第10話 火種
あれからさらに二週間―――もはや疑問など持つ暇がないほど、ただひたすらに修行に励んだ。内容は、とにかくガイアとの試合形式のタイマン。一回でも防御ができなかった一撃を当てるか、もしくは魔眼を使わせるか。俺に与えられた勝利条件はこの二つだった。今日もまた、血反吐を吐きながら打ち込んでいた。
「ハァ…ハァ…」
息が続かない。地に足をつけているのに息が切れる体験をするのは、小学生の時の体力測定以来だ。だが、同時に成長も感じる。以前までの、ガイアの笑みが消えている。何かが掴めそうな、そんな気がした。
「…既に魔眼の発現時間は十分を超えている。しかも常時全開のまま…才があるとは言え、この伸び方は…」
ぶつぶつと何かつぶやいているみたいだったが、今の俺には何も聞こえなかった。呼吸が整わないのに反して、意識はより鋭く、研ぎ澄まされてきている。剣道でも感じた、いわゆるゾーンに入っているような、そんな感覚に近かった。
「…ハァ…余裕が…ハァ…なくなって…来ているようだが…!?」
意識してきた敬語が、高まった興奮のせいか崩れてしまう。だが、意識はそちらには向いてはいなかった。
「よくやっている、と。そう言わせてもらおうか」
ガイアの目もいつになく真剣だった。もう少しだ。もう少しで、きっと―――
「シッ…!!」
意識する間もなく、身体は自然に動き始めていた。体感では、ほぼ瞬間移動にも近い高速の踏み込み。それに、自然と右腕が付いてくる。ドンッと、まるで重機がぶつかったような音がした。衝撃で、周りの地面と壁も、揺れていた。だが、無意識に放たれた居合の一刀は、ガイアの右肘と右膝で挟まれたまま、止まっている。
「(曲芸かよ、冗談だろ…!?)」
驚きをかき消すように、思考を切り替える。まだだ。まだ、これだけの動きでもガイアは魔眼を使っていない。
思考に帯びた熱に任せ、挟まれた木刀を力任せに押し込んでいく。片足立ちで、不安定な姿勢にもかかわらず、地面が悲鳴を上げるほどの力をかけても、ガイアは微動だにしなかった。しかし、視界の端で、ガイアの顔が歪み始めているのを捉えると、より一層力がこもっていく。
「チッ…」
かすかに聞こえた舌打ちに気を取られた瞬間、ガイアは、どこに力を入れたらそうなるのか、木刀を挟んだまま、右足で勢いよく地面を踏み込んだ。信じられない程の衝撃のせいで、修練場の地面がまとめてひび割れた。
「なっ…!?」
力がこもったままの右手は木刀から外れず、一気に体勢を崩されてしまう。それと同時に、衝撃の風圧で体がのけぞってしまった。だが、その時視界の端で、赤く光った気がした。しかし、それを確認する間もなく、風圧と衝撃に耐えられなかった体は、修練場の入り口まで吹き飛ばされてしまう。
「う、おっ―――!?」
勢いのまま、思いっきり背中と尻を打ち、痛みに耐えかねて、つい手を当ててしまう。
「いってぇ…はっ!」
強烈な痛みをかき消すように、先程見えた眼が頭をよぎった。少しだけ顔を上げ、先程までいた場所を見ていると、舞っていた砂埃が徐々に晴れてきた。そこには、眼を閉じたままのガイアが、止まっていた。木刀はまだ挟まったままで、時間が止まったかのような景色だった。
「………」
言葉も出ず、ただ見つめていると、少しずつ、ガイアの瞼が上がっていった。そこには、あの、見るもの全てを引き付ける、美しい魔眼があった。
「やっ…」
喜びのあまり、そこから続く言葉が出てこなかった。数秒間、互いにその状態で固まって動かなかった。
「ハッ…」
固まったままでいると、ガイアが突然破顔した。力が抜けたように見えると同時に、木刀を離すと、膝に乗ったままのそれを思いっきり叩いた。どういう原理か宙を舞ったそれを、上げた手のひらで受け止めると、今度は思いっきり俺の側に投げつけてきた。
「ちょっ…!?」
