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終末戦争  作者: Terra
18/21

第17話 束の間の平穏

 人々の喧騒と、鳴りやまない人々の足音。初めて見た時も思ったが、地図上ではそれほど広くない国土なのに、ここまで活気があるのはやはり魔界の中心だからなのか。中世風の建造物に、石畳の道。そこに様々な種族の人々が行き交っている。

「ほんとに異世界なんだよなぁ…」

 ポツリと、無意識に言葉が漏れた。この世界に来てからというもの、休む間もなく修行に戦闘と、落ち着いて街の風景を楽しむなどできていなかったからだ。なにより、一か月ほどいたこの統魔界だが、ほとんど城の中にいたものだから街のことなど何も分からない。

「さて、どこから見たものか…」

 腰に手を当てながら考えていると、後ろからコツコツと歩いてくる音が聞こえる。振り返ると、結局いつもと変わらない服装のソフィアがいた。

「…その服、もう少し何とかならないのか…?」

 不意に漏れた言葉は、ギリギリ聞こえるかどうかという声量で、どうやらソフィアの耳には入らなかったようだった。

「…何だ?」

 少しだけ首をかしげると、なんてこともないかのように俺の横を通り抜けていく。相変わらずボロボロの服装は、みすぼらしさよりも痛々しさを感じて、あまり見ていて気持ちのいいものではない。

「どうした、行かないのか?」

 こちらの気も知らないのか、スタスタと歩いて行ってしまう。というより、リュカオンの時も思ったが、平然と街を歩く王というのはどうなのだろうか。

「…まぁ、変に気負いしなくていいけどな…」

 俺は独り言をつぶやきながら、小走りで付いていった。


 街を歩いていると、色々な発見がある。テイクアウトの出店や、胡散臭い露天商、今日の特番と言って新聞を売って歩く少年も見える。

「どこの世界も、こういうところは大差ないよなぁ」

「…そういえば、お前は宇宙界から来たんだったか」

 ずっと歩いていたソフィアの足が、ようやく止まった。お互い気になる店がなかったとはいえ、ここまでスルースキルが高い奴だとは思っていなかった。

「まぁな。ガイアから聞いたのか?」

 話しながら、道端にあるベンチに腰を掛ける。あれこれ見て回ったからか、少し疲れてしまった。ソフィアも同様に、俺の隣に静かに座った。

「あぁ。ある日突然現れた、奇妙な少年だと…そう言っていたよ」

「原因作ったのあの人だろ…」

 その点については流石にツッコミを入れざるを得ない。まぁ、ここに来たのは自分の意志だったが。

「お前は恵まれてるな…」

「…俺が?どうだろうな…」

 言われてみて、改めて思い返してみる。ここに来てからのことを思えば、それなりに恵まれている…と思いたい。ただ、元の世界のことを思えば、そうでもなかった。

「あっちの世界だと、どうだったんだ?」

「あっちって、宇宙界の?」

「それしかないだろ」

「それもそうだな…恵まれては、いなかったと思う。あんまり裕福でもなかったしな」

 言いながら、バイト尽くしの日々を思い出す。部活にのめり込みながら、時間を見つけてはバイトをしていた、元の生活を。

「貧乏だったのか?ある程度の教養はあるみたいだが」

「国が教育に力入れてたからな。実感したことはなかったけど…」

「そうか…少なくとも、生まれは悪くはなかったようだな」

「まぁ、な。でも、多少知識が増えたからって、何も変わらなかった。いや、そもそも、そんなことで、どうにかなるものじゃ…なかった…」

 不意に、幼い頃の記憶がチラついた。あまり思い出さないようにしていたからか、気分が悪くなるのを感じる。

「…お前も、訳アリみたいだな」

「お前も…?ソフィアも何かあったのか?」

 口にしてから、すぐに迂闊な発言だったかと後悔した。何もなく育った者が、こんなボロボロの服に、傷だらけの身体になるわけがない。まして魔王にまで上り詰めた存在だ。あまりにもデリカシーがなさ過ぎた。

「いや、悪い。やっぱなんでも…」

「私は、親を知らない」

「…え?」

 こちらの発言を遮るようなセリフに、一瞬反応が遅れた。数秒かかって、ようやく言葉の意味が理解できた。ただ、それに対して、どう返せばいいのか、俺には分からなかった。

「えっと…それは…」

「小さい頃から、路地裏のごみ箱を漁る、腐り切った毎日…生まれだけでも恵まれているお前は、もう少し喜んだほうがいい」

「………」

 そう言われては、返す言葉もない。なぜ話してくれたのかは分からないが、人にだけ喋らせておいて、俺が言わないのも違うと思った。

「俺には…父さんがいない」

「…片親、か」

「妹が生まれてすぐに、死んだらしい。顔も知らないから、現実味がないけどな」

 嘘を言った。顔は覚えている。ただ、記憶にフィルターがかかったように、思い出そうとすると苦しくなって、そこで止まってしまう。自覚のないトラウマのようだった。

「父さんがいない分、家は貧乏になって…仕方ないからって、アパートに引っ越したんだ。母さんは稼ぎが少ないから、俺もバイトで稼いで、それで家を…母さんを、支え、なきゃって…」

