第33話 祈りと決着
力が欲しい。
倒れるゴルムとルークを見ながら、切実に思う。
私に力があれば、あんな巨人に傷つけられやしなかったのに。
私に力があれば、倒れる人を癒すことができただろうに。
私に力があれば、この炎の壁の向こうで一人戦う彼を助けてあげられたのに。
「お願い……生きて帰ってきて……」
私には何もできない。
ただひたすら祈るだけ。
力がほしい。
彼と共に戦う力が。
彼を守るだけの力が。
炎の壁はそんな私を拒むように、そして守るように、高く、強く、燃え続ける。
肉の膨れ上がる異様な音と共にトロールの左腕が生え、瞬く間に元通りになる。
これでさっきの攻撃は全てチャラになったと言えるだろう。
「ヒャヒャヒャヒャ!」
トロールが狂ったように笑う。
炎の壁が周囲を取り囲み、中にいるのは俺とトロールのみ。
当然後ろのレイナに戦わせるつもりはない。
正真正銘の一騎打ち、これでラストだ。
「はぁっ!」
[炎速]からの右正拳突き。
今までで最速のこの攻撃は、トロールが左腕をなぎ払い防がれる。
「カァッ!!」
同時、トロールの左右から2本の石柱が出現し、こちらに突っ込んでくる。
それを跳ぶことで躱し、更にその石柱を足場にしてトロールを跳び越え、振るわれた棍棒を回避。
棍棒が石柱を崩す音を聞きながら着地、振り向きざまに炎を纏わせた右拳をトロールに叩き込む。
攻撃を食らって体勢が僅かに崩れたところを狙い、膝の裏側を[炎速]で加速させた足で蹴り飛ばす。
膝カックンの容量で更に体勢を崩したトロールの頭を、跳び上がって左拳で殴り、ふらついたところを右拳で地面に叩きつける。
「まだ!」
起き上がったトロールはこちらに高速で接近し、更に幾つもの石柱を生み出す。
そして棍棒と左拳、更に無数の石柱で連撃を仕掛けてくる。
「おおおおおっ!」
躱す。
弾く。
逸らす。
砕く。
まだまだ、まだまだだ。
もっと強く、もっと速く!
全てが遅い。
トロールの攻撃も、炎のゆらめきも、自分の動きも。
この感覚がスキルの力なのか、俺自身の集中力なのか、はたまた錯覚なのかは分からない。
だがそんなことは関係ない。
俺にはまだできる、もっと強くなれる。
こんな奴に、負けていられるかよ!
「うおらあああああっ!」
全ての石柱を砕き、渾身の[噴火]でトロールを押し戻す。
「ウガアアアアッッ!」
俺の放った拳撃は地面から生えた石壁に防がれる。
構わず石壁を砕くが、その先にトロールの姿はない。
「上か!」
「カアアアアァッ!」
[聴覚異常]で、跳び上がったトロールの位置を認識。
落下の勢いと共に振り下ろされる棍棒を後退して回避しようとしたところで、背中がいつの間にか生成されていた石壁に当たった。
「しまっ……!」
「ガアア!」
振り下ろされた棍棒が叩きつけられ、轟音とともに背後の石壁が崩れる。
「ぐっ……!」
防御の姿勢すら取れずにもらった一撃は、俺の身体を軽々と吹き飛ばす。
[放撃]を使ったにも関わらず、トラックに突っ込まれたかのような痛みが全身を走り抜けた。
だが、HPバーを確認する暇もない。
手を地面に付けて吹き飛ぶ体に制動を掛け、高速で接近しながら放たれた左拳による次撃を死に物狂いで躱す。
更にバックステップで距離を取ろうとしたところに、岩の礫が襲いかかった。
「ふっ!」
前方に展開させた[威圧]で岩の礫を逸らす。
お返しに射出した炎の塊は、俊敏な動作で全てを躱された。
「はぁっ!」
「ガアッ!」
拳と棍棒が激突する。
「……なろぉ……!」
「グルルルルルッ!」
胸はひどく痛み、散々トロールの攻撃を受けた両手はボロボロだ。
トロールも、回復しているとはいえ、明らかに治癒能力が落ちてきている。
どちらも満身創痍。
1分後にこの場に立っているのはどちらか片方だけだろう。
俺か、トロールか。
「ゴゲガアアア!」
俺だ、とでも言いたげにトロールが両腕に力を込め、俺を押しのける。
直後、俺の四方から石壁がせり上がり、更に天井も石壁で覆われる。
「閉じ込められたか!」
完全な暗闇。
そして聴覚が感じ取るのは全方位から迫る石槍。
だが――。
「甘いんだよ!」
回転。
両手を使って八方から襲い来るすべての石槍を一瞬で叩き折る。
直後、石壁の箱が棍棒で叩き潰された。
だが既にそこに俺は居ない。
「おらよっ!」
トロールの顔面に膝蹴りを叩き込み、そのまま拳に炎を纏わせてトロールの頭を地面に叩きつける。
「ガアア!」
すぐさま起き上がって振るわれる棍棒を後退して回避。
追尾するように地面から現れ攻撃してくる石柱を片っ端から叩き潰す。
「うおおおおおおっ!」
「グルアアアアアアッ!」
どちらが勝つとも分からない、激しい技の応酬は続く。
躱して、逸らして、砕いて、殴って、殴って、殴って、殴る。
どれだけ時間が経ったのか分からない。
一瞬なのか、1分なのか、1時間なのか。
まるで時間が引き伸ばされたかのように感じられた中での戦闘は、永遠に続くかのようだった。
――それでも、結末は訪れる。
「ぐっ!」
攻撃を躱し、トロールの胴体に右拳を突き入れようと踏み込んだ時だった。
幾重にも続く技の応酬の中でいつの間にか散らばっていた拳大の石ころ。
その一つに足を取られてよろめいた。
たったそれだけ。
一秒の十分の一にも満たない程度の、ほんのわずかな隙。
だがそれでも、長い戦いに終止符を打つには十分すぎる隙だった。
「ガアアッ!!」
隙を逃さずに振るわれた棍棒。
その致死の攻撃は、過たず俺の体に命中した。
「がっ……!」
体が地面に叩きつけられる。
凄まじい勢いはそれだけで止まらず、体が大きく跳ねた。
痛みを通り越して、全身の感覚がなくなっていく。
「リュウ――――!」
炎の壁が解除されたのか、レイナの叫び声が聞こえた。
「アッハ♪」
これで、終わりか。
俺は、死ぬのか。
まだ何もしていない。
まだ何も知らない。
俺はまだ何も成し遂げていないのに。
こんなところで終わるのか?