反射的に両手で顔を守ると、爆発でも起きたような衝撃音と共に、俺の真横に木刀が突き刺さっていた。
「はぁ!?」
「見事だ…と、素直に言っておこうか。少なくとも、最低限の力は身に付いたようだな」
「(いや、絶対納得いってないだろ!)」
思うところはあるようだが、一応認めてもらえるくらいには強くなれた…と思いたい。なんにせよ、この化け物に本来の力の一端を使わせたのだ。多少は喜んでも罰は当たらないだろう。
安心すると同時に、魔眼の持続が途切れ、急激に疲労が襲ってきた。たったの十数分。そもそも加減が未だつかめていない中、全力を出し続けるしかない俺にとっては、これが今の限界だろう。ここまでやってスタートラインと考えると、先が思いやられる。
「ハァ…」
疲労とは違う、落胆にも似たため息が漏れた。大の字に倒れたまま、動けなくなってしまう。そもそもこんな方法で強くなって、日本に帰れるのかもわからないのに意味があるのか。俺は何を目指していたのか。後ろ向きな考えがよぎっては消えていった。
「大丈夫か?」
気付けば、横には心配そうな顔をしたガイアが、こちらを覗き込んできていた。先程まであった威圧感は嘘のように消えており、普段の姿に戻っている。味方とはいえ、あの魔眼をあまり近くで感じていたくはない。
「…この世界には、あんたみたいな強いやつがゴロゴロいるんだろ?この調子で生きていける気がしないな…」
「ゴロゴロは言い過ぎだ。別に魔王を名乗っていても、大して強くない奴がいるしな」
「そうなのか?」
「生き残るための戦略を取った結果、残った奴もいる。まぁ、知略があると言えばそうかもしれないがな」
「へぇ…」
確かに、俺はまだ命を懸けた戦いを経験してはいない。この男が異常なだけ…という可能性もあるのか。
「少なくとも、俺より強い奴は魔界にはいねぇよ。歴代最長の在位期間を舐めるなよ?」
「当たり前だ。舐めたことなんて一度もない。はぁ…」
こうして軽口を言い合っていると、多少の悩みなんてどうでもよくなってくる。今はとにかく休みたい。
思考が回らないまま、重たい体を何とか起こす。伸びをしながら、体の状態を確認する。初日のような全く動けない状態は、特にここ数日はなくなっていた。この体も、ある程度魔眼に慣れてきた、ということだろうか。
「今日はここまでだな。明日からは、魔ノ力についての勉強会、とかどうだ?」
「…気にはなるけど、まだまだ実力不足なんだ。こんな調子じゃ、いつまで経っても足手まといになる」
「そうか…ま、やる気があるなら否定はしない。次は、魔眼を使っている俺から一本取ることだな」
「…冗談だよな?」
なんだか途方もない目標を設定された気もするが、いつかは乗り越えなければならないことだと、自分を納得させる。
明らかに落ち込んだ俺の姿を笑われながら、その場を後にしようとした二人だったが、そこに、慌てた様子の兵士が駆け込んできた。
「と、統魔王様!」
「その呼び方はやめろと何度も…いや、それより、火急の件か?」
兵士は息を乱したまま、何度も呼吸を整えようとしていた。横から見ていると、右手に紙のようなものを握りこんでいたのに気づく。
「ひ、氷魔界のソフィア様が、謀反を…!!」
「謀反…?今時、戦争吹っ掛ける魔王なんざ珍しくないだろ。相手はどこだ?」
「そ、それが…」
なにやら怯えた様子の兵士が、恐る恐る紙を手渡した。ガイアがそれを広げたので、つい、後ろからのぞき込んでしまう。そこには、見たこともない字が長々と綴られていた。
「…何語だ…?」
「なになに、相手はっと…」
慣れた様子で読み進めていたガイアの両手が、突然強張った。
「統魔界、だと…こいつは…」
明らかに、雰囲気が変わったのが見て取れた。これまで感じたことのない、異様な気配があたりを漂っていた―――




