第3話 魔王
「…やはり入り込んでいるか」
「はい、既に息がかかっていると思われる者も含めて何名か」
音がやけに響く広間にポツンと置かれた玉座にて、二人は話していた。深紅の軽装を身に纏い、玉座に腰掛けなにやら考え事をしている青年の前に、黒い執事服を着こなした老紳士が低く落ち着いた声で跪いていた。
「…奴らの監視の任、引き続き頼む。相変わらず何を考えてるかわからない連中だからな」
「はッ、我らが統魔王のために」
「その呼び方はやめろ、むず痒くて仕方ない」
玉座から立ち上がり、別室へと移動しようと歩く青年の足音は、その見た目とは裏腹にどこか重く響いて聞こえる。不意に、その青年の足が止まり、老紳士の方へ振り返った。
「そういえば、リュカオンが来るのは今日だったか?」
「予定では明日のはずですが、彼のことですから。今日中には来るかと」
青年はわずかに考えたのち、老紳士へと指示を出す。
「そうか、城内に入った時点で教えてくれ。形式くらいは守らないとな」
「承知しました」
青年が完全に部屋からいなくなるまで、老紳士はその姿勢を崩すことはなかった―――
―――無事門を通れたものの、依然、自分とリュカオンはともに行動していた。
「あの…」
どこへ向かうのかもわかっていなかったため、何とか聞いてみようと声をかけてみる。リュカオンはこちらを振り向くと何かを思い出したかのような顔をした。
「ん?あぁ!そういえば、まだ自己紹介もしていなかったね」
「へ?まぁ、そうですね」
そういうとリュカオンは足を止め、こちらをしっかりと見て右手を差し出してきた。
「僕の名前はリュカオン。リュカオン・ドレイクっていうんだ、よろしく」
差し出された手をしっかり握ってこちらも名乗る。
「お、俺は月島塔夜って言います、よろしくお願いします」
自分とは背格好がせいぜい数センチ高い程度の青年が、やはりどこか異質な雰囲気を感じさせる。それに、先程から歩いているこの街も見かける人々がいわゆる異種族のようで、肌がピンクやなんなら青みがかっている者もいる。物珍しさからつい見回していると、リュカオンからため息交じりに声をかけられてしまう。
「…まぁ、その反応も当然だよね」
「あ!すみません、つい」
「ううん、いいんだ。ある意味、こちらの予想が当たっている証拠でもあるからね…」
「予想…?」
「とりあえず、さっさと目的の場所まで行こう。諸々の説明もそこでするから」
そういうとまたリュカオンが歩き始めたので、それについていく。自分の身に何が起こったのか、ここはどこなのか、その答えが少しでも分かればいいが。
しばらく歩き、再び大きな門の前に立たされた。といっても、今回は城そのものの門の前だが。二人いた門番がこちらに気付いて、そのうちの片方が腰のあたりから何かを取り出した。手で覆えるほど小さいもののようで、それに話しかけているようだ。
「トランシーバー…?」
少しの間を置いたのち、城門が少し開き、そこから執事服を着こなした老紳士が現れた。
「お待ちしておりました、リュカオン様。…そちらの方は?」
「ちょっとそこで拾ってきましてね、あの人も多分気に入るんじゃないかな?」
「承知しました、お入りください」
そういうと、城門はさらに大きく開いていく。
「さぁ、行くよ」
リュカオンがこちらを一瞥してそう言うと、小さくうなずいてから自分もついていく。ふと後ろを見るとやはり老紳士も何か小さなものに向かって話しかけていた。一瞬、老紳士の手元が宝石のような輝きを放ったような気がした。
城門をくぐると、今度は長い廊下をいくつも抜けた。途中で見た光景は街で見たものとは違い白く煌びやかで豪勢なものだったが、進むにつれてそれは次第に質素なものへと移っていった。
いつの間にか、目の前には巨大な扉があった。
「ここは…」
「玉座の間だよ。世界最大の魔王城の頂点だ。」
「………」
つい生唾を飲み込んでしまった。狼に襲われかけ、門番には槍を向けられ、今度は魔王ときた。何もわからないまま、気づけばこんなところにまで来てしまった。リュカオンも一体何を考えているのか見当もつかない。
気付けば、扉の両脇にいた兵士が洗練された動きでそれを開いていた。考えていても答えは出ない。深く息を吸い、意を決して扉の中へ踏み込んだ。
俺とリュカオンは並んで立っていた。眼前には魔王が玉座に座し、その背後には城門で見た老紳士が静かに跪いている。
「久しぶりだな、リュカオン」
「えぇ、本当に久しぶりですね、ガイアさん」
玉座に座していたのは、赤い長髪を後ろで編み込んだ青年だった。だが、第一声を聞いた時点で俺は動けなくなっていた。
「ぁ…っ…」
声が出せない。リュカオンとはまるで違った。体が、言うことを聞かない。向けられた視線が、なぜか自分の内側まで見透かしているように感じる。
「そう怯えるなよ、悲しくなるだろ…」
「あなたに初めて会う人っていつもこうじゃないですか?」
「そうか…?そうだったかもな…」
こちらの反応に本当に傷ついたのか、分かりやすく肩を落とした。呆れたようにリュカオンが繋いでくれる。
「はぁ…あぁ、紹介するよ。彼がここ、統魔界の主、統魔王ガイア・ダイモス・バシレウスさんだ。」
「えと…月島塔夜です…」
続く言葉が見つからないでいると、ガイアが静かに口を開いた。
「混乱するのも無理はない。それに、ここに来るまでにも色々あったんだろ?報告ついでに聞かせてもらおうか」
「じゃあ、僕から」
そういうと、リュカオンの話には聞きなれない単語がいくつか混じっていたが、ここに至るまでの経緯を手短に説明した。
「そうか、じゃあ竜魔界も…」
「えぇ、こちらもあまり悠長にしてられませんね」
「…それで、少年、お前は?」
「は、はい!ええと…」
急に振られて声が裏返ってしまった。冷静に頭を整理しながら、裂け目に吸い込まれたところから順を追って説明する―――
「なるほど…正体不明の裂け目に飲み込まれ、気が付いたらあの森に…城壁に着いてからはリュカオンから聞いた通りか。興味本位とはいえ、不運だったな」
「いえ、助けてもらってばかりで…」
「それに森で助けてもらった…か。ウチで知ってるやつにはそんな奴はいないしな…」
「例の教団の奴らでは?」
リュカオンに言われ、一瞬だけ表情が変わった気がした。
「何か目的があると見たほうがいいだろうな。なんにせよ、無事でよかった」
ガイアから向けられた笑顔は、本心から来ているようで、こちらの緊張もある程度解けるのを感じた。
「それで、どうするんです?説明してわかりますかね?」
「月島がこちらに来たのはお前本人の意思の結果なのかもしれんが、こちらにも責任の一端はあってな。説明させてくれないか?」
ガイアは、先程までとは違って神妙な面持ちになっていた。今は少しでも情報が欲しい。
「お願いします。知りたいんです、ここがどこなのか」




