レオ・バートランド、6歳
それから数日。
転生直後は色々と考えたものだが、赤ん坊の俺にできることなんてたかが知れている。これが、中身四十歳のおっさんの新生活かと思うとなんとも複雑な気分ではあったが、だからといって文句を言っても仕方がない。
今の俺はどう見ても赤ん坊なのだから、赤ん坊として生きるしかないのである。
「あぅ」
「まあ、レオ。起きたのね」
俺が声を出すと、母さんが嬉しそうに俺を抱き上げる。
「あーぅ」
「可愛いわね」
よし、今日も演技は完璧だ。前世の記憶を持っているなんてバレたら大騒ぎになるだろう。
だから俺は、できるだけ普通の赤ん坊として振る舞うことにしていた。
泣くときは泣き、笑うときは笑い、意味のない声を出しては母さんや父さんに可愛がってもらう。
幸いにも、俺の演技力はなかなかのものだったらしい。
◇
俺が二歳になった頃、両親と簡単な会話ができるようになった。
拙い会話で聞き出した情報をまとめると、父さんの名前はギルベルト・バートランド。母さんの名前はセレナ・バートランド。
父さんは街の衛兵隊長を務めていて、母さんは治癒魔法が使えるため、主婦をしながら時々治療院の手伝いをしているらしい。
ただし本人曰く、「私が一番得意なのは攻撃魔法よ」とのこと。
治療院のお手伝いをしている人間が言っていい台詞なのかは、いまだによく分からない。
それと、父さんと母さんは、どうやら元々は冒険者だったらしい。しかも、二人ともAランク。
冒険者のランクはFから始まり、最高がAの六段階。二人はこの世界でもかなりの実力者だったということになる。
俺の両親はどうやら普通じゃないらしい。
そして冒険者がいるということは、この世界には魔獣と呼ばれるものがいる。食卓でよく見かける肉がそれらしい。
そんな話の中で俺が何よりも興味を持ったものがある。そう、魔法である。
魔力は誰でも持っていて、適性があれば使えるし、適性がなければ使えない。
火、水、風、土など様々な属性が存在し、魔法に込める魔力量や練度によって威力や発動速度も変わる。
そして何より、詠唱は必須ではないらしい。しかも、魔力が切れても気絶したり命の危機に陥ったりはせず、ただ魔法が発動しなくなるだけ。
WEB小説で読んでいた異世界魔法とは少し違う。だが、それはそれで面白い。何より、実際に自分が使えるかもしれないのだ。当然、俺もやってみたくなった。
しかし母さんに、「レオにはまだ早いわ。もう少し大きくなったらね」と言われてしまった。
それからしばらくたったある日、弟が生まれた。
母さんのお腹が大きくなっていく様子を見ながら、父さんから「もうすぐお兄ちゃんになるんだぞ」と何度も聞かされていた。
そして出産の日、父さんは落ち着かなかった。部屋の前を何度も行き来している姿は、今思い返しても少し面白い。
やがて、部屋の中から元気な産声が響いた。父さんは一瞬動きを止め、それから深く息を吐いた。安堵した表情を浮かべたかと思うと、今度は扉の向こうを気にしてそわそわし始める。
扉が開き、助産師が笑顔で顔を出す。
「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」
その言葉を聞いた父さんは、目元を赤くしながら何度も頷いていた。
産声が落ち着いた頃、助産師に招かれた父さんは俺を連れて部屋に入り、まず母さんのそばへ歩み寄り、その手を優しく握った。
「セレナ、本当によく頑張ったな。疲れただろう、今はゆっくり休んでくれ」
父さんは心から労わるように、母さんの頭を優しく撫でた。母さんも疲れた顔に柔らかな笑みを浮かべ、「あなたこそ、ずっと心配していたのでしょう?」と小さく笑う。
そのやり取りを見て、俺は改めて二人が仲のいい夫婦なのだと感じた。
それから父さんは、母さんの腕に抱かれた赤ん坊を嬉しそうに覗き込んだ。
「レオ、この子がお前の弟だ」
「なまえは?」
