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終末戦争  作者: Terra
14/21

第14話 弱者の覚悟

「てめぇの前じゃあ、もうこの格好もいらねぇな」

 そういってガイアは、フードもコートも丸ごと脱いで投げ捨てた。それと共に、どこにしまっていたのか、遺跡のような見た目のガントレットを装着している。思わず、小声で問いただしてしまう。

「おま…寒くないのか!?」

「動きが制限されるくらいなら、こっちの方がマシだ!」

 ガイアはすでに戦闘態勢に入っている。ただ、このまま中にいる少女を置き去りに戦うことはできない。せめて、港まで送ることができれば―――

「おやおやおやおやおやおや、まさかあなたが直接来るとは、思ってもいなかったですねぇ」

 突然、ソフィアと同じ方から、耳にへばり付く様な気持ちの悪い声が聞こえてきた。そうして出てきたのは、声の印象とは異なる整った顔立ちの、金髪の青年だった。葡萄のような実が付いた葉でできた冠に、場違いなほど豪奢な白衣を纏っている。

「…見ない顔だな。誰だ?」

「(ガイアも知らない奴なのか?じゃあ、もしかしたらあいつが…)」

「名前など、今はどうでもいいでしょう。それより、よろしいのですか?まさか、この状況のまま戦う気で?」

「誰に物言ってるんだ?(初戦にこれは、塔夜には荷が重いか…俺一人ならまだ…)」

「ガイア」

「…別に、離脱しても、誰も責めないぞ」

 一瞬、心が揺らいだ。この場から逃げ出し、ガイアに全てを任せても、きっと何とかするような―――そんな気はする。でも、それ以上に、もっと大切なことから逃げ出すような気がするから。

「ソフィアとかいう奴、任せてくれないか?」

「なっ…」

 こうやって、自分から意見するのは、随分と久しぶりな気がする。我儘なんて、母さんを困らせるだけだって抑えてきたし、頼れる相手なんて暁以外いなかったし。でも、今は違う感じがする。力量差は間違いなくある。一歩間違えれば、確実に死ぬ。でも、それでも―――

「なんとなく…やれるって思えるから」

 ガイアに倣って、動きを制限するだけの外套を脱ぎ捨てる。この装備も、ガイアにもらったものだ。なんでも与えられてばかりじゃ、俺は前へ進めない。

「…ハッ」

 ガイアが笑った。そんな馬鹿にされることかと一瞬思ったが、剣呑な雰囲気が消えている感じが緊張を和らげてくれる。

「じゃあ、そっち任せるぞ」

「おう」

 こちらの話が終わるのを待っていたのか、金髪の青年は腕を組みながら余裕そうな表情を浮かべていた。横にいるソフィアも、すぐに仕掛けてくる気はないようだ。

「…相談事は終わりかい?」

「ああ、待たせたな。変態野郎」

「…黙れ。貴様も大して変わらない格好だろう」

「黙るのはお前の方だ、エダメシア教団…!!」

「私をあんな低俗な連中と、一緒にしないでもらいたい!」

「そうかよ!」

 言葉を発した瞬間には、ガイアは既に、男の懐に入り込んでいた。反応する間もなく、左アッパーが腹部を突き上げる。信じられない威力で繰り出された一撃は、遠く見える城の近くまで吹っ飛ばしていた。

「ガハァッ…!!」

 宙に浮いたまま動けない男へ、ガイアはたった一度の跳躍で追いつく。そのまま空中で姿勢を安定させると、今度は左ストレートで街の外まで飛ばそうとした。しかし、男はガイアの想定外の方向へと吹っ飛んだ。

「…!?(こいつ、受けると同時に防御する腕を無理やり曲げて、飛ばされる方向を街中に変えやがった!?あくまで街の中で戦う気か…)」


 遠くに見えるガイアが宙を蹴り、地面へと突っ込んで、見えなくなった。きっと、ソフィアに集中できるよう配慮してくれたのだろう。

「どこまでも気が利く奴…」

「なんだ…お前が私の相手をしてくれるのか?」

「悪いな、お目当ての統魔王様は教団の方が気に食わんらしい」

「私の相手が務まるとは思えないが…」

「やってみなければわからないだろ?」

「そうか…」

 ソフィアの持つ小枝のような杖が、こちらへと向けられた。雪よりもなお白い肌、色素が抜けたような銀髪。肩口で乱雑に切られた髪は、強まる風の中でも静かに揺れている。こちらを冷たく見つめる瞳は、深いマリンブルーのような色だ。纏っている薄い外套は、白を基調としながらもところどころ裂け、端々が凍り付いている。だが、不思議とみすぼらしさはない。一方で、むき出しの肌には、無数の傷跡がある。少しだけ、刀を抜く手が止まってしまうような、そんな悲しさを―――いや、幼さを感じさせた。

