第4話 帰れないということ
「まず、ここはどこなのかだったか。ここじゃ説明しづらいな…」
そう言うとガイアはすっと立ち上がり、俺とリュカオンの間を抜けて大扉の方へ歩いていく。ふと振り返って、ニヤリとしながら一言だけ言い放った。
「ついてきな」
連れてこられたのは書類の束がごちゃごちゃしている薄暗い部屋だった。ガイアがランプを点けてくれたことで温かみのある色合いに変わる。
「ここは?」
周りを見回しながら素朴な疑問を投げかける。部屋の中央にある大きなテーブルに、同じほどの大きさをした一枚の紙を広げながらガイアが答える。
「ここは作戦室だ。大抵の話し合いはここで行う…さて、まずはこいつを見てくれ」
いわれた通り広げられた紙をみると、方眼紙のように刻まれた線の上に、不定形の図が無秩序に浮かんでいる。直感的に何を表しているのか察しが付いた。
「地図…ですか?」
どうやら当たっていたようでニヤッとしたガイアは、地図の中央にある小さな孤島を指さした。
「こいつが、俺たちがいる場所、統魔界だ」
「この、孤島が…?というより、これは…」
今いる場所が思っていたよりも小さい島だったことにも驚いたが、すぐにもう一つの事実を確信する。
「やっぱり、日本…というより、地球じゃない…」
こちらの反応に同じく確信を得たのか、ガイアとリュカオンが顔を合わせてうなずいていた。
「やはり、あっちの世界から来たみたいだな」
「あっち…って?」
疑問に思う間もなく、リュカオンがもう一枚、棚から取り出した小さな紙を広げてくれる。そこには、球状のものが四つほど描かれており、中央の巨大な球体の周りに三つの球体が浮いている図だった。巨大な球体を取り囲むように三つの球体はそれぞれ線で繋がれている。
「地球…?いや、違う…これは…」
「こいつは世界の全容を表した図だ」
「…は?」
一瞬、意味が分からず直視したまま固まってしまう。理解が追い付かなかったが、先程地球に見えていた中央の球体が、今度は別のものに見えてきた。
「じゃあこれは、地球じゃなくて…俺がいた世界…なのか?」
「厳密に言えば、そいつは宇宙界って名前の巨大な世界だな。お前はこの宇宙界から裂け目を通ってここ、魔界に流れてきちまったって訳だ」
昨今話題になっている異世界物は俺も好きだったからよく読んでいたが、まさか自分が当事者になるとは思ってもいなかった。なにより、異世界が目に見える形で同じ時間上に存在しているとは思ってもみなかった。
「裂け目…じゃあ、もう一回あそこを通れば戻れるってことですか?」
「そ、れは…」
この問いを想定していたのか、ガイアは沈んだ顔をしていた。先程までのはっきりとしたものいいとは違い、歯切れ悪く確信を抱けていない声音で答える。
「宇宙界に渡る方法は、今現在、発見されて、いない…」
「えっ…」
戻ることができない。はっきりとは言わなかったが、ガイアが言いたいのはそういうことだろう。
「そう、ですか…もう、帰れないん…ですね…」
落胆、とは違った。確かに戻れないことはショックだったが、あの時、裂け目に手を伸ばしたのは、退屈な日常が、あの暁に勝てない現実に変化があればと願ったからだ。実際、それは叶っていると言っていい。ここは俺にとって非日常の塊のようで、内心ワクワクしている自分がいる。だが、母と妹は何も知らず、ある日突然消えた自分に何を思うだろうか。好奇心に駆られ、今は不安に駆られている。そんな自分が少しだけ気に食わなかった。
ガイアもリュカオンも、こちらの反応を気にしているのか部屋中の空気が重くなるのを感じる。それでも、事実として受け入れがたい現実を、飲み込めはしなかった。
「それと…さっきも言ったが、お前がここに来たのには俺にも責任がある」
「…責任とは?」
よほど言いにくいことなのか、言葉に詰まっているのが見て分かった。なにか話しやすいようにしてあげられないか。そんなことを考えていると、意を決したのかこちらをしっかりと見つめた上で話し始めた。
「お前が通ってきたという裂け目があるだろ?あれはな、俺が作ったものなんだ」
「は?何言ってるんですか」
「少し前のことなんだがな、ある組織とウチ…つまり統魔界で戦闘が起こったんだが、その時の戦闘の余波で森周辺の次元に異常が起こったみたいでな…」
