第18話 夜空へ
「遺魔界だと?」
ガイアが聞き返してくる。執務中だったようだが、それどころではない。部屋にはちょうどリュカオンもいた。魔王が魔王の補佐をしている光景は、妙な感覚だ。俺は部屋に入ってすぐ、遺魔界が狙われていることを伝えた。ソフィアの姿は見えなかったが。
「はい。教団のメンバーと思われる者から、直接接触がありました。次の週末に仕掛ける、と」
「…統魔界に入っているとは思っていたが、こうも大胆に来るとは…」
口元に手をやりながら考えているガイアの横で、リュカオンはカレンダーを確認していた。
「…今日は月曜日ですから、言葉通りなら今週末…四日後には仕掛けてくる…と見ていいんでしょうか」
「どうだろうな…わざわざ接触してまで伝えてくるんだから、そう思いたいが…」
いつから話を聞いていたのか、後ろからソフィアがスッと出てきた。
「ここから遺魔界まで、どのくらいかかる?」
考える姿勢を崩さず、ガイアは答える。
「俺だけなら、二日もあれば着けるだろう。だが、戦力を考えると…リュカオン、ソフィア。二人に行ってもらいたい」
「そうなると、飛竜での移動になりますね。イレミアはそこまで速くないですから、そうですね…三日はかかるかと」
ガイアは眉間に手を当てながら考える。
「三日か…到着してからのことも考えると、準備できるのは実質一日だけ…」
「日程を早められる可能性もあります。そうなれば、現地についてすぐに戦闘になる可能性も考えなければなりませんね」
「…そもそも、それ自体が嘘で、狙いは戦力を減らした統魔界の可能性も…」
様々な思考が巡っているのか、ガイアは目をつぶったまま額にしわを寄せている。だが、まだ伝えなければならないこともある。
「…ガイアさん」
「ん?」
罠かもしれない。だが、彼の言動や行動には敵意を感じられなかった。あの時感じた違和感…確かめられるのなら、そうしたい。
「例の男なんですが、最後に、その…」
言い淀んでいると、ガイアは少し表情を和らげ、背もたれによりかかった。
「…言ってみな」
「…俺に…遺魔界に来てほしい、と」
「…何?」
一瞬和らいだガイアの表情は、困惑へと変わっていた。リュカオンも、ソフィアも同様だった。魔界へきて間もない、まだ知名度もない俺を、直接指名して誘っているのだ。教団側が一枚岩ではないにしても、あまりに妙な行動だ。
「彼は、俺の名前を知っていました。期待している、とも…」
「期待…?お前が戦ったのは、せいぜいソフィアとだけだろう。なぜ、塔夜を…」
再び、沈黙が流れる。意図があるのは間違いないが、真意が全く分からない。ガイアは額に手を当て、リュカオンは天井を見上げて困惑している。どうするべきか困っていると、ソフィアが口を開いた。
「誘うのならば、ガイアか私のような、魔王だろう。戦力的にも、罠だと感づかせたうえで動かすのならそうするべきだ」
「…ああ。塔夜を動かすメリットが見つからない。まさか本気で何かに期待している訳でもないだろうし…」
一つの考えが浮かんだのか、天井を見ていたリュカオンが、ガイアの方を向いた。
「個人的な目的…じゃないですか」
「…個人的?」
「えぇ。ディオニュソスもアレスも、本来組織に属するような連中じゃない。個人の目的を達成するためにいると考えるのが自然だと思います。実際、行動にもそれが出ている…とすると、その男もそうなんじゃないですか?」
リュカオンの理論に納得がいったのか、ガイアの額に浮かんでいたしわがなくなった。
「教団にとってではなく、一個人として…か。なるほど…」
「であれば、彼の言動にも信憑性が出てきます。言葉通り、週末を目途に仕掛けてくると」
「…統魔界を空けるわけにはいかない。だが、半端な戦力でも駄目だ。もし動くなら、リュカオン、ソフィア、それと…」
ガイアがこちらを見る。だが、その表情には不安が浮かんでいた。罠だとわかっている戦場に送り込むのをためらっているのだろうか。であれば、こちらにも決めていることがある。
「ガイアさん」
「…塔夜。お前は…」