「もう決めてある。ルークだ!」
俺がそっと手を伸ばすと、小さな指が俺の指をぎゅっと握った。
その温もりを感じた瞬間、俺は心に決めた。ルークと名付けられたこの弟を、絶対に大切にしようと。
初めてできた弟は、何よりも愛おしい存在になった。
◇
四歳になった頃、裏庭で鍛錬をする父さんを見ていた。身の丈ほどもある大剣を、まるで羽のように軽々と振る父さんはものすごい迫力だ。
大きな身体から繰り出される一振りは、素人の俺が見ても力強く、父さんがとんでもなく強いことくらいは理解できた。
「父さん。すごい!」
「そうか!レオも大きくなったら剣をやってみるか?」
「やる!」
「そうかそうかっ!」
父さんが嬉しそうに頷く。
そこで俺は、何気なく口にした。
「僕、大きくなったら父さんみたいな衛兵になる!」
「…………」
父さんが固まった。
「ん? 父さん?」
「……もう一回言ってくれ」
「父さんみたいな『かっこいい』衛兵になる!」
「レオォォォ!」
「うわっ!」
突然、筋肉の塊に抱きしめられた。
「俺の息子が! 俺と! 同じ! 衛兵になりたいって!」
「ぐ、苦しっ……!」
「あっ! す、すまん!」
ようやく解放されると、父さんは涙を拭っていた。どうやら、本気で泣いているらしい。
その横では、ルークを抱えた母さんが笑っている。
「よかったわね。あなた」
「ああ、最高だ……」
四歳児の言葉で号泣する父親。俺は少しだけ引いた。
……いや。嬉しいのは分かるけどな。
その後もしばらく父さんはご機嫌だった。俺を見るたびに嬉しそうに笑い、何かにつけて「将来は一緒に衛兵をやろうな」と言ってくるのである。
どうやらあの日の一言は、思っていた以上に父さんの心に響いたらしい。
◇
五歳になると、俺は教会へ通うようになった。教会では子どもたちに読み書きや簡単な計算など、様々な事を教えてくれる。もちろん前世の日本の学校ほど本格的な教育ではないが、子どもが生活に必要な知識を身につけるには十分だった。
ここで俺は、この世界について色々と学んだ。
ここはアルカディウス王国。俺が暮らしているのは、その中にあるオルテンシアという街だ。
オルテンシアは、王都から南へ続く街道の先にある地方都市で、西にはレヴァンテ山脈、北にはヴェルス川、南にはユーフォリアの森があるらしい。
子ども向けの授業なので詳しい話までは無かったが、前世には存在しなかった世界について知っていくのは面白かったし、自分が本当に別の世界で生きているのだという実感も、少しずつ強くなっていった。
◇
そして現在。
俺は六歳になった。
最近になって父さんから剣術を教わっているが、まだ本格的な訓練ではない。木剣を持って基本を教えてもらう程度だが、それでも楽しかった。
前世ではプロレスラーのような肉体に憧れていた。仕事が忙しくなってからは運動する時間もなくなったが、今世では身体を動かす時間がいくらでもある。
しかも身体は六歳で、この見事な肉体を持つ父さんの子だ。今から鍛錬を続ければ、きっといつか父さんのような体になれるだろう。
そう思えること自体が、俺にとっては嬉しいことだった。
それに、最近は母さんに魔法を教えてもらっている。
どうやら俺は比較的多くの属性に適性があったらしい。その中でも特に得意だったのは火と雷だった。
初めて小さな電撃を出せたときは、さすがに少し感動した。
「母さん! 見て!」
「すごいわね。でも、家の中で魔法を使っちゃだめよ」
「分かった!」
それと、四歳になった弟のルーク。
「お兄ちゃん!」
「どうした?」
「剣やりたい!」
「ルークはまだ四歳だから駄目。六歳になったら、父さんにお願いしような」
「……分かった」
ルークは少し残念そうな顔をしながらも、素直に頷いた。四歳児にしては聞き分けが良く、兄である俺の言うこともよく聞いてくれる。
俺はそんな素直で可愛い弟の頭を、優しくなでた。
それが、六歳になった俺の日常だ。




