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終末戦争  作者: Terra
20/21

第19話 凶兆

 大空へと飛び立った俺らは、月光に照らされた大海原の上を飛んでいる。上昇する際に感じた強風は、心地よいそよ風となっていた。

「…気持ちいい…」

 思わず、そう口から漏れた。見渡す限りの海は煌びやかに輝き、異常なほどの速さで飛んでいるにも関わらず、頬に当たる風は気持ちがいい。初めての飛行を楽しんでいると、ずっと前を向いていたリュカオンがちらりと振り返った。

「案外、乗り心地は悪くないでしょ?」

「えぇ、景色もいいですし、何より風がいい」

「ははは、でしょ?ソフィアさんは?気分、悪くなったりしてない?」

 後ろを見てみると、景色に呆気を取られているのか、海を見つめたままのソフィアがいた。夜とはいえ、今日は雲もほとんどない、快晴だった。

「…綺麗…」

 そうつぶやくだけで、リュカオンの声は聞こえていないらしい。無理に話しかける必要もないだろう。

「…悪くはないみたいですよ」

「そう、ならよかった」

 そう言うと、再び前へ向き直す。空を飛ぶのはあくまで飛竜であって、駆る側のリュカオンがそこまで気を張る必要はないようにも思えるが、相当警戒しているようだ。一応こちらへの気遣いはあるみたいだが、しきりに周りを見渡している姿からは、余裕は感じられない。

「…教団も、飛竜を抱えているんですかね?」

 多少緊張が和らげばと思い、ふと思いついた話題を振ってみる。リュカオンは、視線をこちらに向けることなく答えた。

「どうだろうね。警戒するに越したことはないと思っているけど、もし保有しているなら、今頃情報が入ってきていても、おかしくないんじゃないかな」

「な、なるほど…」

 つまり、現段階では持ってはいない、あるいは確認できていないということか。どちらにしても、今はあまり話しかけないほうが良さそうだ。


 あれからもう二時間以上は経つだろうか。竜は安定して飛んでいて、揺れもほとんど感じられない心地の良いフライトだが、もしここで寝ようものなら海へと真っ逆さまだ。この高さから落ちれば、とても生きてはいられないだろう。ベルトで固定され、持ち手を強く握っているとはいえ、緊張感は拭われない。

「…飛竜って、一度にどれくらい飛べるんですか?」

 つい気になってしまった。もしこれで五時間も六時間も飛ばれたのでは、おそらくこちらの精神が持たない。眠気のままに滑落してしまうだろう。こちらの心配を察しているのか、少しだけ顔をこちらに向けながら答えてくれる。

「イレミアは、飛竜の中じゃ平均的な能力しか持たないから、大体二、三時間くらいしか飛べないんだ。まぁ、マッハで飛んでるんだから、当たり前かもだけど。もうすぐ大陸も見えてくるだろうし、いい場所で一度降りなきゃね」

「へぇ…って、マッハ…!?」

 確か、旅客機がマッハ一にギリ足りないとか聞いたことがあるから、それよりも若干速いくらいか。だが、そこまで聞いて、嫌な予感が頭を過る。

「…遺魔界って、そんなに離れてるんですか?」

「そうだね、魔界の中でも、かなりの僻地にある。好んで行く人は、まぁいないかな」

「そう、なんですね…」

 最初に、ガイアやリュカオンが深刻そうな顔をしていた理由の一端が、なんとなくわかった。教団は、少なくともソフィアの件を見る限りでは、無理な作戦は立ててこない。だからこそ、救援に時間がかかる遺魔界を狙われたと聞いた時、表情が曇ったのだろう。

「…ん、見えてきたね」

 思考を切り上げ前方を覗くと、確かに、僅かではあるが明かりが見えてきた。街の灯りだろうか、いくつかの塊が点々としている。

「飛竜が下りられる街は決まっていてね。街があっても、イレミアを置いてはいけないから、僕は野宿をするつもりなんだけど…二人はどうする?」

 少し考えたが、あまり離れないほうがいいだろう。飛行時間と同じだけ休憩するなら、夜間の休憩を除いて、半分野営をするようなものだ。それに、不測の事態も発生しかねない。緊急時に離れていて対応できないなどという状況は、できるだけ避けたい。

「…二、三時間の休憩でまた飛ぶんでしょう?そうじゃなくても、いつでも飛べるように、一緒にいたほうがいいんじゃないですか」

「なるほど、合理的だね…まぁ、嫌じゃなければそれでいいんだ。ソフィアさんも、それでいい?」

 後ろを振り返ってみると、かなり疲弊した様子のソフィアがいた。景色が楽しかったのは最初だけだったようで、その後は静かに、ぐったりとしていた。飛竜酔いとかあるのだろうか。

