第5話 魔ノ力
提案に従い、入浴を済ませ、続けて豪勢な食事のもてなしを受けた自分は客室のベッドで休んでいた。汚れていた制服は洗濯をしてくれるようで、持ち合わせがないだろうと用意されたのは黒地の部屋着だった。さらさらと肌触りがよく上質な素材でできているのがすぐに分かる。
「結局、これなんだったんだ?」
手に持っていたのは森で目覚めたときに拾ったガラスの瓶だった。あれこれ説明を受けているうちに聞きそびれてしまった。リュカオンが会話できることに疑問を持っていたことも気になるし、やはりまだまだ分からないことだらけだ。しかし、考え事ばかりしていたせいか、急激な睡魔に襲われる。
「今は休め…か」
明日からも様々な出来事が起こることを予感しながら、瞼の重みに任せて眠りへと落ちていった。
翌日、慣れない環境のせいか、小鳥の囀りとともに目が覚めた。自分自身、やはりどこか不安を感じているのだろうか。部屋着と同じく用意された、履き心地のいい革靴を履き、部屋の中にある洗面台にて顔を洗う。鏡を見てみると、昨日の朝と比べていくらか顔色はマシに見えた。現実逃避を現実でやっているようなものだからか、心がほんのり軽いようだ。
「単純な男だよ…」
自虐たっぷりの独り言を吐きながらうなだれていると、急にドアがノックされて肩から飛び上がる。
「月島様、起きていらっしゃいますか?」
どうやらローレンスがモーニングコールをしてくれたようだ。魔界の朝は早いらしい。
「えぇ、おはようございます、ローレンスさん」
「おはようございます、朝食の準備が整いました。それと食事後、ガイア様より、用があるとのことです。」
「ガイアさんが?…そういえば、力がどうとか言ってたな…」
びしょびしょの髪と顔を急いで拭き、一応失礼がないように服装を整えてから部屋を後にした―――
「さて、今日来てもらったのはほかでもない、力のことについてだ」
「力、ですか」
相変わらず悪い顔をしているガイアとよくわからないままに連れてこられた自分は、怪しげな雰囲気を漂わせる、いかにも儀式を執り行いそうな部屋にいた。
「まず、今のお前は貧弱だ。そこら辺の子供よりも弱いだろう」
「はぁ…まぁでしょうね」
昨日見た狼やワイバーン、出会ってきた人物たちを思い浮かべながら自身と比較してみる。この世界はどうもスケールが大きいことばかりで、多少武道をやっているだけの自分が通用しそうな相手は思いつかなかった。
「お前が今後どんな道を選ぼうとも、必ず力が必要な時が来る。この魔界じゃ強いやつこそ正義だ。このままじゃあお前の意見も選択も何一つ叶わないだろう」
つい生唾を飲み込んでしまう。やはり人を見る目があるようで、迷いや不安を見透かされていると感じる。
「そこでだ、ある力をお前に継承させる」
「継承?」
「そう…それはな…」
「…それは?」
もったいぶってなかなか言わないガイアに若干の苛立ちを覚える。先程から昨日と変わってテンションが高いような話し方をしている。彼なりの気遣いなのだろうか。
いい加減言ってくれと思っていると、にやついた顔で自慢げに口を開く。
「魔ノ力だ」
「マノチカラ?」
魔法とか魔術とか、もっとメジャーな言葉が出るのかと思っていると、聞きなじみのない単語が飛び出してきた。
「魔ノ力ってのはな、俺たち魔界の民の間で一般的に普及している能力のことだ。」
「はぁ…?」
やはり理解しがたい単語のせいか疑問が顔にでてしまう。当然の反応といった顔で、ガイアが腕を組みながら自慢げに話し始めた。
「いいか?まず…」
―――長々と説明を聞かされたので頭の中で整理しつつ要約してみる。彼が言うには、この世界ではいわゆる能力が技術として普及しているらしく、一人につき一種類だけ、特別な能力をその身に宿せるらしい。力を宿すには、元々能力を所有している人物が継承させるという意識を持ったまま、その人物の身体の一部、例えば血だとか髪の毛だとか、そういうものを継承されるという意識を持った状態で体に取り込むことで同じ能力がその身に宿るらしい。
「…で、自分はガイアさんの能力を継承するってことですか?」
必死に頭を回したせいで目を白黒させながら結論を聞いてみる。
「ま、そういうことだ。長くなって悪かったな。だが、根本の認知をしてもらわないとお前に能力が継承されない可能性もあってな…恨むならこの面倒な世界を恨んでくれ」
「はぁ…一応聞いておきますけど、継承元となる人物からは能力は消えないって認識でいいんですよね?」
「あぁ、その通りだ。あくまで同じ能力が宿るってだけだな。先人はなんでこんな名前を付けたのかね…」
不思議がっているガイアをよそに、昨日から知らない知識ばかりで頭がパンクしそうになるのをなんとかこらえる。
「えっと、その能力を俺が継承すれば、この世界で強くなれるんですね?」
質問を受け、待ってましたとばかりに胸を張りながらはっきりと答えてくる。
「当然だ。なにせこの広い魔界でたった七十二人しかなれない魔王達の、さらにその最高位に位置する魔王序列一位たる俺の能力だぞ?何も心配いらん」
「そ、そうですか」
また後で聞くことが増えたなと感じつつ、力を得ることについて考える。宇宙界では、俺は永遠に一番にはなれなかった。あの暁に勝てない現実、何度考えても吐き気がしてくる。それを、若干ファンタジーな方法ながら超えられるかもしれない。あの忌まわしい過去との決別が、叶うかもしれない。そう考えるだけでも興奮が止まらず、自然と手が震えてくるのを感じる。
「さて、そろそろ心の準備もできたかな?」
考え事にふけっていた自分を現実に戻すように、あるいは考えが見透かされていたのか、声をかけられてしまう。
「はい、お願いします。俺に、力をください」
この言葉を待っていたのか、ガイアが指をパチンと鳴らすと、二人の周りにあった燭台に灯がともる。それと同時に、いつから居たのかローレンスがそれらしい台と杯を二人の間に持ってくる。
「さっきもいったが、この儀式には俺の認識とお前の認識、これが必要になる。この部屋は他に気を取られないようにするための、言うなれば儀式の間ってやつだ」
「この杯、中身が空…ですけど」
質問が終わるのを待たず、ローレンスがガイアに何かを手渡した。よく見ないでもわかる、それは小さなナイフだった。
「こいつに俺の血を入れる。手順は簡単だ。俺はお前に能力を継承すると念じる。お前は杯に注がれた血を飲みながら、俺の能力を継承されると念じろ、いいな?」
「…あの、一応聞きたいんですけど、継承される能力って何なんですか?」
一瞬、キョトンした顔になって、すぐにそうだったと言わんばかりに額に手を当てる。
「そうだったな。普通に会話できるから忘れちまってた…いいか、俺の能力はな…」
再び生唾を飲んでしまう。今度は音がはっきり聞こえた気がした。いつになく真剣な眼差しのガイアの瞳が、目を伏せられた。次に口を開いたとき、同時に開かれた瞳は、黒から真っ赤な色へと変わっていた。
「魔眼だ」