 言葉にしながら、家のことを思い出していた。何も言わず、言えず、行方不明になった俺は、今頃は捜索でもされているのだろうか。いや、金のない家だ。そんな余裕は、今の母さんにはないだろう。

「…泣いているのか?」

「へ…?」

 言われて、やっと気づいた。左側の視界が、少しだが歪んでいる。悲しいなどと思ってもいなかったが、本心は違うということだろうか。

「…変だな。なんとも、思ってないのに…」

「…いつか、帰れるといいな」

「そう、だな…」

 嗚咽もなく、ただ、視界が潤んだだけだったが、しばらくは動けそうもなかった。


 少しの間、二人揃ってベンチで休んだ。視界も元に戻り、改めて街の散策でもしようかと思ったのも束の間、すぐ隣からお腹の鳴る音が聞こえてきた。当然、近くにいるのはソフィアしかおらず、つい視線がそちらに行ってしまう。

「…飯でも食いに行くか?」

 変な話に付き合わせてしまった気もして、気晴らしも兼ねた提案だった。正直、俺もお腹がすいていたのもある。ソフィアは、一応恥じらいがあるのか、そっぽを向いたまま答えた。

「行く…」

 この場にガイアでもいればもう少し上手く誘えたのだろうが…いや、そもそも殺し合いをした者同士を一緒に行動させるとか、やはり彼の方が頭がおかし―――

「どうした?お前が誘ったんだろ?」

 色々考えている間に、やはりソフィアは先に行ってしまっていた。腹の虫を鳴らしていたのは一体どこの誰だったのか。

「あんたが腹すかせてたんだろうが…」

 悪態をつきながらも、いい感じの店を探しに歩き出した。


 街を歩くほどに、迷子になりそうだった。地図上ではかなり小さめの島という印象だったが、どう考えてもこの街は広すぎる。イメージと合致しないということは、あの地図の縮尺がおかしかったのだろうか。

「いい店…いい店…おっ」

 そんなことを考えていると、なにやらいい匂いが漂ってきた。焼肉の時のような、少し脂っこい匂いだ。いいかもと一瞬思ったが、一応女性であるソフィアがこのような店を好むのか。念のためと横を見てみると、口が半開きになった、いかにもお腹を空かせていると主張している姿があった。

「それで、いいのか…あんた…」

「よし、ここにするぞ。金はガイアがツケてくれると言っていたからな。食べ放題だ」

「少しは節度をだな…」

 そう思っていると、ソフィアは足早に店内に入っていってしまった。嗜好が合うという点で見れば、あながち悪い奴ではないのかもしれない。

「…腹、減ったな」

 考えもほどほどに、俺も店内に入る。木の扉を開け、中に入ると、案外馴染みのあるいい匂いがした。特徴的な意匠のランタンに、木造の酒屋にも似た風景は、いかにもな異世界の酒場といった感じがした。結構な数の客がいるようで、街の雰囲気に負けず劣らずの騒がしさだ。

「そうそう、こういうのだよこういうの」

 いつかに空想したイメージ通りの風景に、不思議と嬉しさが湧いてくる。ソフィアは既に席についているようで、丸いテーブルに椅子が二つ、対面するように設置された席にいた。

「こういう店、来たことあるのか?」

 俺は何気ない質問を挟みつつ席に座ると、メニュー表にくぎ付けのソフィアは曖昧なまま返してくる。

「あぁ…まぁ…」

 心は既に飯に行ってしまっているということか。しばらく待ってみたが、どうも決まっていないようなので、俺が先に注文でもしてみようかと声をかける。

「いいのあったか?」

「う~ん…」

「…どうした?」

 先程から、メニュー表を見てはいるものの、難しい顔をしたまま固まっている。嫌な予感がしつつも、まさかと思って疑問をぶつけてみる。

「なぁ、あんた…」

「…なんだ」

「まさか…読めない…のか」

「………」

 案の定、固まってしまった。いくらまともな教育を受けてこなかったとはいえ、文字が読めないとは思わなかった。執務とかどうしているのだろうか。

「俺にも見せてくれよ」

「あ、あぁ」

 そうして手渡されたメニュー表には、今まで見たこともない文字が連なっていた。英語に似ている気もするが、字体や単語がところどころ違う。せっかく空腹を満たせると思ったのに、これはない。

