第7話「雪晴れの朝と静かな決意」
洞窟の入り口から差し込む眩しい光で、ロマンは静かに目を覚ました。
昨夜の猛烈な吹雪が嘘のように、外の世界は青く澄み渡った空気に包まれている。
体を起こすと、疲労と寒さで限界を迎えていたはずの肉体が、驚くほど軽く感じられた。
凍傷の初期症状が出ていたはずの指先まで、柔らかな血色が戻っていた。
背中を預けていた銀狼の甘い香気と、底知れない命の熱が、彼の体を内側から癒やしてくれたのは明白だった。
「お前のおかげだ。恩に着る」
ロマンが声をかけると、入り口の近くで外を警戒していた銀狼が振り返る。
朝の光を浴びた銀色の毛並みは、輝くように美しかった。
言葉の通じない獣に向かって何度も話しかける自分を、少しだけ滑稽に思う。
それでも、黄金の瞳がすべてを理解しているかのように静かな光をたたえているため、ロマンは語りかけることをやめられなかった。
洞窟を出て雪山を歩き始めると、視界はどこまでも白く広がっていた。
歩きながら、ロマンは鞄に残っていた最後の干し肉を取り出す。
自分の口に半分を放り込み、残りを銀狼の鼻先へと差し出した。
銀狼は一度だけロマンの顔を見つめ、それから牙を立てないように慎重な動作で肉を受け取る。
ざらついた舌の感触が手のひらに残り、ロマンは自然と顔をほころばせた。
過酷なはずの逃亡劇が、この美しい獣のおかげで孤独なものではなくなっている。
◆ ◆ ◆
しかし、その平穏は突如として足元から崩れ去った。
山の稜線を越え、獣人帝国の国境が近づいてきた雪道でのことだ。
ロマンの視界の端に、自然の景色にはあり得ない異質な痕跡が飛び込んできた。
雪の上に無残にへし折られた太い木の枝と、革靴で踏み荒らされた乱雑な足跡。
さらにその先には、公爵家の紋章が刻まれた短い矢が一本、雪に突き刺さっていた。
『追っ手だ』
背筋に冷たい氷柱を突き立てられたような悪寒が走る。
ただの捜索隊ではない。
こんな国境の深い森にまで入り込んでいるのは、公爵家が裏で使っている獣人狩りの専門部隊だ。
彼らは人間よりもはるかに強靭な魔獣や獣人を捕獲するため、残虐な罠と強力な武器をためらわずに使用する。
ロマンは隣を歩く銀狼へと視線を向けた。
馬ほどもある巨大な体躯に、類を見ないほど美しい銀色の毛並み。
もし狩人たちがこの姿を見れば、莫大な利益を生む獲物として確実につきまとってくるだろう。
この獣は昨日怪我から回復したばかりで、本調子ではないはずだ。
自分のせいで、命の恩人である気高き獣をあの冷酷な連中の手に落とすわけにはいかない。
『別れなければならない』
頭では理解しているのに、胸の奥底が引き裂かれるように痛んだ。
たった二日間を共にしただけなのに、銀狼の温もりを手放すことが恐ろしいほどにつらい。
それでも、ロマンは決意を固めて前を向いた。




