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終末戦争  作者: Terra
13/21

第13話 氷魔界

「さっむ…!!」

 船が進むにつれ、気温は急激に下がっていった。ガイアが事前に準備してくれていた、厚手の黒いコートを羽織っているが、そんなもの意に介さないといった寒さだ。船首に立って、朧げに見えてきた氷の塊を見つめる。大体こういうのって最初は森とか小さな街とか、そんなんじゃないのか―――と不満げにしていると、横からガイアが現れた。

「寒ぃなぁホント」

「こんな寒さ、あっちでも味わったことないな」

「そうか?ま、すぐに慣れるさ。それより、ほらっ」

 ポンと手渡されたのは、格子状の穴が開いた容器の中に、鈍く輝く石が入った物体だった。しかしこの形状、どこかで見たような気もする。

「…これは?」

「通信石さ。そいつに魔素を流し込みながら喋れば、そいつと元々一つだった他の石から同じ声が聞こえてくる」

「また魔素か…ちょっと便利すぎなんじゃないか?」

「逆だよ。俺たちが素因に頼りすぎてるんだ。本来なら、もっと原始的な方向性から技術を発展させるべきなんだろうがな。技術者連中も、素因の利便性から離れられないんだろうよ」

「あ~…俺も同じ立場なら、そうするかもなぁ」

 利便性の高さは魅力的だ。俺だって、魔眼の修行をすればするほど、常にこの状態ならもっと楽できるのかななんて考えてしまう。

「離れるつもりはないが…念には念を、な」

「持っておくだけ損はないか」

 使うような場面が来なければいいが…そう思いつつ、コートのポケットに忍ばせておく。

「さて…見えてきたな」

 朧気だった景色は、いつの間にか晴れていた。見えてきたのは、絶海に浮かんでいるようにも見える大氷河だった。というより、大地が全て氷と表現する方がいいかもしれない。どちらにせよ、とても人が住んでいるようには見えない光景だった。

「あれが、氷魔界…」

「あぁ、歩くときは気を付けろよ?街まで付けば違うだろうが、凍りすぎてて靴が引っ付くからな」

「えぇ…絶対人が住む場所じゃないだろ…」

「そんな場所でも故郷な奴がいるもんさ…さ、下船の準備だ。忘れ物はないよな?」

「大丈夫。持ってきたのは二日分の水と食料…あとは、頂いた刀だけだから」

 ガイアから頂戴した刀は、今は左腰に紐で垂らしてある。こういうのを確か、刀を佩くというのだったか。最初はグラついて不安だったが、一日もすれば案外気にならなくなった。

「そうだったな。着く前からフードは深めに被っておけよ。黒髪も黒目も、魔界じゃ珍しいんだからな」

「な、なるほど…」

 そう言われて、コートとは別に貰った、マフラー風のフードを被る。もこもこしていて少し暖かい。

「さてさて…どんな状況なのかな…」

 凍ったままの港へと横付けされた船は、人体ほどの太さを持った縄によって固定されていく。俺もガイアも、目深に被ったフードは怪しさ満点といった感じだ。ガイアの方は見た目でばれる危険性が特に高いからか、ほとんど目の部分しか見えていない。

「ほんとにその格好でいくのか…」

「仕方ないだろ。俺の魔界での知名度を舐めるなよ?顔を晒した瞬間一発だ…それよりも、こっから街まで歩いて十分ってところか。長くはないが、さっき言った通り足元には気を付けろよ」

「わかってるって」

 ガサガサと、水分を含んでいない雪のような音を鳴らしながら街へと歩き出した―――


「………」

 あれから十分以上経つ。天候は安定していたようで、特に苦も無く街へと辿り着けた。しかし、着いたはいいものの、街の雰囲気は異様だった。静寂を破るように、ガイアが口を開く。

「…人、いないな」

「…あぁ、どうもきな臭くなってきたな…」

 互いに、今すぐにでも襲われるような静けさに警戒心が上がっていた。見える景色には人がおらず、閑散とした街には無情な風だけが吹いていた。

「…調べるぞ。とりあえず、手当たり次第に家を回る。いなくなったんじゃなく、隠れているだけかもしれない」

「な、なるほど…確かに」

「警戒は解くなよ」

 先程までと同じ足とは思えないほど、一歩一歩が重く感じられる。こういう雰囲気は初めてだ。元の世界では味わうこともなかった感覚に、息が詰まりそうになる。最初に、一番近くにあった家に向かった。物音ひとつ聞こえず、中からは人気を感じられない。どうしたものかと様子を見ていると、ガイアは堂々と扉をあけ放った。