「やべぇ…全く分からん…」

「お前もか…」

 まさかソフィアにツッコミを入れられるとは思わなかったが、ここは長年のアルバイトの経験を活かす時。意を決して、店内を回っている店員であろう女性を呼んでみる。

「す、すみませ~ん」

「…!!はい!!」

 とりあえず、人違いにはならなかったようで、胸を撫でおろしつつ次の難関に挑む。

「え~と…おすすめって、あります?」

「おすすめ、ですか?」

 この反応はマズいか。

「そうですね…安いものならスパイスチキン…高くてもいいのであれば、トマホークステーキとかですね」

「トマ…ホーク…!!」

 聞き捨てならない言葉だ。ただでさえ肉を食べられる機会は少なかった。これを逃す手はない。

「では、トマホークステーキを二人分。あ、あと、飲み物ももらえますか」

「飲み物は…何にしましょう?大体はエールか…飲めない方にはジュースもありますが」

 エールは確か酒の一種だったか。異世界とはいえ、ここで酒に挑戦する勇気はない。

「俺はジュースで。ソフィアは?」

「ワインは置いてあるか?」

「ありますよ」

「じゃあ、それで。銘柄は任せる」

「わかりました。トマホークステーキを二人分に、ジュースとワインですね」

 手際よく手元の紙に書き記すと、店員はカウンターの奥まで行ってしまった。やはり、たとえ経験が少なくても、大体のおすすめくらいは仕込まれているものだ。我ながらお手柄といったところだろう。

「…ワインなんて飲むんだな」

 ふと、疑問に思ったことを口にする。ソフィアは、さも当然といった表情のまま答えた。

「普段から飲んでいたからな。お前こそ、酒がダメなタイプだとは思わなかったぞ」

「あっちじゃ未成年は飲んだらアウトなんだよ…隠れて飲んでるやつもいるが、俺はまだいいかな」

「細かいことを気にしているんだな。まぁ、本人がそれでいいならいいのだろうが」

 料理が運ばれてくるまでの間、俺とソフィアは他愛もない話をして過ごした。


 待つこと数分、やがて運ばれてきたのは、可食部だけで一キロは優に超えていそうな巨大なステーキだった。二人分と言ったためか、巨大な肉がドンとテーブルの中央に置かれていた。トマホークの名に恥じない、骨付きの素晴らしい肉だ。さりげない付け合わせのおかげか彩もよく、綺麗とすら言える。

「こ、これが…」

 統魔城で生活していた時も、綺麗と表現するべき素晴らしい食事は食べられていたが、こういうジャンクな雰囲気を楽しめるのは、外食ならではと言えるだろう。なにしろ、こういう巨大な肉を食べた経験など、ついぞなかった。ソフィアも同様に、輝く肉に目を光らせている。氷魔界も貧乏だと聞いていたし、こういう食事をしたことはなかったのだろうか。

「先、食べてもいいか?」

 肉に目が行ったままのソフィアが聞いてきた。というか、もう半分手が出ているようなものだったが。

「あ、ああ。どうぞ」

 あまりに食べたそうなので、譲らざるを得なかった。俺も先程から唾液が止まらないが、こうまでされては引き下がるほかない。せっかくだから骨を掴んで食べてやりたいが、大きすぎるためにナイフとフォークを使わざるを得なかった。

 ソフィアがナイフを入れると、見た目に反してスッと切ることができ、フォークもまたするりと入る。それを口いっぱいに頬張ると、無邪気な笑顔でうまそうに咀嚼した。

「では、俺も失礼して…」

 俺も真似て、口に入るかどうかのサイズに切り分け、フォークで突き刺した。肉の断面はランタンに照らされ、煌びやかに輝いている。

「…いただきます」

 頬張るというより詰め込んだようになったが、一口食べると肉汁が溢れ、口から漏れそうになる。

「う~ん…うまぁい」

 うまく喋ることはできなかったが、思わずそう口にした。一方ソフィアは、感想を口にすることもなく黙々と食べ続けている。もはや俺など眼中に無いようだ。

「こうしていると普通なんだけどなぁ…」

 ポツリと漏れた言葉も、ソフィアの耳には入らなかったようだ。俺も、今は楽しもうと肉を頬張った。


「ふぅ…食った…」

 多分、俺よりもソフィアの方が食べていたと思う。お互い、腹が膨れて動けない状態で、残り少ない飲み物を口にしていた。

「こんなに食べたの…久しぶりだな…」

 ソフィアが嬉しそうにそう語ると、ワインを一口含んで、味を噛み締めるように、楽しむように、ゆっくりと飲みこんだ。見たところ、赤ワインというものだろう。アニメや漫画でも、肉の油を流せるからとよく飲まれているが、ここでもそのようだ。

