第8話 鍛錬
あれから一夜明け、俺とガイアは再び修練場へと来ていた。まだぐったりしていたいが、あの時の感覚は忘れたくない。
「今日も、お願いします」
一礼しつつ、痛みへの覚悟も固める。望んだものとはいえ、来るとわかっている痛みがこれほど怖いとは思っていなかった。
「うむ。っとその前に、こいつをやるよ」
軽々しく投げられた黒い束を受け取ると、見た目とは裏腹にそこそこの重量が両手にのしかかる。
「おっとと…これは…?」
転びそうになりながら、渡された束を触ってみると、さらさらとしつつも、しっかりとした素材でできた布の塊だと気づいた。
「戦闘を想定した訓練をする以上、その部屋着のままって訳にはいかないだろ?こいつは俺からの餞別みたいなものだと思ってくれ」
「餞別…」
改めて見てみると、どれも黒一色で統一された装備で、外套、上着、手袋に靴と、一式揃っていた。妙にベルトが多い気もするが。
「ま、着てみな。案外気に入るかもしれないぜ?」
「そこまで言うなら…じゃあ、ちょっと行ってきます」
着替えてみて、奇妙な感覚があった。妙に肌に合うのだ。流石に採寸されたとは思えないが、まるで最初から自分の為にあったような安心感があった。なにより、着ていると妙に落ち着いてくる。長めの外套が背に落ち、腰回りのベルトが体の動きを締めるように馴染んだ。なんとなく、この世界に一歩馴染めたような、そんな気がした。違和感が拭えないまま、再びガイアの元へ戻ってきた。
「一応、着てみましたけど…」
自分も、体を見回しながら見せてみる。こちらの心配はよそに、あちこち見ながら納得したように頷いていた。
「やっぱりな。俺の見立ては凄いだろ?」
「え、ガイアさんが直接選んだんですか?」
つい素で質問してしまった。まさか王様が直々に選ぶとは思ってもいなかったからだ。こちらの驚きに嬉しくなったのか気持ちのいい笑顔で答える。
「おう、そうだぞ。これでも人を見る目はある方だと自負しているからな」
「…(そういうことじゃない気もするが)」
思うところはあるが、妙な落ち着きのおかげか、今ならあの力もうまく扱える気がする。謎の自信を察したのか、こちらの肩を叩きながら激励の一言をかけてくれた。
「ま、何事もまずは気からってな。思いっきりやってみろ」
「…はい!」
修練場の中央に立つ。それと共に、昨日の感覚が蘇ってくる。痛みに耐えながら発現させた、あの感覚が。一呼吸置き、イメージする。魔眼を使う自分を。あの時は感情がトリガーになってくれた。だが、あれではダメだ。もっと簡潔に、今より強い自分を想像するんだ。あの、強大な力を扱えるように。
「…ッ…!!」
一度発現させたおかげか、昨日よりも早く、あの痛みが来た。眼の奥が砕けそうな、針に刺されるような痛み。だが、止めてはならない。もっと、もっと、強く―――
「もっと…もっとッ!!」
叫び、自分を鼓舞する。それと共に予感がくる。あの時と同じ、全身に力が巡るような―――
「クッ…あ”あ”あ”!!」
再び、叫び、それとともに思いっきり目を見開く。全身に力を入れ、今度は力に振り回されないよう深呼吸を繰り返す。
「ハァ…ハァ…」
深く、大きく呼吸をしながら、身体の動きを確かめる。手を握る動作を繰り返してみたが、能力が途切れる感覚はなかった。間違いない、この感覚。昨日とは変わって、痛みはあるが動ける予感がある。
「…天賦の才、か」
「才…?」
ガイアを見ると、いつになく険しい表情をしており、深く考え込んでいるようだった。しかし、すぐにまた笑顔に戻ると、そのまま構えに入った。
「動けそうなんだろ?遠慮はいらねぇ、きな」
「後悔しても知りませんよ…?」
半分はハッタリで、もう半分は自分への鼓舞だった。ぎこちない動作ながら、こちらも構えをとる。まさか素手でやることになるとは。剣道の経験が活きないスタイルだが、力を試すのにはちょうどいい。
構えてみて、すぐに気付いた。この男、隙がない。どこに打ち込んでも返されそうな雰囲気がある。諦めて、すぐに思考を切り替える。まだ自分の力も把握できていないんだ。今は、思ったままにやってみよう。
「すぅ…ふぅ…」
大きく深呼吸をし、地面を踏みしめる。両の拳に、力がこもる。覚悟を決め、眼前の強者の、その眼を見る。余裕そうな表情とは対照的に、こちらの全てを見透かすような瞳に押しつぶされそうになる。それでも、みるみる闘志が湧いてくる。なにより、この力を試したい。この力への渇望を、思う存分振るいたい。全身の神経が動けると、そう言っている気がした。
