第11話「国境を越える馬車と戸惑い」
雪山の木々の間から、獣人帝国の紋章を掲げた黒い馬車が姿を現した。
皇帝の帰還を捜索していた近衛兵たちが、主の放つ強烈な魔力をたどって迎えにきたのだ。
手厚く出迎えられたカルステンは、気を失ったままの狩人たちを捕縛するよう短く命じる。
そして、腕の中に抱え込んだロマンを決して降ろすことなく、馬車の車内へと乗り込んだ。
豪華な装飾が施された車内は、魔法の魔石によって春のように暖かく保たれている。
分厚い毛皮の敷物に下ろされたロマンは、戸惑いを隠せないまま身を縮こまらせた。
目の前の長椅子には、人間の姿となったカルステンが優雅に腰を下ろしている。
冷徹な美貌と長躯から放たれる威圧感は、銀狼のころよりもはるかに凄まじい。
一国の皇帝と、その国を害する罪人の息子が、密室で向かい合っているという異常な状況だ。
ロマンは視線をさまよわせ、ひざの上で冷え切った両手を強い力で握りしめた。
「そんなに怯えるな。取って食おうというわけではない」
カルステンの低い声が、静かな車内に響く。
彼は向かいの席から身を乗り出し、厚手の毛布をロマンの肩に掛けた。
さらに、車内に備え付けられていた保温具から、湯気を立てる琥珀色の茶を注いで差し出す。
皇帝自らが甲斐甲斐しく世話を焼く姿に、ロマンの混乱は頂点に達していた。
「なぜ、俺にこんなことをするんだ」
受け取った茶器から伝わる熱にすがりながら、ロマンはかすれた声でたずねた。
人間を、それも公爵家の人間をここまで丁重に扱う理由がわからない。
いずれ人質として利用するためか、それとも処刑の前に恐怖を与え続けるための残酷な遊びなのか。
「理由は先ほど言ったはずだ。お前は私の運命の番だからだ」
カルステンは悪びれる様子もなく、ひどく甘い響きを持った声で告げる。
前世の知識の中にあるゲーム設定では、獣人の皇帝には生涯をかけて愛し抜く運命の番が存在するとされていた。
しかし、それが悪役令息である自分だという展開など、いかなるシナリオにも存在しない。
「信じられないなら、別の理由でもいい」
思考の海に沈みかけるロマンの頬に、カルステンの大きな手が伸びてきた。
火傷しそうなほどの熱を持つ指先が、雪で冷え切った肌を静かになでる。
「私の命を救い、無防備な愛情を注いでくれた心優しい青年を、どうしても手放せなくなった。……それだけのことだ」
黄金色の瞳が、隠しきれない熱を帯びてロマンを射抜く。
そこに嘘や計略の色はなく、ただ純粋な情欲と執着だけが渦巻いていた。
ロマンの胸の奥で、恐怖とは別の、微熱のような甘い痺れが広がり始める。
銀狼のころと同じ温もりに、彼自身の魂が歓喜の声を上げて惹かれていくのがわかった。
馬車が獣人帝国の国境を越える揺れを感じながら、ロマンは深く目を閉じた。




