番外編「冷酷な獣が見つけた唯一の熱」
◇カルステン視点
同胞たちが不自然に姿を消す国境地帯の真相を探るため、カルステンは護衛も連れずに雪深い森へと踏み入った。
しかし、そこで待ち受けていたのは、人間の欲望が作り出した極めて狡猾な仕掛けだった。
雪の下に隠されていたのは、魔力を帯びた無骨な鉄製の罠だった。
鋭い刃が後ろ足に食い込むのと同時に、致死量の毒が強烈な麻痺となって全身の筋肉から自由を奪い去っていく。
獣の姿のまま身動きが取れなくなり、冷たい雪の上に横たわりながら、彼は痛みを堪えて静かに反撃の機会をうかがっていた。
体温が徐々に奪われ、視界の端が白くかすみ始めたとき、彼に近づく小さな足音が聞こえた。
そこへ現れたのが、憎きレンティス公爵家の外套を羽織った、一人の貧弱な人間の青年だったのだ。
『私の首を狙ってきたか。ならば、その喉笛を食いちぎるまで』
最後の力を振り絞って牙を剥こうとしたカルステンに対し、青年は予想外の行動に出る。
彼は刃物を取り出すどころか、素手で罠をこじ開けて獣の足を解放し、清潔な布で傷口をためらうことなく圧迫したのだ。
雪で冷え切った小さな手が、血に濡れて汚れた毛皮をなで、小さな焚き火を起こして震える体を温めようとしてくれる。
その顔に浮かんでいたのは、凶暴な魔獣に対する恐怖や警戒心ではなく、ただ純粋に傷ついた命をいたわる慈愛だけだった。
「ひどい怪我だな。……大丈夫だ、もうすぐ楽になるから」
かすれた声でささやかれた瞬間、カルステンの鋭い嗅覚が、雪の冷たさを打ち消すような特有の甘い香りを捉えた。
それは、獣人にとって生涯にただ一人しか存在せず、魂の半身とも呼ぶべき運命の番の香りだ。
自分の同胞を裏で売り捌く非道な一族の息子が、よりにもよって自らの番であるという皮肉。
しかし、不器用な手つきで手当てをして、隣で丸くなる青年の温もりを感じたとき、カルステンの内側で理性を焼き尽くすほどの独占欲が音を立てて跳ね上がった。
『この熱だけは、何があっても逃がさない』
青年が自らの家を恐れて逃亡していることも、いずれ自分から離れようとしていることも、カルステンにはすべて理解できていた。
だからこそ、追っ手が現れたときには容赦なく爪を振るい、青年を縛り付けていたすべての恐怖を物理的に粉砕したのだ。
あの雪山で甘い香りを嗅ぎ取った瞬間から、カルステンの世界でただ一つ守るべき確かな存在は、この青年だけになっていた。
たとえ彼が逃げようとも、地の果てまで追いかけて自らの腕の中に幽閉する。
冷酷な獣人皇帝が、生涯で唯一の執着を見つけた夜だった。




