第13話 お忍びデート
神殿のわたくしの自室で、黙りこくっているアル。帰ってきてからずっと無言です。ソファにもたれて指でひよこの人形を弄んでいらっしゃいます。
「無事でよかった、なんて言うと思った?」
「ごめんなさい、アル」
わたくしとイアムの誘拐事件は殿下とアルの活躍によって無事に幕を閉じました。実行犯たちはアルの魔法によって消滅。あれは人間でなく魔力でできた魂であったと王宮は判断しました。
現在は、首謀者を調査中とのことですが……考えを巡らせていると、音もなくアルが立ち上がり、わたくしの膝元に跪きます。
「ひゃっ」
転んだ際についた手の擦り傷を聖女の魔法で癒していきます。傷口が塞がるたび、彼の唇がわたくしの肌に触れていきました。
は、恥ずかしいというより恐れ多いですわ。離れようとしても、どんどん近づいてこられます。
「離れないで、っていう約束。もう忘れたの?」
「そ、そんなつもりは……!」
「これがなかったら、お前どうなっていたか分からないんだからね」
マルシュお兄様から贈られたひよこ人形。アルはそれを撫で回しながら言いました。
わたくしには魔力がありませんが、人の魔力を感知することはできるのです。それでも、この人形にかけられた彼の追跡魔法の魔力は感じ取れませんでした。
「追跡魔法なんていつの間にかけましたの?」
「んはは、教えるわけないじゃん! 化け物みたいなぬいぐるみに仕込むのはちょっと悩んだけど、かけてて正解だった」
「一応、ひよこですのよ?」
他のものにも追跡魔法は掛かってるから探してみなよ、と冗談めかした口調の裏に決して逃がさないという執念が見え隠れしています。
おそらく、隠し通路を見つけてからわたくしの部屋でくつろいでいるときに魔法をかけていたのでしょう。
「約束を守れない悪い子は、お仕置きしなきゃだよねぇ」
「い、痛いのは嫌ですわ……」
どうしようかなぁ、と悩むアルの瞳が月を反射してきらきらと輝きます。すると、彼は名案を思いついたように声を弾ませました。
「明日、俺とデートして?」
彼の手がわたくしの髪を一房掬い、揶揄うようにウインクします。
婚約者もいないわたくしは、普段聞き慣れない言葉を聞いて動揺を隠せませんでした。
「……聖女様と、デートっっ!?」
夜の神殿にわたくしの叫び声が木霊しました。
♢♢♢
約束の朝。警備の目をかいくぐり、神殿の裏門でわたくしはアルを待っていました。そこに見知らぬご令嬢が歩み寄ってきたのです。
淡い藤色のドレスを完璧に着こなし、日傘を傾けるその姿に目を奪われます。
「そんなに見つめられたら、照れるんだけど?」
聞き慣れた声に、わたくしはようやく目の前の美女が変装したアルであることに気づきました。
手入れの行き届いた髪はいつもの銀色ではなく、陽光を浴びて絹のような光沢を放つ金色に変えられていました。
「とてもお綺麗ですわ……」
最新の流行を取り入れた装いは、どこから見ても高貴なご令嬢そのものです。ですが、わたくしには一つだけ気になることがありました。
お化粧をしているとはいえ、救国の聖女様のご尊顔をフロルアレオの民はみな知っています。
「そんなにお美しいとバレてしまいませんか?」
「いけるいける、聖女ともなれば認識阻害の魔法とか余裕だから」
乱暴な言葉遣いとは裏腹に、クスクスと笑う仕草はどんな女性よりも優美で残酷なほど完璧でした。
肌の透明感だけでなく何もかも敗北しているようにさえ感じられ、思わず視線を落とします。
「ちょっと! デートなんだから楽しそうにしてよね」
こうして、アルとのお忍びのデートが開幕しました。街で彼がわたくしの腕にそっと手を添えると、周囲の人々が感嘆の溜息を漏らすのが分かりました。
側から見れば女の子同士が楽しんでいるように見えるでしょうが、聖女だとバレないか心配すぎますわ!
つい挙動不審になってしまうわたくしの唇にアルは人差し指を当ててきます。
「落ち着いて。セレーナ以外、俺の正体は暴けないから」
完璧な美少女として振る舞うアルに手を引かれ、街で人気のカフェへ向かいました。
彼は周囲の視線をいなし、平然とわたくしの隣の席へと腰を下ろします。
「アル、向かいに座ってくれませんこと?」
小声で嗜めても、彼は目を細めてわたくしの耳元に唇を寄せて囁きました。
「いいじゃん。今は仲の良いご令嬢同士なんだから」
アルが注文したパフェが運ばれてきました。店員の方はわたくしたちが注文したものだと思わなかったのでしょう、ずいぶんと戸惑われておりました。机に凄まじい大きさのパフェが置かれます。
「お一人でこれを召し上がるなんて、正気ですの?」
「かわいい女の子に甘いものは常識でしょ」
目の前には致死量の苺とクリームがのせられたパフェがそびえ立っていました。アルは静かに自分の方へパフェを寄せます。
「アルが好きなだけですわよね。お兄様からいただいたお菓子も、あなたほとんど食べたでしょう」
「やっべ、バレてた。ほらお詫びに、あーん」
こぼれないのが不思議なパフェをアルはスプーンで一掬いして、わたくしの口元へと運びます。甘い眼差しに見つめられ、観念したわたくしはスプーンを口に含みました。
苺の酸味と甘さが口いっぱいに広がります。クリームも追いかけてきて暴力的な甘味ですが、とっても美味しい……。
二人でパフェを楽しんでいると、頭上から押しつぶされるような魔力がカフェに広がりました。
「刺客ですわ!」
店内を警戒し、机を押し出す勢いで立ち上がります。騒然とする人々の中、わたくしは見てしまったのです。
カフェの入り口付近で岩のごとく動かない巨大な影を。壁に張り付くように立ち、こちらを凝視する不自然なほど存在感のある姿。
非番のマルシュ・チェルアルカ、その人でした。




