第3話 聖女筆頭側衛官
「本日より、セレーナ・チェルアルカを聖女筆頭側衛官に任命する」
神殿の大広間に神官長の声が響き渡ると、居並ぶ神官や貴族たちが一斉にざわめきました。列席するマルシュお兄様だけが、誇らしげな笑みをこちらへ向けています。
数多の視線を一身に浴びながら、わたくしは神官長の前で膝をつきました。
「栄誉ある大任、謹んで拝受いたします」
兄のような魔法は使えませんし、武術の心得もありません。社交性があるかと問われれば、それも怪しいものです。ただの熱烈な信奉者に過ぎない小娘が筆頭側衛官に選ばれるなど、誰も信じないでしょう。かつてのわたくしも到底信じられませんでした。
未来から戻った今なら、すべてを理解できます。マルシュお兄様が神殿の関係者に、家名を使って圧をかけたに違いありません。なにしろご友人には王太子殿下がいらっしゃるのですから。
(自分で言っていて、少し悲しくなってきますわね)
けれど、わたくしには前世の記憶があります。大きく息を吸い込み、大広間を埋め尽くす人々を圧倒するつもりで声を放ちました。
「聖女アルカテニ様を害するあらゆるものを、チェルアルカの名において必ず排除いたしますわ!」
言葉を耳にした人々の肩が、一斉に跳ね上がりました。私の釣り上がった目つき。それも相まって処刑宣告を受けたかのような怯えぶりです。せっかくですから、悪役よろしく口元を歪めて微笑んでおきましょう。
少しでも隙を見せれば、アルカテニ様の正体を暴こうとする輩が群がってくるかもしれません。彼女──いいえ、彼というべきですわね──は、世界が崩壊する三年後、正体不明の男の凶刃に倒れる運命にあります。
この群衆の中にも、未来の暗殺者が潜んでいる可能性も無きにしも非ず。ならば、今のうちに牽制を仕掛けておくのが得策というものでしょう。
思考を巡らせていると、アルカテニ様が隣に歩み寄られました。純白の法衣をまとった姿は、まるで絵画から抜け出してきたかのようです。美しいとしか形容できません。
「ありがとう、セレーナ。貴女がいてくれるなら、私はもうなにも怖くありません」
聖女様の鈴を転がすような声に、場内にいる皆がうっとりと聞き惚れておりました。記憶の中と同じ、慈しみに満ちたわたくしの女神様そのものだ。
向けられた瞳の奥には(……やりすぎ)という色がかすかに透けて見えました。それでも構いません。命をかけてお守りするのが、わたくしの使命なのですから!
拝命の儀は無事に終わりました。アルカテニ様を伴って石造りの回廊を歩いていたとき、早くも危機が舞い込んできます。
「やあやあ、セレーナ嬢。聖女筆頭側衛官の就任、おめでと~」
前方から響いた軽薄な声に、わたくしは即座にアルカテニ様の前へと躍り出ました。
声の主は第一王子ラルモヴァーロ・ディ・フロルアレオ。聖女様に劣らぬ美貌をお持ちですが、常に人を食ったような笑みを浮かべておられるお方です。
前世でもこの王子はアルカテニ様を執拗に観察しておられました。要注意人物ですわ。
「お褒めの言葉を賜り、身に余る光栄ですわ殿下」
「朝から疲れただろうし、食事でもどう?」
なにをお考えなのか掴めないこの御方が、わたくしは本っっ当に苦手です。黄金色に輝く流麗な髪を引きちぎってやりたくなるほどに。
「聖女様をお部屋までお連れしなければなりませんので。失礼いたします」
「あーあーあー! まってまって、そんな邪険にしないでよ」
殿下が指を鳴らすと、控えていた女官が前に進み出ました。捧げ持たれた盆には、大粒の魔石をあしらった豪奢なネックレス。深く濃い緑の輝きが、わたくしの背後に立つアルカテニ様を捉えています。
「海の向こうから取り寄せた特注品を献上したく……聖女様、どうか御身に触れることをお許しください?」
殿下の指先が、アルカテニ様の白い襟元へと伸びていきます。
──いけませんわ!
脳内で警報が鳴り響きました。喉仏を隠すため、彼は顎の先まで届く高い襟で首元を厳格に閉ざしておられます。
あの指が触れれば、布の下に隠された秘密が暴かれてしまいますわ。
「だめぇーっ!」
考えるより先に、お二人の間へ割り込みました。勢いのあまりドレスの裾を自らの踵で踏み抜き、体が大きく前へ傾きます。目の前には──。
(花瓶!? 利用させていただきますわ!)
アルカテニ様の胸元を突き飛ばすようにして、わたくしは台座に飾られていた花瓶ごと床へ派手にダイブしました。なぜ転んだのか。そこに花瓶があるからです。
ガシャンと昨日も聞いた破壊音が響き渡り、舞い上がった水飛沫が法衣の襟元をびしょ濡れにします。まさに計算通りの展開。自分の才能が恐ろしいですわ。
「ええー……? セレーナ嬢、大丈夫?」
「殿下、申し訳ございません! 聖女様に触れていいのはわたくしだけですの!」
濡れた石床で足を滑らせながらも、必死に彼の首元へ手を伸ばします。懐から取り出したのは、兄から口うるさく持たされていたハンカチ。あの忠告に、今だけは感謝いたします!
「聖女様、申し訳ありません! 喉を守らなくては、お風邪を召しますわ!」
「ぐっ……おま……っ!」
サイズが足りぬハンカチを力任せに締めてしまったせいで、アルカテニ様が顔を真っ赤にして呻かれました。そのまま腕を掴み、無理やり立たせます。
呆然と立ち尽くす殿下と女官を置き去りにし、「失礼いたしますわ!」と叫んで神殿の回廊を走り抜けました。
背後を見ると、ハンカチを引き剥がしたアルカテニ様が肩を揺らして盛大に笑っておられました。なぜですの?




