第7話 ガーデンパーティー
花の国と謳われるフロルアレオ。花を愛する人々は春の訪れを祝い、国をあげてのガーデンパーティーが開かれます。色鮮やかなドレスを纏った人々が王宮の庭園に花を咲かせているようでした。
わたくしはアルの数歩後ろを歩き、険しい視線を周囲に走らせて警戒を怠りません。
「セレーナ、笑って? せっかくのドレスが泣いていますよ」
アルが振り返り、聖女らしくたおやかな笑みを浮かべました。式典で着用するヴェールの隙間から覗く翡翠の瞳は、純真な子どものようです。
「聖女様のお隣を歩く以上、一瞬の油断も許されませんわ」
わたくしの言葉にアルは軽く肩をすくめるだけでした。王族主催の宴ですから、もちろん第一王子であるラルモヴァーロ殿下も参加されます。
殿下が聖女様の出自を嗅ぎまわっていらっしゃる。できるだけ接触は避けるべきでしょう。アルの命を狙う者もどこに潜伏しているかしれないのですから。
「喉が渇きましたね、セレーナ。果実酒を取ってきてくれませんか」
「ですが、お傍を離れるわけには……」
丁寧で優しい口調とは裏腹に、はやくしろと有無を言わせない力がありました。従わないわけにもいかず、わたくしは春の熱気に浮かれる人混みのなかへと足を踏み出します。
ところが、給仕の姿がなかなか見当たりません。華やかな旋律が流れる庭園の喧騒を離れ、少し奥まった所へ差し掛かります。すると、甲高い嘲笑がわたくしの耳を突きました。
「あら、第一王子殿下に擦り寄ってる女狐じゃない」
「そんなみすぼらしい格好でよくこのパーティーに紛れ込めたものね」
植え込みの陰で二人のご令嬢が少女を追い詰めているのが見えました。震える手で破れたスカートを握り、ただただ地面を見つめている少女。お芝居の一場面みたいですわ、と呆気にとられているのも束の間。
ご令嬢のお一人が手にしたワイングラスをゆっくりと少女の頭上へと傾けます。考えるより先に体が動いていました。わたくしは無言でご令嬢の手首を強く掴み上げました。
「無礼者! 手を離しなさい!!」
ご令嬢が顔を赤くして怒鳴り散らしますが、わたくしと目と目がぶつかると言葉を失っていました。
「ごきげんよう、わたくしチェルアルカ公爵家のセレーナと申しますの」
手首を掴んだまま、彼女の手から静かにグラスを奪い取ります。そして中身を一気に飲み干すと、空になったそれをわざと足元に落としました。
ガラスの割れる音が響き、ご令嬢たちの肩が跳ねます。そして問いかけました。できるだけ恐怖を感じてもらえるように。
「貴女のお名前と家名をお伺いしても?」
ご令嬢たちはわたくしの笑顔──とびっきりの──に恐れをなし、短い悲鳴を上げて逃げ去っていきます。この時ばかりは人を寄せ付けない目元と、漆黒の髪と、お兄様よろしくの威圧感に感謝ですわね。
ご令嬢たちが去ったので静かになりました。顔を伏せたままの少女と二人きりです。
「えっと、大丈夫ですか?」
気まずい空気を取り繕うようにできるだけ声を和らげます。
少女が顔を上げました。春の陽だまりを溶かした淡いピンク色の髪。そのふわふわとした髪の間から見える薔薇色の瞳がまっすぐにわたくしを睨みつけてきます。
「どうして、わたしを助けたの」
「と、特に理由とかはないんですけれど」
少女はそう、と消え入りそうな声で呟きました。なぜか声に怒りが混じっています。わたくし、なにか余計なことをしてしまったのかしら。沈黙に耐えられなくて、持っている扇を無駄に弄るしかありません。
「ごめんなさい。わたし、あなたのこと──」
先に静寂を破ったのは少女からでした。わたくしが顔を扇で隠し、首を傾げていると彼女はぐっと顔を近づけて言い放ちます。
「大っ嫌いなの」
予想だにしない拒絶の言葉。き、嫌い? どころではなく、大嫌いって仰いましたの?
理解が追いつかないわたくしを置き去りにして、少女は脱兎のごとく王宮の方へと駆け出して行ってしまいました。
現実を受け止めきれずよろよろと庭園へ戻ると、マルシュお兄様がこちらへ向かってくるのが見えました。この人混みからよく妹を見つけられますわね。お兄様は昔からわたくしを見つけるのが得意でしたわね。
「セレーナ、楽しんでいるか?」
「え、ええ。まあ」
会ったばかりの方に嫌われてしまって泣きそうです。なんてことをお兄様に言えば面倒なことになりますわ。やめておきましょう。
「わたくし、アルカテニ様を探しているのですが……」
「聖女様か? 殿下とガゼボの方へ歩いておられたが」
「殿下と!?」
お兄様が顔を向けた方から強大な魔力を感じます。間違いなくアルのものです。前世の最後に見た人間が、そこにいるのかもしれません!
失礼いたします、とお兄様に言い残してわたくしは走り出しました。




