第14話 ピンクダイヤモンドの指輪
「マルシュお兄様!? ど、どうしてここに……魔力を抑えてくださいまし」
「偶然だ。セレーナ、そちらの方は?」
お兄様は淡々と、しかし鬼気迫る形相で近づいてきました。向かいの席へ座られると、感情の読めない表情でわたくしと絶世の美女──アルが変装した──を交互に睨みます。
「愛に決まった形などないとは思うが、兄に隠しごとはよくないな」
「なにか誤解していらっしゃいますわ! 彼女は、その……大切なお友達です!」
わたくしは癖である左斜め上を見ないように必死に堪えました。
必死に弁明をしているというのに、アルはこの状況を楽しんでわざとらしく腕を絡めてきます。
「まあ、セレーナのお兄様。私と彼女が睦まじく過ごすのがそんなにいけないことですか?」
アルは腰に手を回してわたくしの肩に顔を乗せました。吐息が耳元をかすめてくすぐったいですわ。
あからさまなアルの挑発にマルシュお兄様の眉がピクリと動きます。眼鏡の奥からわたくしたちの秘密を見抜こうとしていらっしゃいました。
「……この国の法では秘匿魔法を使用する際、当局への届け出が必要だ。ご令嬢、提出されておられますか?」
「申し訳ございません。ついうっかり、忘れてしまいました」
ついにお兄様は、魔法省の役人のみに帯同を許される世界樹の杖を取り出しました。周囲の客は何が起きているのかと訝しげにこちらを見ています。
「嘘偽りはありませんね?」
「ええ、女神様に誓って」
お兄様はスッと指を添えて眼鏡の位置を正しました。鍛え抜かれた魔力が認識阻害で姿を変えたアルの姿を捉えようとしています。
麗しく笑いながらアルもお兄様から視線を外しません。あまりお兄様を煽らないでいただきたいですわ……。
緊迫した時間がカフェの一角に流れていました。
「あの、店内で騒ぎは」
異変を察知して近づいてきた店員。お兄様は丁寧に「すまない」と謝罪を入れて、立ち上がりました。
「ご令嬢、次はお忘れなきよう」
「ええ、肝に銘じます」
杖を収めたマルシュお兄様が再び眼鏡を押し上げます。
「セレーナ、何度も言うが無茶をするな。貴様の身に危機が迫るなら、俺が必ず助けに行こう」
規則正しい足音が遠ざかっていきました。誘拐のこともありましたし、わたくしのことを心配してくださっているのでしょう。
ただ、どうにも分かりにくいお方ですわ。
「直感が鋭いの、兄妹そっくりじゃん……ま、俺たちも行こっか。お口直しの買い物にさ!」
アルは騒動などなかったかのように笑うと、放心状態になっているわたくしの手を取って店を後にしました。
他愛もない話をしながら軒を連ねる店々を眺めていますと、一軒の小さな宝飾品店でアルが足を止めます。
「ね。俺に似合うもの、選んでよ」
「無茶をおっしゃるのね。わたくし、贈り物のセンスがないことで有名ですのよ?」
「セレーナが選んでくれたものならなんでも嬉しいから!」
わたくしは彼にぐいぐいと背中を押されるままお店に入ります。重厚なショーケースの中に並ぶ無数の輝きに目が眩みそうですわ。
「外のベンチで待ってるねー」
「もうっ、強引なんだから!」
アルに置いて行かれたわたくしは整然と並んだアクセサリーたちを前に立ち尽くすしかありません。
昔からたくさんのものから選ぶということが苦手でした。いただいた唯一のものを大切にすることの方が性に合っているのです。
困り果てて店内を右往左往していますと、ある指輪に視線が吸い寄せられました。それは華美な装飾を排した、けれどどこか歴史を感じさせるピンクダイヤモンドの指輪。
それを手にした瞬間、不意に視界が揺れます。ひどい目眩と共に意識が自分の知らない過去へと引きずり込まれました。
「……っ、これ、は?」
血に濡れた誰かの指に、同じピンクダイヤモンドの指輪がつけられようとしている。「誕生日おめでとう」と世界中の誰よりも幸せそうに笑っているのは──わたくし?
言いようのない懐かしさを感じて、わたくしは逃げるように会計を済ませます。
私は知りません、あの光景を。自分のものでいて、そうではない記憶。得体の知れない喪失感から逃げるために、人気のないベンチで待っていたアルの元まで走っていきました。
「セレーナ、すっごい焦ってんじゃん。どうしたの?」
「い、いえ……選んできましたわ、アクセサリー」
リングケースを開けて、選んだ指輪を彼に見せます。
「受けとって、くださる?」
言葉を交わさないまま時間が過ぎていきました。なんだか恥ずかしくなって、アルの顔を窺います。
「やっぱり、これ選んでくれるんだね」
瞳からは歓喜が溢れていました。わたくしの手を強く握り、アルは自らの指に指輪を嵌めさせるよう導きます。
指輪が彼の指に収まると、街を赤く染める夕陽が一気に暗くなったような気がしました。
「ありがと、セレーナ。ずっと大事にするから」
そしてわたくしを抱きしめるアルの腕。そこには、絶対に離さないという狂おしいほどの情熱が宿っています。
指輪の輝きが彼を永遠に繋ぎ止める呪いになっていることを、この時のわたくしはまだ知りませんでした。