「わかっています。でも、だからこそ知りたいんです。なぜ、俺なのか…教団のことは今でも謎ばかりで、その一端を少しでも知ることができるのなら、行く理由はあります」
こちらの覚悟に、ガイアは少し考えた。一度天井を見上げ、フッと息を吐くと、こちらに視線を戻した。
「…そうか…なら、止めはしない。ただし…」
語気を強めながら急に立ち上がると、ガイアはこちらの肩に手を置いた。
「絶対に、無理はするなよ」
「…はい。必ず帰ってきます」
こちらの返答に少しは安堵したのか、表情が和らいだ。俺も、もうしくじる気はない。ソフィアの時のように、不完全な形での決着は望まない。どうせやるなら、徹底的に勝ってやる。こちらの話が決まると、ソフィアが急かすように話し始める。
「時間がないのだろう?飛竜の状態は大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。三人くらいなら問題なく乗れます。ただ、飛竜も生物ですから。途中何度か休憩は貰いますが」
リュカオンも心の準備はとうに終えているのか、笑顔のまま立ち上がった。
「すまないな、リュカオン。いつも負担をかける」
「ほんとですよ。こんなに人使いが荒い統魔王なんて、ガイアさんくらいなんじゃないですか?」
「さぁな。前のは責任感が強すぎて駄目になったらしいし、このくらいがちょうどいいんだよ」
軽口を交わしながら、ガイアはリュカオンの肩を叩く。ガイアの表情は見えなかったが、代わりにリュカオンの表情が真剣さを増した…ように見える。
「こうしている間にも、遺魔界へ危険は迫っている…二人とも、準備はいいかい?」
「お、おう」
あまり直接話していないからか、緊張で少し詰まってしまった。一方のソフィアは、そもそも無言のまま頷いていた。表情も街の時とは違って無表情で、冷静なのか何も考えていないのか、よくわからない。
「なら、すぐに出よう。発着場までは距離があるから、馬車に乗っていくよ」
そうしてリュカオンとソフィアは部屋を出ていった。俺も出ようと扉の前まで行くと、ガイアから、一言だけ。
「必ず勝ってこい!!」
「…っ!!はい!!」
久しく聞いていなかった、ガイアの力強い言葉。初めて彼と離れての行動になる。胸に刻まれた決意を感じながら、部屋を後にした。
駆け足で城を出た俺たちは、城門の前にいた。いつの間に準備していたのか、馬車が城門前に用意されている。馬車の上にはいくつかの物資が積まれていて、おそらく飛竜に積む用の物だろう。
「いくら何でも早すぎ…」
そう思っていると、御者台から老紳士が下りてきた。軽い身のこなしは、見た目に反して若々しい。
「お待ちしておりました。リュカオン様、ソフィア様、月島様」
「ローレンスさん…手際よすぎ…」
呆気に取られてポロリと言葉を漏らしていると、横からリュカオンが出てくる。
「色々と、ありがとうございます。すぐに出発したいのですが、いけますか?」
「もちろんでございます。お話はすでにガイア様から。手狭ではございますが、お乗りになってください」
「敬語、使い過ぎだよ。そういうのいいって」
リュカオンは優しく諭しながら、急ぎ足で馬車へと乗った。ソフィアもすぐに、軽く会釈をしながら乗っていく。
「ローレンスさん。すみませんが、お願いします」
「構いませんよ。ささ、お早く」
皮袋に詰められた物資を受け取り、そこそこ値が張りそうな見た目の馬車へと乗り込んだ。内装もゴシック風で、いかにもな雰囲気だ。一応人目を気にはしているのか、カーテンは閉められている。まさか馬車に乗ることになるとは、貴重な経験になりそうだ。
「では出発いたします。揺れますので、ご注意ください」
相変わらず丁寧な言葉遣いだと思っていたのも束の間、猛々しい掛け声とともに、手綱の音が鳴り響いた。ゆっくりと進み始めた馬車は、ガタガタと音を鳴らしながら次第に加速していった。
「…えっと…」
あまり会話したこともない顔ぶれだったからか、馬車の中は随分と気まずい雰囲気だ。隣にいるリュカオンは何を考えているのか、ゆったりと座りながら目を閉じている。反対にいるソフィアも、見る風景もないからか、壁によりかかったまま静かにしていた。
