第34話 何も分からないまま
「ジャングルリザードの鎧、2300ゴールドで売るよ!」
「[占い]をする方いませんかー? 一回500ゴールドで様々なバフが付きますよー」
「そこで俺がスパッと切り込み、奴の触手をスパーンと……」
「ランチタイムセール! ゲレナバーガーとコリンジュースがセットで300ゴールド!」
ゴルムとルークが意識を取り戻すのを待ち、その後俺とレイナと4人でカルカに戻って来た。
昼時なので相変わらずの喧噪だ。
「すごい騒いでるねー。あんまりこの時間にカルカに居たことないから知らなかったなー」
「生産プレイヤーも結構増えたじゃないか。バナミルの店の客足も減ったんじゃないか?」
「この様子だと、トロールが来たこともみんな知らないのかしら」
確かに皆、この城下町に危険が近づいていたなんて気付いていた雰囲気じゃないな。
……一体どう説明すれば良いというのか。
「全く、呑気な奴らだな。お前が奴を止めていなければこんな場所はとっくに蹂躙されていただろうに」
ルークが鼻を鳴らしながらそんなことを言う。
全く、お前は何のために戦っていたんだって話だ。
「借りを返すためだと言っただろう。それも俺の力不足で敵わなかったがな」
「ほんとにねー。結局リュウ一人で倒しちゃうんだから、俺らは要らなかったかなー?」
「そういうことを言うなよ。俺一人で戦ってた訳じゃないだろうが」
だんだんとマイナス方向に思考が進んでいっている二人を窘める。
四人居たからこそ倒せたのだし、そう落ち込むことでもないだろうに。
「ルーク! 皆さん!」
四人で行く宛もなくさまよっていると、ふとどこからか声を掛けられる。
見ると、そこには顔を蒼白にしたアドリアの姿があった。
「だ、大丈夫ですか? トロールは!?」
「ああ、もう倒した。全員無事だよ」
あんな痛みがあったものの、傷が治ってしまえば痛みもなくなった。
それでも、あの場で味わった痛みは俺の心の奥底に刻まれている。
本当に、何が起こっていると言うのか。
「本当ですか……! 良かった……」
俺の言葉を聞いて、アドリアは目に見えて安堵する。
人気のないところに移動して話を聞くと、アドリア達生き残り組はゴルム達を追っても意味が無いと考えて先にワープポータルでカルカに戻っていたらしい。
「皆さん、相当衝撃を受けていたようで、プライベートエリアに籠ってしまいました。どうしてゲームで痛みを味わいながら戦わなければいけないんだ、と……」
「そうか……」
確かにその通りではあるだろう。
現実で暴走するトラックに生身で突っ込めと言っているようなものだ。
たとえ死なないのだとしても、自分からそんなふざけたことをする人はいない。
カルカにトロールがやってくるならせめてプライベートエリアに立て籠もろうとしたわけか。
「それと、ボスエリアでトロールに殺されたプレイヤーは、カルカにはいませんでした。恐らく……」
姿を消してしまった……か。
トロールと戦っているときからなんとなく予感はしていた。
ここで死んでただ神殿に死に戻りするわけではないのかもしれないと。
現実でも、死んでしまったのだろうか。
そう考えると体が震えた。
あそこで倒せていなかったら、いったいどうなっていたのか分からない。
もしかしたらレイナが今隣にいなかったかもしれない――。
「――それでも、私は今ここにいるわ」
すっ、と全身が包み込まれるような錯覚に陥って隣を見る。
「あなたのおかげでね」
柔らかく微笑むレイナは、思わず見とれてしまうほど美しかった。
「レイ――」
「おっほん」
「……」
ゴルムの咳払いで我に返る。
くっそ、彼女持ちにはこの気持ちが分からないんだこの野郎。
「だったら尚更、聞かなくちゃいけないことがあるだろうが」
俺たちのやり取りを完全無視してルークが声を出す。
聞かなくちゃいけないこと……というとつまり。
「お前は何故ここにいる? 確かにお前はトロールに殺された筈だ。それが再び戦いに復帰している、何故だ?」
それは俺へと向けられた言葉。
そして懐疑の目だ。
「それが俺にもわかんないんだよな。たしかに死んだけど普通に神殿に死に戻りになった。いや普通じゃないか」
「どういうこと?」
「死んで、気づいたら知らない場所にいて、リリックが居た」
「またですか……」
似たようなことを前にも言われましたよ、と溜息をつくアドリアに頷く。
「神域とか言ってたな。そこにリリック――女神ライラは居た。でも、あいつが俺の死に関わっているとも思えないんだよな……」
俺があの場所に行ったことに対して驚いている様子だったし、あいつがトロールを差し向けたようにも思えなかった。
特に根拠のない憶測ではあるのだが。
「リリックが俺たちをこのゲームに閉じ込めたのは確かだと思う。だがそうだとするとあのトロールはなんなんだ?」
「ただのイベントモンスターなのか、はたまたリリックの用意したイレギュラーな存在なのか、リリックの予期しないアクシデントなのか……」
「イベントモンスターってのは……ないだろうなぁ」
恐らくそれは全員が理解しているだろう。
痛みだとか死んだプレイヤーが消えるだとかそんなのは関係なく。
俺たちはあのトロールの殺気を感じて、意識外で察している。
あれはゲームなどは超越した存在だと。
「考えても仕方がない……か」
相変わらず俺たちは何も分からないままだ。
「これから……どうなるんでしょうね……」
アドリアがポツリとつぶやく。
「そんなものは俺たちが決めることだ。周りの奴らに左右されてたまるものか」
そう吐き捨てるルーク。
周りがどうだろうと、こいつは自分の意思を貫き通すか。
「トロールに殺されたプレイヤーは帰ってこれない……もう、何が起こるか分からないわね。覚悟を決めなきゃ」
レイナの琥珀の瞳は、光を失わない。
たとえどんな危険があろうとも、彼女は進むことを止めないだろう。
それが彼女にとって譲れない何かであることは、強く伝わってくる。
「この先、もうプレイヤーは一枚岩では居られないんでしょうね……」
アドリアのカマは不安に揺れていた。
城下町の喧騒は、俺達の不安と切り離されて見えるが、それも今だけのことだろう。
トロールの存在を伝えたところで、万人が皆そのことを信じるとは思えない。
プレイヤーがプレイヤーを疑い、憎み、恨むことにもなるかもしれない。
もう、このゲームは大きく変わってしまった。
「それでも、この世界はゲームで、力は手に入れることができるんだ。なら、戦わなくちゃ。皆のために」
決意を胸にゴルムが誓う。
現実だが現実ではない世界。
戦えば戦うほど強くなれる世界。
そんな世界だから、絶望している暇などない。
戦わない日を目指すために戦わなければならない。
「必ず、帰還るぞ。訳の分からないモン全部ぶっ飛ばして、分かんないこと全部暴いて、こんな異常な日常からおさらばしよう」
リリックは敵なのか、味方なのか。
このゲームはなんなのか。
魔神とは誰なのか。
俺たちはまだ何も知らない。
そしてこれを知るまでは帰ることもできないだろう。
すべてを乗り越えた先に元の、あの退屈な日常に戻る道がある。
「勝とう、全てに」
そうして人生で一番波乱に満ちていた一週間は終わり、長い長い闘いが幕を開ける。




