第4話 二人きりのときは
重厚な扉を閉め、内側から鍵をかけました。神殿内にある聖女専用の私室──許可のない者は王族とて立ち入ることのできない最強の避難所です。
「はあ、はあ。やりましたわ! 無事に秘密を、守り抜けましたわね……!」
荒い息を吐き、初戦の勝利に拳を握りしめます。アルカテニ様も笑いながらハンカチをソファに投げ、勢いよく座り込みました。
「まじで……んははっ、ふざけんなよ! 無理やりすぎるだろ」
「ですが、あの場で正体がバレるよりはよろしくてよ」
「俺の方がもっと自然にごまかせたね」
その首元には、赤くなった喉仏が見えました。あらためて女性ではないのだと実感します。すると、ずっと気になっていたことが頭に浮かんできました。
「聖女様は、どうして浄化のお力をお持ちなのですか?」
「……さあ。生まれたときからあったから、わかんない」
答えを聞く前から血の気が引いていきます。また悪い癖が出てしまいました。口に出す前に一度よく考えろと、何度もマルシュお兄様から言われていましたのに。
秀でた能力を持たない自分にとって、浄化の力を持つ聖女様は憧れです。でも、それは彼の望まぬことだったかもしれない。どうしてわたくしはそこまで考えが及ばないのでしょう。
「そんなことどうでもいいじゃん。セレーナ、こっち来てよ」
一人で勝手に落ち込んでいると、彼が自らの膝を指さして呼んできました。
嫌な予感がします。距離を保って隣に座ると、あからさまに拗ねられてしまいました。そんな顔をされても、お膝になんて座るわけありませんでしょう。
「あいつ」
「殿下をあいつなどと言ってはいけませんよ」
「お前のこと見すぎだったよね」
「わたくしの奇行に呆れていらっしゃったんですわ」
ソファに投げ置かれたハンカチを畳んでいると、アルカテニ様のお顔が目の前まで迫っていました。心臓が跳ね上がるのは、一日に一度で十分ですわ!
「距離感、どうなさっていますの!?」
わたくしの悲鳴に近い声を聞いて彼はにやにやと笑っています。前世からボディタッチの多い方でしたが、これはさすがに限度を超えていました。
「聖女様に触れていいのはわたくしだけ、だろ?」
「比喩! 言葉のあやですわ!」
「嘘ってこと? 許せないんだけど」
アルカテニ様の腕の中に閉じ込められ、身動きが取れません。丁寧な手つきで髪を一房すくい上げられました。執着に満ちた指先に目が奪われます。
「離れてくださいませ!」
「んー、俺の言うこと聞いてくれるならいいよ?」
また嫌な予感がします。行き止まりに追い詰められたようで、わかっていながらも避けられません。
「二人きりのときは、アルって呼んで」
「はい!?」
「ほら! アル、だよ。セレーナ」
殿下の魔石と同じくらい深い緑の瞳に、わたくしが映り込んでいます。顔から火が出そうですわ。ですがもう、腹をくくるしかありませんでした。
「……っ、ア、ル」
「よくできました」
それから何度も名前を呼ばされたのは言うまでもありません。ようやく解放されたときには夕闇が廊下を支配していました。アル様、いえ聖女様……もうアルでいいですわ。
あの人は本当に、わたくしが守るべき聖女様なのでしょうか。自信がなくなってきました。神殿内に用意されたという自分の部屋を探しに歩き出すと、前に影が立ちふさがります。
「おや、セレーナ嬢」
「殿下、まさかずっとお部屋の前で……?」
「そーそー、君の献身的な姿に、すっかり心動かされてしまってね」
絶対という言葉は使いたくありませんが、これは絶対に嘘ですわね。思ってもない言葉を並べ、へらへらと笑う殿下。親しげに手を取られ、あろうことか手の甲に口づけを落とされたのです。
「どうだい、セレーナ嬢。聖女様より僕に仕えてみない? 君のような面白い女性は初めてだよ」
手を引かなければ。そう思った瞬間、殿下の手が強い力で払いのけられました。いつの間にか背後に立っていた聖女様──アルが微笑んでいます。
「ラルモヴァーロ様。私の大切な付き人を、あまり困らせないでいただけますか?」
どちらも一切の隙を見せない、沈黙と微笑。二人の間に、言葉にできない圧が渦巻いていました。
「承知した、今日のところは退散しよう……面白いものが見られたから、ね」
殿下が去った途端、アルが手を強く握りました。「アルカテニ様?」と声をかけてもお返事はなく、夕日を背に立っているから顔も見えません。
「……っ、アル!?」
口づけされた箇所を指でぎちぎちと擦られ、痛みで声を上げてしまいました。
「ごめんなさい、セレーナ。貴女のお部屋、案内しますね」
ぱっと手が離れ、そこにはいつもの穏やかな聖女様がいました。さっきのアルは、一体……?
気になりはするものの、笑顔に圧倒されて何も聞けませんでした。わたくしと同じで、殿下が苦手なのかしら。
後ろをついて歩き、わたくしたちが足を止めた場所は──アルの部屋から僅か十歩。
「もしかしなくても、お隣じゃありませんのー!?」
これから始まる新生活は前途多難、ですの?