「案外、様になるんだな」

「失礼だな…酒の楽しみ方くらいは私でもわかる」

 ムッとした顔で言い返される。二杯目ということもあってか、多少は酔いが回っているのだろうか。表情が豊かになっている気がする。

「少し休んだら帰ろうか。今日は歩き回って疲れたよ」

「そうだな…帰る前に、ワイン買ってもいいか?」

「ほどほどにしとけよ…後でガイアに何言われても知らないぞ」

 お互い、気分が良くなってきたのか、軽口を混ぜながら談笑にふけった。


 お腹も落ち着いてきたころ、店を後にした俺たちは、本当に酒を買いに来ていた。

「リカーショップ?」

「酒を専門で扱う店のことだ。知らないのか?」

「だから酒飲めないんだよ…俺は待ってるからな」

 呆れていると、こちらのことなど気にも留めずに店内へと入っていく。魔王がこれでいいのか。

「ハァ…」

 自然とため息を吐きつつ、店の前で待っていると、フードを被った、灰色の長身の男が近づいてきた。百八十センチはあるだろうか。だが、深めに被ったフードからは表情一つ見えず、バックやら変な瓶が体のあちこちにつけられた姿からは、どこか異様な雰囲気が感じられた。

「…何か、用ですか?」

 警戒心を隠さず、俺はそう言った。いくら多様な人が溢れているこの街でも、これだけ主張されれば嫌でも警戒せずにはいられなかった。こちらの反応を見ているのか、あるいは他の何かか。男はしばらく俺を見つめた後、路地裏へと歩いていく。自然と目で追っていると、明らかにこちらを見ながら入っていく。

「………何だ?」

 言葉一つ発さず、路地裏へと誘うなど、囮にしてもあまりに杜撰だ。こうなってくると、逆に裏がないんじゃないかと思えてくる。

「…まぁ、乗ってやるか」

 わざわざ俺を選んでまで招こうというのだ。教団のことが頭から離れず、何より好奇心が勝っていた。いつでも魔眼を使えるようにしながらも、路地裏へと近づいていく。念のためと思いつつ、壁から頭だけを覗かせるように見てみると、そこには誰もいなかった。

「はぁ?一体何の…」

 弄ばれたかと思い、一瞬油断した。気を抜いた瞬間に、背後に先程の異様な雰囲気が感じられる。ずっと路地裏の方を見ていたのに、急に背後に現れるなど、一体何がどうなって―――思考が巡る前に、振り返って確認しようとした。だが、一瞬早く男に突き飛ばされ、立ったまま口と手を封じられて拘束される。

「ぐっ…!?(クソッ、やられた!!)」

 反射的にそう思うのも束の間、どこかで聞いたような、癖のある低音で話しかけられる。

「そう警戒せんといてくれや。こっちもオフで来とってな、あんまり時間かけられんねん」

 振り返ろうとするが、思っている数倍の力がかけられているようで、拘束を振りほどけない。特に口を封じている手が、頭の動きまでも固定しているようだった。

「次の週末、遺魔界の王様にちょっかいかけるんやけどな?お前さんさえよければ来てほしい思て」

「…?」

 何のことだ?いや、多分こいつは教団のメンバーだ。だが、わざわざ作戦を伝えに?罠か?いや、だとしたらなぜ俺に?

 様々な思考が一瞬で巡っていくが、答えも出ず、混乱ばかりが引き起こされる。

「これでも期待してんねんで。月島塔夜君」

「…ッ!!(俺の名前を!?なぜ、こいつが!?)」

 考える間もなく、フッと力が解かれると、思わずその場に倒れそうになる。急いで振り返るが、そこにはもう誰もいなかった。

「何だったんだ…今の…」

 あの特徴的な訛り、どこかで聞いたような気もするが、いや、それよりも、ガイアに伝えるべきか?裏も取れていない不正確な情報を?

「…考えていても、か」

 いつもそうだ。考えるほどに分からなくなる。相手が何を考えてるか分からないのに、こっちが考えていても仕方がない。

 路地裏を出て店の前まで戻ると、ちょうど満足そうな顔をしたソフィアが出てきた。二瓶ほど買ったようで、両手に一本ずつ抱えていた。

「なんだ、お前も入ればよかったのに。見るだけなら細かいこと気にしなくても…」

 混乱する思考に、返事をする余裕はなかった。ここで話してもしょうがない。とりあえず、伝えるだけ伝えなくては。

「…帰るぞ」

「あぁ、ちょっと…」

 ソフィアの返事も聞かず、俺は足早に城へと戻っていった。

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