「誰かいるか!」

「ほんと物怖じしないよな…」

 しかし、何の反応もなかった。部屋の中も真っ暗で、誰かがいても気づかないだろう。ガイアは、手持ちのバッグからランタンを取り出し、灯りを付けた。物は散らかったまま片付けられておらず、何かがあったのは明白だった。ただ、死体やら血痕やらは見えず、慌てて逃げたような印象を受ける。

「…次に行くぞ」

「お、おう…」

 改めて街の様子を見てみる。建物自体は綺麗そのもので、とても戦闘があったとは考えられない。人だけがいなくなったような感覚だ。ここからでもよく見える城に向けて、一直線上に家がずらりと並んでいる。

「俺はこのまま、こっち側の家を城に向けて真っすぐ見ていく。お前は反対側を見ていけ。それと、もう一個のランタンだ。おそらく、どこも真っ暗だろうからな」

「…了解」

 ランタンを受け取った俺は、ガイアとは反対側の家を見ていく。やはり、どこの家も灯り一つ点いておらず、中もからっぽだった。遅かったのか、あるいは布告された時点で手遅れだったのか…様々な思考が巡っていた時、ある家の扉の前で手が止まった。中から、すすり泣く様な音が聞こえてくる。罠か、あるいは単に住人なのか。震える右手を、ランタンを握ったままの左手で抑え、意を決して扉を開いた。

「…だ、誰かいますか~…?」

 声さえも震えていた。恐怖というより、緊張にも似た感覚だった。明かりで部屋の中を照らしてみるが、人影は見えない。だが、扉越しに聞こえていた泣き声が、今度は明瞭に聞こえてくる。誰かが、いる。

「…俺は、敵じゃないですよ。誰かいるなら、話を聞かせてくれませんか?」

 できる限り優しい声を作ろうとしたが、警戒しているのは隠せなかった。部屋の細部まで見回していると、奥にあったもう一つの扉が少しだけ開いた。覗いてきたのは、まだ十歳そこらの女の子だった。

「…お父さんや、お母さんは…一緒じゃないのか?」

 入口から動かず、声だけをかける。多分、今近づいたら余計に怖がらせてしまうだろう。こちらの質問に対し、少女は首を横に振った。両親もなしに、この状況で一人か―――と思ったのもつかの間、横から白い犬が飛び出してくる。飼い犬だろうか、首輪が付いていた。

「君の家族?」

 次いでの質問にも、少女は頷くだけで声を発しようとさえしない。まだ警戒されているのか、あるいは恐怖か。いずれにしろ、今は具体的な話は聞きだせないだろう。

「お前が守っていたのか?」

 警戒心はあっただろうが、敵意はないと判断したのか、犬はゆったりとした足取りで近づいてきた。頭を撫でてやると、いい顔で笑ってくれる。

「ちゃんと付いていてやれよ」

 犬が主人であろう少女のもとに戻ったのを確認し、家を出る。反対側では、相変わらず収穫がないであろうガイアが落胆した顔でいた。

「ガイア、生存者だ」

「いたのか!?」

 ガイアが駆け寄ってくる。その顔は、驚愕と喜びが混ざった顔に変わっていた。

「あぁ、この家だ。ただ、見つかったのは女の子一人と、犬が一匹だけ。話が聞ける状況でもなさそうだ」

「そうか…とりあえず、保護だな。最悪、港まで行けば統魔界の船で匿える」

「じゃあ、一回港まで戻―――」

 その時だった。急に、風が止んだ気がした。背筋が一気に凍り付く様な感覚に、反射的に振り返る。城へと向かう一本道。その先から、突如として氷の槍が飛んできた。

「なっ―――」

 反応が間に合わず、鼻先まで届いた氷は、刺さる直前に砕け散った。ガイアがギリギリ対応してくれたみたいだ。避けようと後ろに重心が行っていたせいで、腰が抜けたようにへたり込んでしまう。

「大丈夫か?」

「あ、あぁ、大丈夫だ」

 正気を取り戻すように、首を横に振って立ち上がる。足元を見ると、砕かれた氷は塵となって霧散していた。

「これは…」

「いくつか状況は想定していたが、嫌な方が当たったみたいだな」

 飛んできた方を見やると、道の真ん中に、白い外套を纏った銀髪の少女が立っていた。ここまでの情報と併せて考えると、おそらく―――

「あれが…」

「あぁ、間違いない。魔王序列第九位、氷魔王ソフィアだ」

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