第9話「月下の処刑人と真の姿」
雪山の静寂を切り裂くように、狩人たちの間に激しい動揺が走った。
高台から見下ろす銀狼の姿は、彼らがかつて狩ってきたどんな魔獣よりも巨大で、底知れない威圧感を放っている。
先頭に立つ狩人の長が、自らの恐怖を振り払うように鋭い声を上げた。
「ひるむな。あれほどの毛並み、生け捕りにすれば当主様から莫大な褒美が出るぞ」
その号令を皮切りに、数人の男たちが魔力を帯びた太い鎖を投げ放つ。
空を裂いて迫る凶器に対し、銀狼は避ける素振りすら見せなかった。
強靭な鎖が銀色の体に触れた瞬間、鈍い金属音とともに鎖のほうが粉々に砕け散ったのだ。
男たちが呆然と立ち尽くす中、銀狼は高台から音もなく跳躍した。
雪煙が舞い上がり、次の瞬間には狩人たちの強固な陣形が崩壊していた。
銀狼は鋭い爪や牙を振るうことすらせず、ただその巨体と並外れた力で男たちを雪の中へと沈めていく。
鋼の武器は飴細工のようにへし折られ、屈強な狩人たちが次々と意識を刈り取られて倒れ伏した。
血を一滴も流させることなく、彼らの誇りも自信もすべて粉砕していく。
わずか数度の呼吸の間に、立っている人間はロマンただ一人となっていた。
雪原に降り立った銀狼は、静かにロマンの方へと向き直る。
その輪郭が、冷たい雪明かりの中で陽炎のように揺らめき始めた。
ロマンが息をのんで見つめる中、銀色の毛皮が光の粒子となって空へ溶けていく。
光が収まったあとに立っていたのは、一人の屈強な人間の男だった。
背が高く、引き締まった長身を上質な黒い外套で包んでいる。
月明かりを思わせる銀色の髪と、獣のころと変わらない黄金色の瞳を持っていた。
その彫りの深い冷徹な美貌は、ロマンの前世の記憶にあるゲームの立ち絵と寸分違わず一致していた。
「まさか、そんな」
ロマンの口から、かすれた声が漏れ出る。
這うようにして後ずさる狩人の一人が、恐怖で顔を引きつらせながら叫んだ。
「カルステン・モルゲン……獣人の、皇帝」
その名前は、ロマンにとって死の宣告と同義だった。
公爵家の悪行を裁き、悪役令息であるロマンを処刑するはずの存在だ。
自分が凍える手で治療し、あんなにも無防備にすり寄っていたのがあの銀狼だったのか。
背筋が凍るような絶望が、ロマンの全身の血液を急激に冷やしていった。