「…あ、そうだ。リュカオン…さん」
あまりの気まずさに、こちらから話しかけると、リュカオンは僅かに微笑みを浮かべながら口を開いた。
「呼び捨てでいいよ」
「じゃあ…リュカオン。遺魔界って、どんな国なんだ?」
先程の会話では、遺魔界自体への言及はなかった。向かう先の事情くらいは聞いておきたい。こちらの質問に、何も見えない窓を見ながら答えてくれる。
「遺魔界ね…あそこは、遺跡や遺物が多く残っている場所、かな」
「遺跡に…遺物…」
静かにしていたソフィアも、案外同じ気持ちだったのか、少し明るい声音で話し始めた。
「あとは、鉱物族が多くいる国家だ。技術的には魔界随一の技術大国…の割に、遺跡として遺された砲台や砦が散乱している」
「統治している王自体が鉱物族だからね。歴代でも特に、自国の守りを優先して強化している魔王って印象かな」
「…守り?」
「うん。遺魔界の周辺も、昔から穏やかじゃなくてね、侵攻を妨害するために大量の兵器を製造、配備した結果、誰も攻めなくなった…そもそも戦争にならない国という方が正しいのかな」
戦争にならない国…魔界の状態を聞く限りだと、割と珍しい国家なのでは。そう思っていた時、ふと気になったことを口にした。
「遺魔界の王様って、どんな方なんだ?」
こちらの質問に、リュカオンはどう説明したものかと悩んでいた。見かねたソフィアが割って入ってくる。
「魔王序列第十位、鎧魔王―――アルカディア。歴代でも最高の魔鎧の使い手であるとともに、全身が遺物そのものでできている…特殊な魔王だ」
「全身が…遺物…?」
そもそも、遺物とは再現不可能なもののことを指すのではなかったのか。生物なのだから、再現不可能なのは当然じゃないのかと思ってしまう。
「まぁ、言いたいことは分かるよ。でも、見ればわかるさ…初見の感想が今から楽しみだね」
「なんだそれ…」
楽しみの一つとして取っておけ、ということなのか。実際、魔界での物事は見たほうが早いものも多かった。アルカディアという魔王も、例に漏れないということか。また小難しい話に入りそうなところで、リュカオンは息を吐きながら背もたれによりかかった。揺れる馬車に合わせて、ガタガタと揺れている。
「ま、今から現地のことを考えても仕方ないよ。どうせ行くのに三日はかかるんだから」
「それも…そうか…」
ここに来てからというもの、あまりいいことが続いていないせいか、不安気味になっているようだ。もう少し、ゆとりを持っていかなければ。そう思っていると、向かいにいるソフィアが、壁に頬杖を突きながら口を開いた。相変わらず品のない姿だ。
「リュカオンは、竜魔界をこんなに空けていいのか?同盟国があるのは知っているが、流石に一か月以上空ってのは…」
「大丈夫ですよ。どうせ自国の周辺は兄さんと弟が支配してますから。万が一攻められても、統魔界へ外交に来ているって一言いえば、国際条約で世界の敵にされる。ソフィアさんの方も似たようなものでしょ?」
「まぁ、な。私の場合は、首都そのものが今は機能していないから。帰っても、教団の脅威がなくなったと判断できるまで、市民を戻すわけにもいかない」
「お互い、今はフリーってことだね。だからこそ、今回みたいな急な無茶ぶりにも対応できる」
無茶ぶりだとは思っていたのか。しかし、ガイアとの関係を見るに、相当信頼し合っているのだろう。表情はいつも穏やかで、あまり無理をしているようにも見えない。
「そういえば、リュカオンも魔王なんだよな?やっぱり、魔王序列ってのに当てはまっているのか?」
思い出したかのような質問だったが、前から気になっていたことでもあった。雑談の流れで聞くものではないだろうが、この際だ。リュカオンの方も、そういえばという顔をしながら答えてくれる。
「言ったことなかったね。僕は魔王序列第四位。二位が兄さんで、三位が弟」
「…え、三人兄弟で二位から四位まで席巻してるってこと?」
「義兄弟だけどね。兄さんらがいるうちは、僕がこれ以上上位になることはないかなぁ…」
「どんな兄弟だよ…」