「じ、次元にですか?」
言葉通りの意味だったとして、非現実的すぎる。なにより、次元に異常が起こるほどの戦闘とは一体何をしでかしたのか?元いた世界じゃ絶対に起きないであろう状況の説明に、混乱が加速するのを感じる。
「状態の監視はしていたんだが、まさか宇宙界に繋がるとは…お前がこっちに来たのも、帰れなくなったのも…俺のせいだ…」
意味が分かっても理解ができない、この言葉がこれほど似合う状況もないだろう。国として戦う相手がいるのだろうか、そこまではまだ理解できる範囲だった。だが、次元に異常をきたすほどの戦闘を起こすような存在がいるとは、考えたくもない。なにより、おそらく当事者であろう人物が目の前にいる事実に、和らいでいた緊張が戻ってくるのを感じる。
「理解できないことかもしれない。だが、裂け目を作り出した要因の当事者として…謝罪させてほしい」
別段恨んでいる訳でもない相手に謝罪をされてしまう状況に、撤回させるべきか受け入れるべきか迷ってしまう。表情からしてもかなり本気で後悔しているようだ。しかし、やはり好奇心によってこちらへ来た自分にこそ責任があると思う。なにより、これだけ親身に接してくれるこの人物に、これ以上気負ってはほしくない。
「あ、いえ…まだよくわかりませんけど、ここに来ることを決めたのは、俺自身です。それに…後悔も…してないですから。謝らないでください」
実際は違った。後悔していないのは事実だが、残してきたものへの不安はぬぐいされなかった。
不安をよそに、ガイアは意外な反応だったのか驚いたような顔を一瞬見せて、すぐにまた笑顔に戻った。
「…ハハハハハ!そうか、お前、面白いやつだな。気に入ったぜ」
そういうとガイアは、なにやら悪いことでも思いついたような顔をした。それに気づいたのか横にいたリュカオンがげっとした顔をする。
「ガイアさん、今度はなに思いついたんです?」
「ん?いや、なに。月島がこれから魔界で生きていくなら、相応の力が必要だとは思わないか?」
「力?ってあなたまさか…」
「そのまさかさ」
相変わらず悪い顔のままのガイアに対し、呆れた様子をリュカオンは見せていた。一体何の話かと思っていると、入り口の扉が少しだけ開いて先程の老紳士の声が聞こえた。
「ガイア様、月島様のお部屋と入浴の準備が整いました」
「ああ、ありがとうローレンス、すぐに向かわせるよ。…さて月島、今日はもう遅いし、ここで休んでいきな。汚れも落としてさっぱりしたいだろ?」
「はぁ…まぁ、いただけるなら、是非」
ガイアは何かしたいようだったが、今は言われた通り休もう。あまり動いたわけではなかったが、森から歩いてきたままだったせいで、汚れは目立つしなにより気疲れがひどかった。
「月島様、こちらでございます」
ローレンスと呼ばれた執事と思しき男に言われるがまま、その場を後にした。歩きながら頭の整理をしていたが、理解できた気は最後までしなかった―――
「それで…本気なんです?力のこと」
部屋に残ったリュカオンとガイアは、ぐったりと椅子に体重を預けた状態で話し合っていた。周囲の目を気にすることのない、地位からくる威厳から解放されたような時間を楽しむように。
「マジさ。月島自身が帰ることを望もうと、この世界で生きていくことを望もうと、力はいずれ必要になる」
「まぁ、否定はしませんけど。でも、当てはあるんですか?宇宙界から迷い込んだ事例はあっても、あっちへ帰った事例はないんでしょう?」
「そこなんだよなぁ…」
ため息をつきながら考える。実際、宇宙界へ渡る方法が確立できれば世紀の発見となるだろう。彼自身の思いつめた表情を考えるに、後悔をしていないという発言も半分は嘘のようだ。
「…考えていても答えはでない…か」
立ち上がりながら先程までの王としての威厳を戻しつつ、両頬を叩いてこれから多忙に日々になるであろうことを覚悟する。
「明日からは修行漬けだな」
唐突な発言にリュカオンの表情が固まるとともに呆れた表情へと変わっていく。
「…結局、本気なんですね…」
ため息を吐きながらも、もう慣れたかのように笑みを浮かべながら二人は部屋を後にした―――