地面を蹴る。踏み込みの勢いをそのまま右腕に乗せる。速い―そう思うよりも先に、拳は胴を狙って振り抜かれていた。いや、そのつもりでいた。振るった腕は、片手で止められた。手のひらで受けられたようだったが、その感触すら曖昧なまま、衝撃だけが腕に返ってくる。まるで大岩のようにびくともしなかった。
「なっ…!?」
驚く間もなく、空気が弾ける。爆ぜたような音と共に、腕が痺れた。
「クッ…(こいつマジか!?)」
本気の打ち込みだった。だが、微動だにしない。それどころか、眼の色さえ変わってはいなかった。
「チッ…(魔眼も使わないでいいってか!?)」
一歩引き、もう一度踏み込む。今度は連続して打ち込んでいく。型などない。ただ、届かせると信じて踏み込む。殴る。蹴る。だが、そのいずれも当たらない。届いたと確信した一撃は、必ず止められた。
「ハァ…ハァ…」
三分は打ち込んでいただろうか。腕が重く、足が動かない。呼吸も乱れて整わない。魔眼もすでに切れていて、痛みだけが残っている。明らかに魔眼による消耗が大きかった。そんな俺とは違い、ガイアは息一つ乱していなかった。
「悪くない…素人にしてみればよくやっている方だ」
「ハァ…ハァ…クソッ…」
言われっぱなしで心底腹立たしかったが、現実を認めている自分もいた。できたのは精一杯の悪態一つ吐くだけだ。
「これだけ使いっぱなしでまだ倒れてないんだ。引き出してる力も十分…だが、どうにもやりにくそうだな」
こちらをじっくりと見つめていると、不意に思いついたような顔をした。次いで不敵な笑みを浮かべると、どこかへ歩いて行ってしまう。
「ちょ、ちょっと!?」
「待ってな」
振り返りもせずにそう言い放つと、入口の方まで消えた。
しばらくして、ガチャガチャと不揃いなものが詰まった樽を持ってきた。
「待たせたな」
ドンッと重厚な音を鳴らしながら、俺の眼前にそれを置くと、中身をガサゴソと探り始める。
「え~と…こいつじゃねぇな…おっ」
いくつか見た後、目当てのものがあったようで、自信ありげにこちらに差し出してくる。受け取るまでもなく、外見からすぐに判別できた。
「木刀…」
つぶやきながらも、受け取ってみて、自然と手になじんだ感覚がした。試合や稽古では竹刀を使うが、確かに型や素振りではこれを主に振るっていた。
「槍か剣か、どっちでもよかったんだがな。なんとなく、お前には刀が似合う気がしたんだ。どうだ?」
「…えぇ、いい感じです」
軽く振ってみると、樽に放り込まれていた物とは思えないほど手に馴染んだ。
「そいつを使って、もう一回だ」
ガイアはそういいながら一定の距離を取ると、再び構えに入った。
「…ふぅ…」
一呼吸おいて、もう一度集中する。連続で発動できるのかと一瞬不安がよぎるが、マイナスなイメージは駄目だとガイアの言葉を思い出す。思考を切り替え、もう一度イメージし直す。できないなんて微塵も考えない。常に今より先の自分を―――
「イメージ…ッ!!」
予感と共に目を見開く。再び全身に力が漲り始め、同時に構えに入る。中段の構えをしながら、剣道との違いを実感していた。間合いの掴みづらさ、防具なしに人と対面する状況。なにより、どう打ち込めばいいのか迷ってしまった。だが、素手での攻防で、眼前の人物が見た目では測れないほど頑強で、化け物じみた存在であることは体験できている。
「(迷わずいけ、俺!)」
覚悟が定まるとともに、体は動き始めていた。得物を持った状態での踏み込みは、素手でのそれと感覚がまるで違ったが、こちらの方が思ったように動けていた。振りかぶる。素手とは違い、重さと軌道がそのまま力になる。迷いはなく、頭上から叩き込む。
「フンッ…!?」
ガイアは、素手の時と同じように片手で受け止めた。だが、今度は地面が軋み、ひびが走る。こちらの力が入りすぎて、若干足が浮いていた。より強くと、さらに力を込めると、突然、襟を掴まれた感触がした。反応する間もなく、次の瞬間、視界が跳ねた。
「うおっ!?」
気付けば、砂地に尻餅をついていた。そんな俺をよそに、ガイアは左手を見つめていた。
「いった…こいつはなかなか…」
ぶつぶつと、こちらには聞こえない声量で何かをつぶやいている。立ち上がって再び構え直すと、それに気づいたガイアも同様に構え直す。先程の感覚、素手の時と比べて遥かに手ごたえがあった。なにより、今は冷静さを取り戻している。
「…(まだ魔眼は使わない、か)」
あの一撃でもまだ素の状態にすら届いていない、ということなのか。なんにせよ、次は別の攻撃を試すまでだ。




