第17話 お気を確かに
突然ですが、美味しいクッキーの作り方をご説明します。なぜかって?
いま、わたくしはキッチンから離れたところに座らされているからですわ。いけません、話が逸れてしまいましたね。まずバターにお砂糖を入れてよく混ぜます。
「ちょっと聖女サマ!? 砂糖入れすぎ、致死量じゃない!」
「お砂糖は一袋入れるのが、貴女の愛する殿下の好みだったかと……」
「嘘も大概にしなさいよ!」
お二人の距離感。本来ならば近すぎて嫉妬してしまいそうになるのですが、これはもう完全にやんちゃな弟と手を焼いている姉です。あ、忘れていました──そこに卵黄を落とし、さらに混ぜ合わせます。
「では一気に流し込みましょう」
「だーかーらぁ!」
「ほら、はやくかき混ぜてください? イアム様?」
「あたしに命令しないで!」
そこにふるいをかけた小麦粉をバターに加えて混ぜるのですが……そろそろ、わたくしもお手伝いをしてもいい頃合いでしょうか。そーっと立ち上がると、睨み合っていた二人が同時にこちらへ視線を向けられました。
「「セレーナ、座ってて!」」
「……はい」
凄まじい気迫に負け、もう一度座り直してしまいました。二人ともなんだかムキになっています。これではクッキーに愛というより意地しかこめられていないのでは?
「甘さを引き立てるときは塩とスパイスよね」
「特製ハーブに聖女の加護を入れてあげます」
とうとう耐えきれなくなったイアムは、叫び声をあげます。
「ほんっとに、あんた邪魔だわ!」
「……こちらの台詞です」
ボウルの中が次第にどす黒い紫色へと変色しています。誘拐事件のときに遭遇した魔法生物と同じ色合いですわ。なんだか、とても前衛的な色合いになりましたわね。
やっと手伝うことを許可されたわたくしは、もはや食べ物の形を保てていない粘体を無理やり天板へ並べました。型抜きが猫の形をしていたせいで、クッキーのおどろおどろしさが増しています。
ですが、ここで立ち止まっても殿下がいらっしゃる刻限に間に合いませんわ。
「お二人の情熱をすべてこのオーブンにぶつけましょう!」
禍々しいオーラを放つ天板を勢いよくオーブンの奥へと押し込みました。直後、バチバチと激しく火花が散り、庫内から異様な紫色の煙が立ち上ります。
三人は固唾を呑み、オーブンの黒い扉を見守ることしかできませんでした。チン、という間の抜けた音。黒い扉を開けた瞬間、キッチンは一転して暗黒に包まれました。換気扇が悲鳴を上げ、敵襲かと見まごうばかりの煙が渦を巻いて外へと逃げ出していきます。
そして晴れゆく煙の先、天板の上には──外側はカリッと、内側はしっとりとしたクッキーがありました。
「成功……しましたの?」
これが、聖女の奇跡というものでしょうか。成功するとは微塵も思えない作り方でしたが、とても、とても美味しそうですわ!
終わりよければすべてよしです。
「お二人とも、さっそく味見してみませんこと?」
わたくしは嬉しくてクッキーを皿に盛ってから、アルとイアムに差し出しました。二人はたじろぎながらも、同時にクッキーを口に運びます。
──カリッ、ゴリッ。
不穏な咀嚼音がしんと静まったキッチンに響きました。アルとイアムの動きがぴたりと止まります。
「は、花畑……花畑が見える……セレーナ」
「あたしの使命、ここで終わりなの……?」
瞳から光が消え、視線が宙を彷徨い始めました。二人は虚ろな微笑みを浮かべ、頭から床へと沈んでいったのです。
「きゃあっっっ!! お二人とも、お気を確かにーっ!」
倒れ伏した二人のそばで、わたくしは絶叫することしかできませんでした。そして、あろうことか最悪のタイミングで殿下が姿を現します。
「やあ、セレーナ嬢。お招きありが、とう……?」
ひょっこりと扉からラルモヴァーロ王子が顔を出しました。彼は床に転がる聖女とご自分の賓客を見やり、何度もまばたきを繰り返します。けれどすぐに、咳払いをして笑いをこらえておられました。
「さすが、チェルアルカ家が誇る暴走トロッコだね」
「ご、誤解ですわ、殿下……!」
イアムが気を失っていても、作戦は完遂しなければなりません。わたくしは残りのクッキーを手に立ち上がりました。殿下は「えっ」と短く声を漏らして後ずさりします。
「いやー、ちょうど食後なんだよね。気持ちだけ受け取っておくよ!」
「ご遠慮なさらないで! イアムが殿下を思って作ったものなのです!」
少々強引ですが、わたくしはクッキーを一つ手に取って殿下のお口に突っ込みました。一度口の中に入れたものを人前でなんて吐き出せないはずですわ。
殿下の顔から、余裕の笑みが剥がれ落ちていくのがわかりました。
「まさか、君が毒を盛ってくる……なんてね……」
「失礼ですわね! お二人が気を失うほど美味しいクッキーですのに」
ガクガクと彼の長い足が震えていました。まるで生まれたての子鹿ですわ。壁に手をついて、膝から崩れ落ちないように耐えていらっしゃいます。そんなに美味しいなんて、どんなお味なのかしら。
「酷い目に遭った……じゃなくて。聞け、公爵令嬢、セレーナ・チェルアルカ」
殿下は体勢を立て直したかと思うと、空気を張り詰めさせました。いつもの調子は消え失せています。そして、王族としての冷徹な声色でわたくしにとって驚天動地の出来事を告げたのです。
「お前の兄、マルシュ・チェルアルカに国家反逆の嫌疑がかかっている」