違うだろ、まだ終われない。
頼ってくれる人が、守りたいと思える人ができたんだ。
なら、こんなとこで死ぬわけにはいかない。
諦めるなんて、できない。
俺の後ろにこいつを通すことなんて――。
「できる訳、ねぇだろうが!」
全力で地面を踏みしめる。
耐えきれなかった地面がひび割れ、あたりに飛び散る。
「うおおおおおおっ!」
再び棍棒が振るわれるその直前、全力を込めた裏拳をトロールの右手にぶち当てる。
バツン! という異質な音と共にトロールの手から棍棒がもぎ取られて宙を舞う。
右拳による次撃を構えた俺と、棍棒を失ったトロールが拳を構えて踏み込んだのは同時だった。
「おおおおらあああああっ!」
「グラアアアアアッ!」
拳が合わさる。
同時に、その衝撃に耐えきれなかったトロールの右腕が弾け飛んだ。
全力の攻撃の正面衝突。
それに押し負けたトロールは、完全に上体が浮いた。
「[最大火力]……!」
炎を両拳に纏う。
地面を全力で踏みしめる。
「[爆裂連拳華]!」
空気が歪んで見えるほどの高温になった両拳をトロールに叩き込む。
「おらあああああああああああっっ!!!」
次々と撃ち込まれる拳は、トロールに触れた瞬間爆発し炎の華を咲かせる。
こいつが何なのか、リリックは誰なのか。
そんなことは考えたって分かることじゃない。
今はただ、皆を傷つけるこいつを倒す。
それまでは、死んでる場合じゃないんだよ!
「あああああああっ! らぁっ!」
最後に両拳を同時に叩き込み、最大級の炎が弾けた。
全身をボロボロにしたトロールが吹き飛ばされ、背後の崖に激突する。
ああ、それでも、トロールを倒すには足りない。
満身創痍のトロールの身体が、その巨体が周囲に溶け込むように存在を霞ませていく。
逃げられる。
「カッハ」
それがトロール自身の能力なのか、それとも外部からの干渉の影響なのかは分からない。
だがどちらにしろこれは駄目だ、ここで逃げられたら傷が回復する、今までの攻撃が全部無駄になる。
「そんなこと――」
自然と、右腕が上がった。
灼熱に燃え上がる腕を限界まで引き絞る。
「させるかよ!」
炎の中で、右の手首に嵌めた腕輪が輝く。
食らえ、[炎速]+[突進]+[爆裂拳]!
「[流星]!」
全身が燃え上がり、吹き飛ばされたトロールまでのおよそ三十メートルを瞬時に駆け抜ける。
「せああああああっ!」
眩い紅蓮の尾を引きながら右拳がトロールに叩きつけられ――。
「アー」
最後にそれだけ呟いたトロールの顔は、少しだけ寂しそうで、そして満足気だった。
轟音、衝撃。
凄まじい爆発が起こり、俺の体も吹き飛ばされる。
そして尻餅をついた俺が見上げるとそこには衝撃で崩れた崖から落ちて来る岩石の数々。
「……すっげぇ威力だな、[流星]……」
落ちてくる岩を見ながら、呆然と呟く。
直後、俺の意識は暗転した。
「リュウ!」
「おわっ! 痛って!」
すぐ近くで大声が聞こえて飛び起きる。
直後走った激痛に、思わず声を上げた。
「大丈夫!?」
顔を上げると目の前にレイナの顔があった。
「レイナ……」
「もう、また無茶して……!」
再びぼふっと抱き付かれる。
レイナの背中をポンポン叩きながら見渡すと辺りは氷で覆われていた。
どうやらレイナが氷壁を作って崖の崩落から助けてくれたらしい。
「終わった……な」
戦闘前の宣言通り、トロールは塵一つ残さずに爆散した。
カルカへの被害はなし。
無傷とは言えないが、俺もゴルムもルークも無事だ。
俺たちは勝った。
どうして戦ったのか何に勝ったのか、全てが分からないまま迎えた決着だった。