四位という事実に驚きもしたが、兄弟で上位をかっさらっているのも恐ろしい。単純な実力だけではないという話だが、それはそれで政治の手腕があるということでもある。あるいは民から信頼されているのか。リュカオンの人柄を見る限りでは、納得のいくことではあったが。
あれからもう二、三十分は揺られているだろうか。カーテンの隙間からちらりと見た風景は、自動車に乗っているようなスピードで移動しているようだったし、発着場というのは余程遠く設置されているのだろう。なぜ馬車がこれほど早く移動できるのかは、あまり深くは考えないようにした。
いい加減眠ってしまいそうな頃合いだった。揺られているせいで、眠いのに眠ることができない、絶妙に嫌な感覚を味わっていた。不意に、御者台が見える窓が叩かれた。
「まもなく発着場になります。下車の準備をなさってください」
リュカオンもまた同様だったのか、眠い目をこすりながら答えた。
「わかりました。流石に長いな…」
「前に見たときは、街の門まで飛竜で来ていたよな」
「そうだね。これだけ長いと、飛竜で送ってもらった方が早いから」
「なるほどね…」
皆揃って乗りっぱなしで凝り固まった全身を、動かせる範囲でパキパキとストレッチする。結局この後飛竜に乗りっぱなしになるのだが、それでも疲労感は少しでも取り払いたかった。そうしていると、徐々に馬車のスピードが落ちてくる。やがてゆったりと止まると、御者台から飛び降りる音が聞こえるとともに、馬車の扉が開いた。
「お疲れさまでした。発着場になります。足元に気を付けてお降りください」
俺は荷物の入った袋を肩にかけながら、慎重に下車した。
「ありがとうございました」
軽く礼をしながら言うと、ローレンスも返してくれる。
「いえいえ、これもわたくしの役目ですから」
礼を交わしていると、ガタガタと音を鳴らしながら二人も降りてくる。木製の馬車というのは、音は心地いいが乗り心地は褒められたものではなかった。リュカオンは降りてくると、馬車の上の方を見た。積まれている荷物はそこまで多くはないが、全員で持たなければ運べそうにない。申し訳なさそうな顔をしながら、ローレンスの方を向いた。
「じゃあ、荷物積みますから。すみませんが、もう少しだけ手伝ってもらえますか」
「えぇ、もちろんです」
荷物を下ろそうと馬車へ登る前に、ふと気になって発着場を見渡してみた。土台のように見える、大きな円形状のそれが発着するための場所なのだろう。石でできているようで、半径だけで五十メートルはありそうだ。右手には監視員でもいるのか、木造の建物があり、そのまた奥には、格納庫にも見える巨大な屋根があった。
「やっぱ、スケールでかいよなぁ…」
独り言を言っていると、後ろからリュカオンの声が聞こえてくる。
「塔夜君も、荷物運んでよ」
「あぁ、はい」
元々鍛えていた肉体は、ここでの過酷な修行やらなにやらでさらに磨かれ、ぱっと見でも重たい荷物を軽く持つことができていた。ただ、その横でリュカオンやローレンスはさらに多くの荷物を持っており、肉体的な違いを感じずにはいられない。
「向こうの大きな屋根の建物、あそこにイレミアがいる。とりあえずその前まで運んでもらえれば、あとは僕がやりますから」
「…了解」
木造の建物の前を通り過ぎ、見上げるほどの巨大な建物の前に荷物が積まれた。
「意外と量はないんだな」
「片道三日分、帰りの分は向こうに着いてから補給するんだ。あとは、アルカディアさん宛の荷物とかいろいろかな」
「ふ~ん…」
確かに、中身が書類だけの鞄もあり、単に向こうに行くだけというわけではないようだ。どうせならということだろうか。そんなことを考えていると、建物同様、巨大な扉が音を立てて開かれる。ちらりと中を見ると、柔らかそうな地面に、牧草にも見える敷物代わりの枯草が見える。その上に、いつかに見た白いワイバーン…いや、飛竜がいた。
「そういえば、あんな感じだったっけ…」
向こうでリュカオンが何か話しかけているようだが、ここからでは聞こえない。首や頭を撫でまわしているのがなんとか見える。
「飛竜は夜間の飛行を得意としない」
相変わらず音も立てずに横に立っていたソフィアが、そう言った。
「そうなのか?」
