第7話 魔眼
倦怠感の残る体を、ガイアに支えられながら動かす。歩きながら、剣道を始めたころはいつもこんな感じだったなと感傷に浸っていると、砂地でできた場所に出た。見回すと、観客席のように段々になった四方に囲まれているようだ。天井はなく、開けた空間が広がっていた。
「ここは修練場だ。普段は俺や、階級の高い将兵が使っている場所だな」
そういいながら、修練場と言われた場所の中心のあたりに自分を立たせると、それに相対するようにガイアは目の前に立った。
「さて、いまからお前には魔眼を使ってもらう。…が、事前に説明はしておいた方がいいよな」
ガイアは先に見せたように、一度目を伏せた後、かッと目を見開くと再び深紅の瞳へと変化した。
「………」
先程も見たが、見るだけで恐れが湧いてくる。それでも、思わず見入ってしまうほど美しかった。それと同時に、先程まではなかった圧のようなものを感じた。やはり、単に眼の色が変わるだけではない―――そう感じた。
「もう一度説明するが、こいつが魔眼だ。色は個々人によって変わるが、俺の場合は赤色だな」
「今なら俺もそれを使える…ってことですよね」
「そうだ。使い方は単純だ。イメージするのさ、魔眼を使うってことをな」
まるで簡単に扱えるように言うが、こんな疲労困憊の身体でできるのか。そう不安に思っていると、再びガイアが口を開く。
「後ろ向きなイメージは能力の質を下げることに繋がる。俺たちの能力は、全てイメージが基本になるんだ」
「イメージ…」
試しに、魔眼を使うとイメージしてみる。確かに、言われたようにすると眼が熱くなるのを感じる。だが、まだ何か足りないような感じがしていた。
「そうだ、もう一つ。初めのうちは、魔眼を使うってだけじゃなく、使っている自分をイメージするんだ。自分の眼に特殊な力が宿っていると信じろ。それがお前の力になってくれる」
「しん…じるッ…」
意識するほど眼が熱くなり、次第に痛みを感じ始める。何か、もう少しで掴めそうな、あと一歩、なにかまだ足りないような、そんな感覚だった。
「もっとだ!力の為なら全てを捨て去るぐらいの覚悟を持て!今よりももっと、強くある自分を想像しろ!」
「ッ…!!」
激励され、痛みを押しのけてさらに強くイメージする。そんなとき、不意に過去を思い出した。血反吐を吐くほど練習を繰り返し、そんな俺に対し一切の傲りを見せず、善意を振りかざして手を差し伸べてきたあいつの顔がチラついた。あの時の敗北。あいつの背中。あんなものは、もう、二度と―――
「もうッ…二度と…ッ!」
激痛が走る。眼がはじけ飛びそうな感覚に襲われるが、それでも構わず想像を肥大化させていく。疲労も忘れ、全身が強張っていく。あまりに力んでいるせいで、無意識に体がうずくまっていく。歯軋りのせいで歯が砕けそうだ。だが、もう、迷いは、ない。
「敗者にはッ…ならないッ!!」
意識が途切れそうだ。先程までではないが、眼には痛みが走り続け、一瞬でも気を緩めるとこの状態が解けそうになる。しかし痛みを感じるよりも、全身に力が漲り、全てがはっきり見え、呼吸が落ち着いてくる感覚に意識が向いていた。
「…こいつは…黒、か」
一瞬、ガイアの声音が沈んだ気がした。しかし、魔眼の負荷に耐えられずすぐに思考から抜けていってしまう。
「こ…れは…!?」
これまでに体験したことのない異様な感覚だった。だが、漲る力に反し、意識を切らせばこの状態が解けてしまいそうで、動けばこの状態が崩れそうだった。
「魔族でもないただの人間が、しかも継承された直後でここまでやれた時点で上出来だ。ある程度は状態を維持できてるみたいだしな」
「それ…よりも!」
「そうだな。今感じている力、そいつが魔眼を使うことで得られる力だ。魔眼を使用している間、使用者の身体能力は大幅に向上する。大抵は倍ってとこだが、振れ幅には個人差があるからな」
「ば、倍…!?」
倍どころではない。全身が弾けそうなほどの力が巡っていた。今なら、何でもできる気がする。これが個人差ということか。しかし、それを試すこともできないほど状態を維持するので精一杯だった。
「あの…動け…ないん…ですが…!!」
「その状態が維持できてる時点で十分だ。発現させるだけでぶっ倒れる奴もいるからな。ハハハハハ!」
「笑い…事じゃ…ない…!!」
あまりにキツイ状態を維持しているせいで、声が裏返ってしまう。意識に関わらずそろそろ維持できなくなりそうだった。
「いや、すまん。ただ、その状態になれてる時点で才能ありだ。今日はそのくらいにしておけ、体がもたないぞ」
「…ッ…!?」
言われるがままイメージをやめると、途端に全身から力が抜けていく。突然貧弱な体に戻ったせいで膝から崩れ落ちてしまった。
「こ…これは…苦しい…ですね…」
息を荒くさせながら、顔を上げることもできず四つん這いの状態で固まってしまう。目の痛みが引かず、瞼が上がりきらない。
「最初のうちだけさ。慣れれば長時間使えるようになる。今日は継承の疲れもあっただろうしな。本番は明日からさ」
そういいながら、屈んで肩をポンポン叩くと、自分の身体の下に潜り込んで背に乗せてくれた。
「ガ、ガイアさん…!?」
「どうせ動けないだろ?運んでやるよ」
まさか高二にもなっておんぶされるとは。これはこれで、別の意味で堪える。しかし、意に反して自然と瞼は重くなっていった。
「ほんと、おつかれさん」
労いの言葉も遠くなって、意識が沈んでいくのを感じながら瞼の重みに身を委ねた。




