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第三話 バカラ

通り過ぎるテーブルを見ながら、蒼太は男の半歩後ろを歩いていた。

前を歩く男が小さく振り返る。


「バカラはご存じですか」

「……いや、知らない」


首を振った蒼太に、男はテーブルが見える位置で立ち止まった。


「バカラは、ただ賭けるゲームです。プレイヤーとバンカーにそれぞれ配られる2枚のカード。その下一桁がどちらが9に近いか、賭けるんです」

「それだけ?」

「はい」


蒼太が首を傾げる。

男はネクタイを直し、袖口のカフスが光を反射した。


「カードの点数は、Aは1点。2から9は数字通り、10と絵札は0点です」

「簡単というか……。運次第なんじゃ……」

「ええ。ですが」


表情を曇らせた蒼太に、男が小さく笑う。


「どちらに賭けるか、いくら賭けるか。そして勝ったときの配当をどう生かすかはプレイヤーの判断次第です。観察と判断次第で、有利にスコアを増やす余地はある――やってみますか?」

「……あぁ」


蒼太はバカラのテーブルに着き、その後ろに男が立った。

ディーラーが告げる。


「始めます」


他に五人のプレイヤー。

その中に見覚えのある顔を見つけ、蒼太は声を漏らした。


「あ……」


いつか目の前で転んだ老人だ。

老人も蒼太に気づき、わずかに目を見開いた。


「あなたは——あの時の」


蒼太は軽く頭を下げた。


「どうも」


ふと老人の端末が目に入り、蒼太は息を呑んだ。


19。

ゼロ寸前。

スコアがゼロになれば——社会から隔離される。


スコアを増やすため、ここに来た。

ゲームに勝てばいいんだろう、そう思っていた。


けれど、勝ちと負けはセットだ。

俺が勝つ時、誰かが負ける。

勝った瞬間、誰かのスコアが――


唾を飲み込んだ蒼太の隣で、男が微笑んだ。


「興味深いゲームになりそうですね」




ディーラーがカードを配り終え、蒼太はそっと老人を見る。

老人はプレイヤー側にベットした。

後ろから男が囁く。


「バンカー側です」

「……え?」


振り返った蒼太に、男は繰り返した。


「バンカーに賭けてください」


蒼太は思わず老人を見た。

皺の多い手は、固く握りしめられている。

その手首の端末には、19。

手を握りしめ、蒼太は口を開いた。


「………なぁ、あのおじいさんに……」

「彼に助言するなら、私はあなたに協力しません」


冷たい声に、蒼太は男を振り返った。

男は無表情に蒼太を見下ろしている。


「私の情報は、あなたの持ち物ではありません」

「……悪い」


蒼太は眉を下げ、視線を泳がせた。

男の助言がないと勝てる気がしない。

老人は今回は負けるけれど、次は勝つかもしれない。


男は表情を和らげた。


「あなたは妹さんのために、ここにいるんでしょう? さぁ、ベットを」


蒼太は、バンカー側にベットした。

結果はバンカー側が勝利。蒼太のスコアは増加した。

532 → 540


蒼太はそっと、老人のスコアを確認する。

15。

老人は手を握りしめたまま、動かない。

蒼太はその手が少し震えていることに気付いた。


ディーラーの声が響く。


「始めます」


ゲームが進むたび、老人のスコアが減っていく。

老人の手の震えは体全体へと広がっていく。


蒼太はそわそわと落ち着かない。

540、548、552——

男の言う通りベットし、自分のスコアは順調に上がっているにも関わらず。


せわしなく視線を泳がせる蒼太に、男は囁く。


「気にする必要はありませんよ」

「……でも」

「彼は、負けるべくして負けているんです。あなたには関係ありません」


しかし、蒼太はそれでも老人から目が離せなかった。


老人のスコアは、ついに3になった。

このゲームで勝てなければ、ゼロになる。


ディーラーが告げる。


「最後のラウンドです」


老人は、残りのチップを全てバンカー側に賭けた。

蒼太は手首の端末に触れる。

蒼太の後ろで、男がわずかに目を細めた。


「何を考えているんですか?」

「……俺のスコアを、分ければ……」

「やめておきなさい」


男はため息をついた。


「あなたの目的は、あの老人を助けることではありませんよね?」

「……そうだ」

「それに——」


男は蒼太の両肩に手を置き、顔を覗き込むように微笑む。


「あの老人を助けても、どうせすぐに彼はまた負けます。無駄ですよ。プレイヤー側にベットです」

「……」


蒼太は俯き、プレイヤー側にベットした。

伏せられていたカードが開かれ、プレイヤー側の勝利が確定した。

蒼太のスコアが増加する。

552 → 560


次の瞬間、蒼太は立ち上がり老人のもとへ走った。

老人の片手を取り、自分の端末を老人のそれに近づける。


スコアの移譲申請。

老人は驚きつつも、震える指で申請を受諾する。

蒼太から老人へ、スコアが12移動した。


「……何をしているんですか」


背後で低い声を出した男を、蒼太は見ない。

老人の両手をとり、まっすぐに目を見つめた。


「もう、ゲームはやめてください。……あなたがゼロになるのを、俺は見たくない」


老人の目から、一筋の涙が流れた。


「……ありがとう。本当に、ありがとう」


老人は、立ち上がり——入口へと去っていく。

その背中を見送る蒼太に、男が声を掛ける。


「……覚悟の上でしたか?」


蒼太は男へ向き直った。


「……すみません。でも俺は……目の前でゼロになるのを、どうしても受け入れられなかった」

「では、私の協力はここまでとなりますね。あとは、ご自分で頑張ってください」


あっさりと背を向けて歩き出した男に、蒼太は深く頭を下げた。


頭を上げた蒼太は端末のスコアを確認する。

548。


「……一人で、やるしかない」

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