「構わない。元々、野宿は得意だからな」

「それは…どうなの?」

 二人揃って苦笑いをしつつ、イレミアも早く休憩に入りたいのか、さらに加速して大陸へと向かった。


 それからの俺たちは、何度も飛行と休憩を繰り返しながら、遺魔界を目指した。休憩といいつつ、乗っているだけの俺たちは体が凝るだけで、実際には疲労を感じているわけではなかったが。イレミアが休息を取るのは、決まって森の中だった。今も、川の近くにある開けた場所で眠っている。

「う~ん…はぁ。腰いてぇ…」

 何度も伸びをしながら、入念にストレッチをする。座るという行為が、ここまで苦痛に感じたのは初めてかもしれない。

「随分疲れてるみたいだね」

 そう言いながら、リュカオンが水筒を差し出してくれる。

「ありがとうございます。リュカオンさ…は、疲れないんですか?」

 少し詰まりながら、水筒を受け取った。まだ意識していないと、敬称を付けてしまう。

「はは、まだ呼び捨てには慣れない?これでも、何十年も飛竜に乗っているからね。流石に慣れたかな」

「何十年…そういえば、ガイアさんも五百年の在位って…」

 冷静に考えてみると、ガイアは相当な長寿だ。いや、彼らの種族としての寿命が元々長い可能性もあるから、長寿という言葉は正確じゃないのかもしれないが。

「あぁ、年齢の話?宇宙界の人って、寿命短いんだっけ」

 結構小声だったと思うが、彼の耳には届いていたらしい。コーヒーのような芳醇な香りのする飲み物を片手に、すぐそばにあった椅子代わりの丸太に腰かけた。

「魔界には多くの種族がいるからね。一概に、みんなが長寿とは言えないかな」

「こっちの感覚だと、百年も生きていれば大長老ですよ」

「百年か…」

 つぶやきながら、リュカオンはカップの中を見つめた。俺は近くの木に体重を預けながら、その横顔を見ていた。あまり深刻そうな雰囲気は感じられないが。

「失礼じゃなければ、ですけど…リュカオンって…」

 そこから先は言わなかったが、意図は察したのだろう。思い出すかのように、しばらく青空を見上げていた。いくつか口を動かした後、こちらへと向き直る。

「多分、七十歳くらいじゃないかな。ちゃんとは覚えてないけどね」

「な、七十!?その見た目で!?」

 どう見ても青年そのものだ。せいぜい、二十代前半と言われた方が、まだ納得がいく。こちらのリアクションが想定通りだったのか、意外だったのか、リュカオンは思わず噴き出したようだった。

「…っははは!竜人族の中じゃ、まだまだ子供だよ。歴史書でしか知らないけど、千年以上生きた人もいるらしいしね」

「竜人族…」

 改めてそう言われても、よくある角だとか、尻尾などは見られない。どう見ても普通の人間だ。竜の部分はどこへ行ってしまったのか。

「見えないでしょ?」

 こちらの考えを見透かされていたのか、いや、これまでも何度も言われたといった感じだ。先程の発言から、一気に表情が暗くなっているのが分かってしまう。

「いえ、そんなつもりは…」

「…いいんだ。これも、もう慣れたからね」

 何か触れないほうが良かった気もするが、仕方ない。流石に今の流れで隠し通せる反応ではなかった。つい視線を外してしまうと、リュカオンが優しい声音で話し始める。

「大丈夫だって。それに、この世界じゃ君の方がはぐれ者じゃないか。よくやっているよ」

「それは…ガイアさんのおかげですよ。あの人がいなかったら、今頃行き倒れていた。もちろん、あの時事情も聞かずに助けてくれたリュカオンにも、感謝しています」

「そうかい?僕がいなくても、君なら切り抜けていそうだったけどね…まぁ、それも結果論、かな」

 リュカオンは飲み物の残りを飲み切ると、近くの川の水ですすぎ、荷物箱へとしまった。集中力を切らさないために飲んでいるらしいが、あれにもカフェインとか入っているのだろうか。俺も、水筒の水をいくらか飲んで、箱へとしまう。清水が流れているとはいえ、川の水を安易に飲むのは危険が伴う。限られた飲料は、飲むべき量だけ飲んでいた。

