
何かの拍子でバグが起きて、現実の私の身体がベッドから落ちでもしたのだろうか……?
普通ならばゲームの動きは現実では反映されないようになっているが、バグか何かが発生したというのなら……。
そんな私の思考は、上から降り注いでいた日光に妨害された。
岩がどけられた? 誰に?
そう思って上を見るが、暗闇に慣れかけていた私の目では、眩しくてよく見えない。
ひょいと何者かが穴を覗き込み、すぐに引っ込められた。
「だ、誰だか分かりませんけどー、穴に落っこちちゃったんですー! 助けてくれませんかー!」
この穴から出られる! と逸る気持ちを抑えて叫ぶが、返答はなかった。
しかし、しばらく待っていると、穴に何かが垂らされてきた。
「蔦……かな?」
十分太く、私がぶら下がっても容易には切れないであろう蔦。
「掴まれ……ってことだよね」
ぐいぐいと引っ張り、もう片方の先が穴の上にあることを確認して掴まる。
すると、確かな力で蔦が引っ張られ、私の身体が穴の上へと昇っていく。
穴の淵へとたどり着き、これで出られる! とそう思った瞬間、蔦が一際強く引かれた。
「うわっ!」
勢いよく穴の外へと飛び出す。
慌てて蔦から手を放し、地面に手を付き転倒を免れる。
「ギヒッ!」
耳元で聞こえた、人ならざる何かの声。
背筋がスッと冷えて、身体が縮こまる。
恐る恐る視線を前に向けると、緑褐色の皮膚が目に入る。
そして私の周囲を囲む荒々しい息遣い。
RPGで定番の、最弱モンスター、ゴブリン。
最も弱く、試し切り程度の相手にしかならないはずのモンスター。
その群れに、私は捕らえられてしまった。
両手を後ろ手に、蔦で縛られた私は、ゴブリンの促すままに森を歩く。
恐怖で足が震えるが、歩を止めても、さらなる恐怖が待ち受けているだけなので、仕方なく歩く。
ゴブリン達に歯向かうという選択肢は最初からなかった。
濁った黄色い目は獣を思わせ、しかし確かな意志も感じさせる。
刀を取り上げられてしまった私では容赦なくやられてしまうだろう。
そして更に、痛覚の問題。
私の手を縛る蔦は少しきつく、キリキリと痛みを訴えて来る。
それはつまり、さっき穴に落ちた時に感じた痛みも、穴に落ちたことが原因で発生したという事。
ゴブリン達は、荒削りながらも立派な棍棒を持っている。
ゴブリンの太い腕で力いっぱい殴られれば、さぞ痛い目に合う事だろう。
私は何の力もない女子高生なのだ、ゲームであろうともそれは変わらない。
大けがをして痛みを負うと分かっていて無茶な抵抗をするなど、そんな勇気のあることができるはずがない。
幸い、ゴブリン達は私を殺すことが目的ではないようで、今すぐ害されるという事はない。
プレイヤーを見つけたら襲い掛かってくるような、低知能なモンスターとは訳が違うのだろう。
もしかしたらゴブリンの村で熱烈な歓迎を受ける可能性も無くはないので、このまま従っていようと思う。
死に戻りするにしても、相応の痛みを負うことになるし、それは最悪の選択かな。
「ギィッ!」
そんなことを考えていたら、目的地に着いたらしい。
それ程上等でない、木で作られた簡素な住まいが集う集落。
ゴブリンの村だ。
私はもう確信を持った。
ゴブリンに捕まった時から考え続けていたこと。
それを証明するために、私は行動に移す。
メニューウインドウ。
ゲームがゲームであることを証明する物。
アイテムボックスも、ステータス確認も、ログアウトもできる。
そんなメニューウインドウを呼び出そうとする。
もちろん、反応はなかった。
木々の風景も、そよ風の感触も、血の表現も、あるはずのHPバーがないことも、ゴブリン達の生物としての意志も、痛いという感覚も。
すべてがそれを証明している。
ここはゲームなどではないということを。