「あぁ。個体や種族にもよるが、大半の飛竜は昼行性だ。今回は急に決まったことだからな…無理をさせることに、抵抗があるんじゃないのか?」
「なるほど…」
それをわかっていながら、リュカオンは最初からすぐに行動することを決めていた。イレミアへの信頼もあるのだろうが、行動力の高さで言えばガイアに引けを取らない。彼もまた魔王ということなのだろう。イレミアも準備ができたのか、立ち上がるとこちらへと近づいてくる。一歩踏み出すたびに地面が少し揺れて、見た目通り相当な重量なのだと感じられる。
「お待たせ。荷物積むから、もう少しだけ待ってて」
「あ、あぁ」
そう言うと、置かれていた荷物を慣れた手つきで積み上げ、縛っていく。乗り手用の鞍の後ろには、ちょうど二人分は乗れそうなスペースがあり、その周りに荷物が付けられていった。五分と経たないうちに積み荷は終わり、再び発着場へと歩き出す。
「さ、僕らも行こう」
発着場へと歩き出した後姿は、得物の槍も相まって、竜騎士さながらの姿だ。
「いいよなぁ、ああいうの」
「何ぶつぶつ言ってるんだ、私たちも行くぞ」
「あぁ、ちょっと…」
足早に行ってしまうソフィアの後を、俺もまた駆け足で付いていった。
先に行っていたイレミアは発着場で伏せの姿勢を取っており、いつでも乗れる状態を維持していた。リュカオンは最後の確認か、荷物の締め付けをしつつ、イレミアの状態を見ていた。
「うん…大丈夫そうだね…」
なにやら独り言を話しているが、ここからでは聞き取れない。
「飛竜かぁ…まさか竜に乗れるとはなぁ」
「乗り心地は保証しないよ。飛竜は、速いのがウリなんだから。さぁ、乗って」
急かされるまま、鞍に足を掛ける。身体が大きいからか、鞍に乗るための足場と持ち手が付いていて、苦も無く背に乗れる。
「お、おぉ…」
馬にも乗ったことはないが、これはなかなか興奮してしまう。呼吸が深く大きいためか、身体の動きに合わせて少しだけ上下する。
「では、私も」
続けてソフィアも乗り込み、俺の後ろに座った。
「お前は素だと貧弱だからな。私が支えてやるよ」
「なんだ、嫌味か?流石に飛ばされはしないよ」
「どうだろうな」
妙に不安を煽ってくるが、まさか本当に吹き飛んだりしないだろうな。そう思っていると、リュカオンが一足飛びで乗り込んでくる。
「よっ…と」
「うおっ…身体能力たけぇ…」
若干の敗北感を味わいながら、鞍につけられていたベルトで自身を固定する。そのうえで、備え付けの持ち手をしっかりと握った。
「じゃあ、出発するよ。しっかり捕まっていて」
リュカオンが手綱を握ると、何もしていないのにイレミアは立ち上がる。もはや命令もいらないほど、互いを理解しているのか。思っているより大きな挙動に、持ち手を握る力が増す。
「っ…あ、ローレンスさん…」
不意に、遠くにローレンスが見えた。こちらに向けて手を振ってくれている。
「…ありがとうございました」
どうせ届かないからと、小さくそう呟きながら、手を振り返した。リュカオンもまた少しだけ手を振り返すと、すぐに手綱を握り直す。
「じゃあ、いくよ」
ちらりと後ろを振り返るので、持ち手に力がこもるのを感じながら頷いた。後ろから右手だけ飛び出してきて、ソフィアもサムズアップして返す。リュカオンは一瞬微笑んで、すぐに前を向いた。
「…飛び立て、イレミアッ!!」
普段の言動からは想像できない、キレのある掛け声とともに、イレミアはその両翼を大きく広げ、羽ばたいた。羽ばたくごとに急激に高度は上昇していき、すぐに発着場も見えなくなる。
「っ…(風圧で…喋れない…)」
なんとか呼吸はできるものの、一度に動く量が多いせいで、強烈な風圧が襲い掛かる。固定具のベルトがなければ、本当に吹き飛ばされていただろう。ある程度の高度まで来ると、リュカオンは右手に持った方位磁針で方向を確認し、向きを変えた。
「飛ばすからね、ちゃんと捕まっててよ!!」
風の音でとぎれとぎれに聞こえてきたが、何、と聞き返す前に飛竜はとんでもない速度で飛び始めた。ジェットコースターがかわいく見えるほどの恐怖を味わいながら、俺たちは夜空へと消えていった―――