「さて、僕はイレミアのところで休もうかな…ソフィアさんは?」

「しばらく見てないな…まさか、また吐いてるんじゃ…」

 ソフィアはあまり飛竜が得意じゃないらしく、これまでの休憩でも何度か吐いていた。元々協調性に欠けるとはいえ、あまり離れられても困る。リュカオンも頭を抱えた様子で、容体が心配なようだ。

「えっと…様子、見てきてもらってもいいかな?」

「いいですよ。散歩がてら探してきますね」

 リュカオンが頷くのを確認してから、森の中へと入っていった。


「ソフィアー?また吐いているんじゃないだろうな?」

 若干うんざりもしていたが、体調面に関わってくるとなると心配にもなる。特に、いつまた教団が現れるかも分からない現状で、乗り物酔いで戦えませんでしたはシャレにならない。

「どこ行ったんだ…」

 できるだけ周囲を見渡せる場所を選び歩いてきたが、どこにも姿は見つからなかった。川で吐くのは下流に問題があるとして避けていたみたいだし、森にいるとは思うのだが。

 さらに歩くこと数分、陽光が差し込む、穏やかな雰囲気の大木が見えてきた。現代では、こういった景色さえも貴重になってきた。世界が広いおかげか、魔界の安定した地域では、まだ残っているらしい。

「…落ち着ける場所、か」

 見ているだけで心が穏やかになってくるが、今はそれどころではない。首を振ってあたりを見回すと、大木から離れたところに、白い塊が横たわっているのが見える。近づいて確認すると、この陽光にやられたのか、穏やかな表情で寝ているソフィアがいた。

「警戒心…」

 前にも思ったことだが、どうも魔王らしさを感じられない。いくら戦火の届いていない地域だからといって、こうまで油断できるものなのか。

「おい、ソフィア…」

 流石にこのままにはしていられないと、身体をゆすって起こそうとしてみる。結構強めにゆすったおかげか、すぐに眉がピクリと動いた。

「うん…ん?」

 瞼が開かれると、相変わらず見た目にそぐわない美しい瞳がこちらを見つめる。

「よく眠れたか?」

 しばらくこちらの顔を見つめた後、よくある二度寝の姿へと戻っていく。

「…あと五分…」

「えぇ…小学生かよ…」

 しかし、その気持ちも分からなくはなかった。気温、湿度が適切に保たれたこの気候に、あたたかな陽光、澄んだ空気となれば、疲れのせいもあって眠くもなろう。ほのかに聞こえる鳥の囀りも、余計にそれを加速させてくる。

「まぁ、仕方ない…か」

 とはいえ、一人にもできなかった。次の飛行まで時間もあったため、自分もまたそれにならって横になってみる。自然と見上げた空は、幾らかの雲が浮かんでいて、かつての穏やかな夏の空に見えた。深い考え事をする間もなく、自分にも眠気が襲ってくる。少しだけと思い瞼を閉じると、そのまま開けなくなってしまった。


 結局、あの後二人とも目覚めることはなく、探しにきたリュカオンに起こされてしまった。お互い、旅に慣れていないこともあったのだろう。それはよく眠っていたそうだ。おかげで、身体の疲労はある程度緩和され、間近に迫った遺魔界に向けた準備もできたといえる。全部言い訳だが。

「何か、暗くなってきましたね」

 思わず、そう口にした。一時間も飛んでいないが、先程見えていた青空はどこへ行ったのか、あたりは暗雲が立ち込めていた。リュカオンも、何か悪い予感を感じているのだろう。しきりにあたりを見回しつつ、手綱を握る手には力がこもっていた。

「…もうすぐ遺魔界だよ。自然の少ない地帯だし、別に珍しい天候じゃないけど…」

 そう言いつつも、疑念は晴れていない。なにせ、経験の浅い自分でも、胸騒ぎが止まらなくなっていた。不意に、後ろから肩を叩かれる。

「ソフィア?」

 振り向こうとするが、いつにもまして速度が出ているためか、思うように首が動かない。

「塔夜、あれを…」

 後ろから指だけが出てきて、右前方を示される。その方向を見やると、クレーターが無数に出来た地帯が見えた。

「なんだあれ…」

 まるで、特大サイズの砲弾による絨毯爆撃でもあったかのような光景は、異質な雰囲気を発していた。会話の内容を聞いていたのか、リュカオンが前方を直視したまま答えてくれる。

