幼馴染で同級生の
翌朝。
昨日とは違い、父さんはちゃんと起きていた。朝食の席に着いた父さんは、昨日の朝とは打って変わって真面目な雰囲気をまとっている。
仕事の日はいつもこんな感じなのだが、昨日の朝、母さんの「起きろ」の一言でベッドから飛び起きた姿を見たばかりなので、どうにも同じ人物には見えない。
「行ってくる」
「気をつけてね、あなた」
「父さん、いってらっしゃい!」
「いってらっしゃーい!」
朝食を終えると、俺たちは玄関まで行って父さんを見送った。
父さんの姿が見えなくなってから家の中へ戻り、俺も教会へ行く準備を始める。
俺は普段、教会で読み書きや計算を教えてもらっている。もちろん、俺にとってはそれほど難しいことではない。
前世で四十年も生きていたのだから、読み書きには多少手こずったものの、六歳児向けの計算問題なんて余裕で解けてしまう。
とはいえ、それをそのまま見せるわけにはいかない。
「レオ、行ってらっしゃい」
「うん、行ってきます!」
母さんに見送られ、俺は教会へ向かった。
◇
教会に着くと、すでに何人かの子どもたちが集まっていた。
「レオ!」
元気な声に振り向くと、そこには友達のカイルがいた。
「おはよう、カイル」
「おはよう!」
カイルは大工の息子で、手先がとても器用だ。木を使った遊び道具を作ったり、簡単な細工をしたりするのは得意なのだが、その一方で勉強は少し苦手で、特に計算問題になると露骨に顔が険しくなる。
「今日も勉強かぁ……」
「頑張ろうよ」
「レオはいいよな。すぐ分かるから」
「そんなことないよ」
そんなことはある。
ただ、それを言うわけにはいかない。六歳児としては、少しくらい苦戦しているくらいがちょうどいいのだ。
「おはよう、二人とも!」
「おはよう、リリア」
「おはよう!」
もう一人の友達がこちらへ駆けてきた。リリアは宿屋の娘で、両親が経営している宿屋――木漏れ日亭の看板娘だ。
まだ六歳なので本格的に働いているわけではないが、宿に泊まる客から可愛がられているらしい。本人も宿屋の仕事が好きらしく、手伝いをすることを楽しんでいるようだった。
「今日は何を勉強するのかな?」
「今日は計算だって」
「うえぇ……」
カイルが嫌そうな顔をする。
「そんな顔するなよ」
「だって計算難しいんだもん」
「私も苦手だなぁ」
リリアまで苦笑いを浮かべるので、俺は二人を連れて教会にある教室へ入った。
◇
「では、今日は計算をしましょう」
先生が問題の書かれた紙を配る。俺は問題を見るなり、すぐに答えが分かった。
簡単すぎる。だが、ここで即答してはいけない。
大人の頭脳を持つ六歳児。それだけ聞けば格好いいかもしれないが、実際にそんな子どもがいたら、どう考えても怪しい。
だから俺は鉛筆を持ったまま、わざと少し眉間に皺を寄せた。
うーん……。
うーん……。
いかにも一生懸命考えています、という顔を作りながら少し時間を置いて、それから答えを書く。
よし。これなら自然だ。さらに念には念を入れて、俺は一問だけわざと間違えておいた。
「レオ、ここが違うわね」
「え?あ、本当だ!」
……完璧な演技だ。六年間の経験は伊達ではない。
隣を見ると、カイルが頭を抱えていた。
「うーん……」
「カイル、ここはこうじゃない?」
「え?」
「こっちから、こっちを引くから――」
「ああ!」
カイルの顔がぱっと明るくなった。
「分かった!」
「よかったね」
「レオって教えるの上手いな!」
そう言われると、ちょっと嬉しい。
前世でも仕事で後輩に説明することはあった。相手がどこで分からなくなっているのかを考えながら説明するのは、それなりに得意だったと思う。
まさか異世界で、こんな形でその経験が役に立つとは思わなかった。
◇
そんなこんなで勉強を続け、昼前には授業が終わった。
さて、帰ろうかと思ったところで、リリアが何かを思い出したように手を叩いた。
「あっ、そうだ!」
「どうしたの?」
「今日ね、お父さんが新しい料理を作るんだって!」
「新しい料理?」
「うん! それで、お昼に試食会をするの。レオとカイルも来てくれない?」
「試食会?」
新しい料理。その言葉を聞いた瞬間、俺の興味が一気に引かれた。
宿屋の料理人が新作料理を作る。そして、それを試食できるという。
これは食べてみたい。
「行く!」
俺が即答すると、カイルも目を輝かせた。
「俺も行きたい!」
「じゃあ決まりね!」
「でも、一回家に帰って母さんに言わないと」
「あ! 俺も!」
「じゃあ、木漏れ日亭で待ってるわね!」
「うん!」
教会の前でリリアとカイルと一度別れ、俺は家へ向かって急いで歩き出した。
◇
「ただいま!」
「あら、おかえりなさい。今日は早かったわね」
「母さん、今日のお昼なんだけど、リリアのお父さんが新しい料理を作るんだって。木漏れ日亭で試食会をするから、カイルと一緒に食べてきてもいい?」
「まあ、そうなの?」
「うん!」
母さんは少し考えてから、笑顔で頷いた。
「もちろんいいわよ。せっかくお友達に誘ってもらったんだもの。楽しんでいらっしゃい」
「ありがとう、母さん!」
「食べ過ぎて夕飯が入らなくならないようにね」
「はーい!」
これで昼食の問題は解決した。俺は母さんに見送られながら、再び家を出る。
待ち合わせ場所へ向かうと、そこにはすでにカイルが来ていた。
「早くリリアのところ行こうぜ!」
「うん!」
俺たちは二人で木漏れ日亭へ向かって歩き始める。昼時ということもあって、街には食欲をそそる匂いが漂っていた。
道の向こうから焼いた肉の香りが流れてくるたび、隣を歩くカイルの視線がそちらへ吸い寄せられていく。
「新しい料理って何かな?」
「さあ?」
「肉料理だったらいいなぁ」
「カイルは本当に肉が好きだね」
「だって美味しいじゃん!」
「まあ、それはそうだけど」
「早く行こうぜ、レオ!」
「分かったって」
先を急ぐカイルを追いかけながら、俺たちは木漏れ日亭へ向かって歩いていった。
このときの俺は、ただ新しい料理を食べられることを楽しみにしていた。
まさかこのあと、木漏れ日亭でちょっとした騒ぎに巻き込まれることになるとは、この時点ではまだ知る由もなかった。




