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第四話 ハイロー

 蒼太は、ディーラーしかいないテーブルの前で足を止めた。


「ハイロー・ゲーム……」


 ディーラーがカードを一枚めくり、次にめくるカードが高いか低いかを予想するゲームだ。


「これなら、簡単だ」 


 蒼太はテーブルに着き、ゲームの参加を伝えた。

 ディーラーがカードをめくる。

 7♠


「High か Low か、お選びください」


 蒼太の眉間に皺が寄る。


「……7なら、確率は半々だよな?」


 言いながら蒼太は後ろを振り返った。

 そこに男の姿はない。


「……そうだった、一人なんだった」


 冷たい指先を握りしめる。

 選んだのは自分だ。後悔はしていない。


「……Lowで」


 ディーラーが次のカードをめくる。

 10♣


「Highです」

「……っ」


 蒼太のスコアが減少した。

 548 → 544


「……運だからな。こんなこともある……」


 乾燥した唇を舐め、蒼太は横に避けられるカードを目で追った。


――――


 カジノの片隅。

 柱の影から、蒼太の様子をひとりの男が見ていた。


 ダークネイビーのスリーピース、無造作なオールバック。

 男は腕を組み、柱に軽く体を預けて立っている。


「7♠なら、確率は半々。運試しのようなものでしたね。まぁ、外れましたが」


 男の唇に、わずかな笑みが浮かんだ。


「さぁ、頑張ってください。蒼太くん」


――――


【2回目】


 ディーラーがカードをめくる。

 Q♥


「High か Low か、お選びください」


 蒼太の表情が少し明るさを取り戻した。


「Qより高いのはKだけ。……Lowだ!」


 ディーラーが次のカードをめくる。

 K♠


「High です」

「はぁっ?! うそだろ?!」


 蒼太のスコアが減少する。

 544 → 540


 蒼太は横に避けられたカードに顔を近づけた。

 二枚重なってないし、折り目もなさそうだ。


 ディーラーを見ると、ディーラーは薄く微笑んだ。

 イカサマしてないだろうな……?



【3回目】


 次に出たカードは8♣だった。

 蒼太は腕組みをしてカードを見下ろす。


「……8より上は、9、10、J、Q、K。

 8より下は、A、2、3、4、5、6、7。

 つまり、下の方が可能性が多い」


 さっきからHighばっかりだし、そろそろLowが来てもいいはずだ。

 蒼太は顔を上げた。


「Low」


 ディーラーが次のカードを開く――3♥


「よっしゃあ!」


 思わずガッツポーズをして立ち上がる。


 端末のスコアが増加することを確認する。

 540 → 544


 蒼太はほっと息をついて席に座った。


――――


 柱にもたれて蒼太を見ていた男は、飲み物をスタッフから受け取った。

 小さな泡が浮かび上がるグラスを口に運ぶ。


 視線の先で蒼太が頭を抱えた。

 一度勝った後、二度連続して負けた。


 男は小さく首を振る。


「基本の考え方は合っていましたが、見落としています。

 既に出たカードを除外し続けなければいけません」


 ひとり呟いた男は苦笑を漏らした。


「……誰に向かって、私は解説をしているのでしょうね」


 その視線の先で、蒼太の予想が、また外れた。


――――


 三回連続で負けた蒼太は端末の数字に目を落とした。

 532。

 ほぼ最初の値まで戻っている。


 はっ、はっと息は浅く、動悸がしている。

 脳裏に、妹の顔が浮かぶ。


「……このままじゃ」


 男がいれば、という思いが蒼太の頭をかすめた。

 あの時老人を助けなければ、今も男はそばにいて助言を――


「違う、俺は間違ってない!」


 蒼太は首を大きく振った。

 両手で頬を叩き、思考を切り替える。


「……あいつなら、どうする……?」


 男なら表情や動作を見たり、計算しそうだ。

 蒼太はディーラーを見上げる。


 ディーラーが蒼太の視線に気づき、わずかに首を傾げた。

 ……何も読み取れない。


 蒼太は視線を手元に落とした。


「計算なら、俺もしたのに……」


 蒼太はテーブルの上に開かれたカードを恨みがましく見た。

 ディーラーの手元の山札は、少し減っている。


 何かが引っ掛かった気がして、蒼太は首を傾げた。


 減った山札。

 開かれたカード。

 減った、山札。


 蒼太ははっと目を見開いた。


「出たカードは、もう出ない……!」


 後ろからクッと押し殺した笑い声が聞こえ、蒼太は振り返った。

 ダークネイビーのスリーピースを着た男が、口元を押さえている。


「……あんた……!」

「……すみません。当たり前のことを発見して嬉しそうにしているのが……微笑ましくて」

「どうせ俺は凡人ですよ……」


 口を尖らせた蒼太に、男は少しだけ目を逸らした。


「いえ、とても興味深い。

 やはり観察しがいがありそうだ。

 ……観察の対価として、助言が必要ですか?」

「……!」


 表情を明るくした蒼太に、男は続ける。


「ひとつだけ、条件をつけさせてください」

「……条件?」

「スコアの譲渡を二度と使わないこと。いかがでしょうか」


 もう、誰かが目の前でゼロになっても助けるなということだ。

 腕の端末の数字は、男の協力がなければ増えない。

 増えないどころか減る一方だった。


 ゼロになるわけにはいかない。

 妹のためにも。


 ――だれかが、ゼロになったとしても。


 目を閉じて奥歯をかみしめ、手を握りしめた。

 大きく息を吐いて、目を開いて男を見据える。


「……わかった」


 男は微笑んだ。


「では、ゲームを続けましょう」


――――


 蒼太は、再びハイローのテーブルに向き直った。

 男が立っている気配を背に感じる。


 ディーラーがカードをめくった。

 9♠


「High か Low か、お選びください」


 蒼太は開かれたカードを見ながら整理する。


「下はA、2、3、5、6が出てる。上はK、Q、J、10と8が二つ。

 Lowの可能性が高いと思う」

「同意見です」


 後ろから聞こえた声に、蒼太はディーラーへ力強く宣言した。


「Lowで」


 ディーラーがカードを表に向ける——6♥


「Low です」


 蒼太のスコアが増加する。

 532 → 536


「……やった」

「えぇ。あなたの力です」


 男が小さく微笑んだ。


 蒼太が予想し、男が自身の考えを述べる。

 意見が合えば自信となり、違えば理由を聞いてなるほどと思う。

 蒼太のスコアは増減しながら、回復に向かっていた。


「やったぞ!」


 蒼太は男を見上げた。

 男が小さく頷く。


「よくできましたね」

「ありがとう!」


 男は少しだけ、目を逸らした。


「……どういたしまして。そろそろ、ほかのゲームも試してみませんか」

「そうだな。テーブル、たくさんあるもんな」


 蒼太はテーブルから立ち上がり、端末の数字を確認する。

 548


 この調子なら、きっとすぐ増える。

 男が蒼太を振り返る。


「次はどのゲームに行きましょうか」

「おすすめは?」

「そうですねぇ……」


 蒼太は男の横に並び、歩き出した。

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