「多分、遺魔界が持つ砲台だよ。射程の長さは噂でもよく聞いていたけど、まだ街も見えていないのに…」

 リュカオン自身も初めて見るのだろうか。どこか他人事のようで、余計に不安が募る。そうして飛んでいるうちに、クレーターとなった無残な地帯は、余計に数を増やしていった。とても生物が生きていける環境ではない。凄惨さから目を逸らすように前方を見てみると、何か紫色の光が見えたような気がした。

「何だ…?」

 その瞬間、ちょうどリュカオンは別の方向を見ていた。他への警戒心が、異変への反応を遅らせた。一瞬見えた光が、今度はより鮮明に、カメラのフラッシュのように見えた。

「リュカオンッ!」

 状況を説明する余裕はなかった。ただ無心に、危機を伝えなくてはと思ったことが、口から出た。

「イレミア!」

 リュカオンは、前方へ向き直る前に、手綱を大きく振るった。それに合わせ、イレミアが急速に高度を下げ始める。全身が下を向いたその時だった。先程までいたその空間を、紫色の光線が飲み込んだ。

「レー…ザー…!?」

 思わず、そう口から漏れた。剣だとか、槍だとか、魔法だとか、そういうファンタジーなものばかりだったのもある。突然のSFものに脳の処理が追い付かなかった。

「このまま森に突っ込むよ!」

 いつになく力強い口調でそう言うと、高度を下げながらも、その方向は近場の森へと向いていった。あと数十メートルで隠れられる―――そう思ったのも束の間、視界が急に白く眩く輝いた。

「(偏差射撃…!!)」

 読まれていた。イレミアが小回りの利かない飛竜だったことも災いした。避けられるだけの空間も、もうなかった―――

「氷盾ッ!!」

 切り裂く様な鋭い声と共に、自分たちに当たるはずだった光線が、直前で止まった。ソフィアの魔法によって、空間に巨大な氷の盾が形成されたのだ。イレミアがその空間を横切るとともに、氷の盾は儚く砕け散った。その様子を見ていたリュカオンが、笑顔で振り返った。

「流石!!」

 後ろの表情は見えなかったが、背後から右手だけが伸び、サムズアップが見えたので、多分笑顔なのだろう。一瞬詰んだかと思ったが、ソフィアが一緒にいたのが功を奏したようだ。姿勢を崩しつつも、なんとか深い森へと不時着したイレミアは、俺たちが降りるとともに横たわった。

「イレミア!!」

 様子を見ていたリュカオンが駆け寄っていく。傷はないようだが、死の直前というストレスはかなりキツイ。乗っていただけの俺も、まだ右手が少し震えている。

「大丈夫そうか?」

「…外傷はないからね。少し休めば、また飛べるようになるよ」

 イレミアを撫でる手も、すぐに止まる。どうやら、ここからは徒歩で動くようだ。

「…どのみち、砲台には近づけないと思っていたからね。ここまで殺意を込めてくるとは思わなかったけど…」

「まぁ、行くしかないよな…ソフィアの盾があれば、少しは希望があるか…?」

 ソフィアは先に砲台の様子を見ていたようで、森の奥から戻ってくる。

「多分、いけるとは思う。ただ、死角になりそうなところを見つけてからのほうがいいだろう」

 その言葉を聞いて、リュカオンが顎に手を当てて考え始めた。何か、心当たりがあるようだ。

「死角…なら、裏門だね。アルカディアさんが直に見ているあっちなら、確か砲台が少ないはず…って、ガイアさんが前に言っていた」

 自信満々にこちらを見てくるリュカオンだったが、その発言の信憑性を疑わずにはいられなかった。

「大丈夫なのか…でも、やるしかないのか」

「街にさえ入れば、対話の余地がある。事情を兵士にでも伝えれば、多分いける」

 どちらにせよ、選択肢はない、ということか。結局砲台の危険に晒されるなら、少しでもリスクを減らす方がいいだろう。

「…なら、それでいこう。警戒心を強めているだけならまだいいけど、もしこれが教団による影響の結果なら、一秒でも惜しい」

「うん。最悪、僕の槍で砲台は破壊する。できればしたくないけど、次善策ってことで」

 様子を見ていたソフィアが、近づいてきた。彼女が作戦立案にあまり加わらないのは、彼女自身がそれを嫌っているのか、あるいはそういうスタンスなのか。

「作戦は決まったのか?なら、さっさとやろう」

「頼もしいね。期待しているよ、ソフィアさん」

 ソフィアは返答することもなく、森の中を進んでいく。リュカオンもそれに続いていくので、イレミアを一度撫でてから、俺もそれに続いた。

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