「こいよ、氷魔王」

 言葉を発した時には、無意識に魔眼を使っていた。寒さも感じないほど、身体は熱を帯びている。呼吸は落ち着き、視界は明瞭になっていく。もう、恐怖はない。

 静寂が流れる。風だけが勢いを増し、積もった雪を舞い上げて吹雪へと変わっていく。一瞬、ソフィアの姿が吹雪に隠された。互いの姿が見えなくなったその時、かすかにひび割れるような音が聞こえた気がした。反射的に頭を逸らすと、左耳の真横を、凄まじい勢いで氷の槍が通り過ぎていく。

「(こんなの当たったら死ぬだろ…!?)」

 だが、槍が通ったおかげでソフィアまでの視界が晴れた。機を逃さないため、一気に距離を詰める。刀が届く直前の間合い。だが、あと一歩のところで、今度は地面が軋んだのを感じた。慌てて後方へ跳ぶと、地面から氷の塊が、壁のように突き出してくる。

「遠距離攻撃に、氷の壁での近接対策…」

「どうした?まだほんの牽制程度だが…」

「今に見てろ、すぐにその減らず口も叩けなくなるぞ」

「どうだか」

 氷の壁が塵になると同時にソフィアが一歩踏み出すと、瞬く間に一直線上の地面は凍り始め、短いつららが生え始めた。

「(地面丸ごと凍らせるつもりか…まずいッ!)」

 回避するため、近場の屋根へと飛び移ると、先程までいた場所は氷の針山の様で、足場すら残っていない。

「(氷さえ使えれば何でもありか。能力の性質を考えれば、多分杖を経由しなくても発現できるんだ。だが、少し目を凝らせばわかる…魔素がとんでもない勢いで減っているのが。ガイアが言っていた通りだ。なら、やることは決まっている!!)」

 ソフィアが、今度は一歩引いたのが見えた。場所を変えて高威力の魔法を使う気だろうか。引かせはしないと疾駆した足が軋むのを感じる。凍えるほどの寒さのせいか、熱いと感じるほどの身体が、まだ思った通りに動かない。こちらの対応を見て、ソフィアが一瞬、驚愕の顔をするとともに、再度杖がこちらに向けられる。

「また槍か!?芸がないな!」

「それはどうかな?」

 向けられた杖の先端に、やはり槍のような形状が形成されていく。避けるため、方向を見定めるために凝視していると、突然、氷の槍にひびが入った。

「(まさか、砕いたのか!?)」

 無表情のままソフィアは槍を放った。ひびに沿うように槍は砕け散り、散弾銃のように飛んでくる。

「チッ…!?(避けられない!!)」

 防御した腕は反射的に顔を守り、腕と腹に氷の棘が刺さる。わずかだが、防御は間に合った。しかし、練度が不足しているせいか、少しだけ血が滲む。

「うぐっ…(防御習ってねぇんだよ…!!)」

「その程度で出血か。どうやら、戦いには不慣れらしい」

「生憎と、平和主義でね」

 煽るためか、わざわざ足を止めてくれた。この好機を逃す手はない。

「そうは見えないが」

「あんたが過激なだけだろ!!」

 言い返すと同時に屋根を蹴る。屋根を走っている間に刀は納刀してあった。剣術で最も速いのは、居合だ。この状況で放つには最高の一撃。

「(防御も間に合っていない、決めるッ!!)」

 瞬間、腹部に鈍い衝撃が突き刺さった。体が跳ねるのを感じる。これは、氷か。氷の塊が腹を突き上げたのだ。強烈な痛みに襲われ、地面に叩き伏せられる。ノーガードの腹への一撃。力が、入らない。刀だけはなんとか手に収まっているが、うつ伏せのまま起き上がれない。足音が、近づいてくる。

「所詮この程度か。雑魚が」

「ッ…!!(今、なんて…)」

 今、なんて言いやがった、この女。舐めやがって、クソが!!俺が弱いことなんざ、テメェに言われなくたって分かってんだよ!!この程度でダウンするなんて、クソだせぇよ!!見下しやがって…!!俺は、俺は―――

「…俺はなぁ…ハァ…弱いさ…」

「あ?」

「テメェに…言われなくたって、そんなこと…俺が一番…知って、いるんだ!」

「ごちゃごちゃと…同情でもしてもらいたいのか?」

「ハッ…ハッハッハ…」

 乾いた笑い声だった。確かに、同情か。そんな気もするが…違うような気もする。俺が欲しいのは、同情なんかじゃない。

「俺は…俺はなぁ!!」

 見上げた瞬間、目の前には氷の槍が迫っていた。だが、こんなことだろうと予測していた。体は後方へと飛び、槍は刺さらなかった。先程までの痛みを感じさせない動きに、ソフィアの表情が曇る。

「…ブラフか…?(相当効いていたようだったが…)」

「いいや、覚悟完了ってやつさ」

 自然と、痛みは感じなかった。アドレナリンでも出ているのか。いや、そんなことはどうでもいい。先程よりも遥かに目は冴えている。恐怖を感じなかったのは、覚悟があったからじゃない。あれは無知だ。目の前の脅威を正しく認識できていなかった。今は違う。怖い―――だが、だからこそ、逃げたくないという意地にも似た覚悟が、今の俺にはある。

「もう、油断はしない」

「油断…?実力不足なだけじゃないのか」

「今に…わかるさ」

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