第二話 ポーカー
蒼太と男は、喫煙室のソファに座った。
男はタバコを取り出す。
「吸いますか?」
「いや、俺は吸わない」
男が火をつけた煙草から、煙が立ち上る。
煙を見ながら、男が口を開いた。
「……なぜ、カジノに?」
「妹のためだよ」
男は視線を蒼太へと移動させた。
「妹さん?」
「ああ。スコアが89まで落ちた」
蒼太は端末を見る。
「俺のスコアを分けても、足りない。だから——ここで増やすしかない」
男が煙草を口に含んだ後、煙をゆっくりと吐いた。
白い煙がゆらゆらと、天井へ昇っていく。
「妹さんは、何歳ですか?」
「18だ。まだ高校生」
「……なるほど」
男が蒼太を見て微笑んだ。
「教育もスコアを消費しますからね。学校、塾、受験——結果が出ればスコアは維持される。しかし、結果が出なければ——ゼロに近づく」
蒼太は膝の上に置いた拳を握った。
「……こんなシステム、おかしいだろ」
「おかしい? いえ、これが社会です」
男が笑い、足を組んだ。
「あなたの妹さんは——運が悪かった。それだけです」
「運じゃない!」
蒼太は立ち上がった。
男は意に介さない様子で煙草をまた口へと運ぶ。
「妹は、頑張ってた! でも、報われなかった。これは、システムが——」
「システムが悪いとして」
男が遮る。
「私たちに、変えられますか?」
「……っ」
視線を落とした蒼太から視線を外し、男は灰皿へ煙草を軽く打ち付けた。
「変えられないなら、利用するしかない。私のように」
蒼太は、男の横に座り直した。
「……お前は、何のためにここにいるんだ?」
男が吐いた煙が、喫煙室に薄く満ちている。
「…さぁ、どうしてでしょうね。忘れました」
「お前、人には聞いておいて…」
蒼太は男を睨むが、男は気にする様子はない。
煙草を吸い終えた男が立ち上がった。
「休憩は終わりです。次のゲームに行きましょう」
――――
蒼太と男はポーカーのテーブルを離れたところから見ていた。
「ポーカーをしたことは?」
「…ゲームで、少し」
ポーカーのテーブルには四人が掛けている。
その中の一人、若い青年の端末のスコアを見た蒼太は、息を呑む。
「……1,203?」
蒼太の視線を追った男が、あごに手を当てた。
袖のカフスがキラリと光を反射する。
「彼はまだ若い…あなたの妹さんとあまり変わらないのでは?」
青年は、自信に満ちた表情でチップを積み上げている。
「親がスコアを注ぎ込んだのでしょうね。良い学校、良い塾、そして良い就職先——」
男が微笑む。
「投資の理想的な成功例ですね」
「……妹と、何が違ったんだ…?」
蒼太は拳を握りしめる。
その横で、男はポーカーのテーブルを静かに見ていた。
しばらくして、男に促され、蒼太はポーカーのテーブルに着いた。
ディーラーが告げる。
「ファイブカードドローを行います」
「…ファイブカード」
首を傾げる蒼太に、男が囁く。
「配られた5枚のカードで役を作ります。途中で何枚か交換できます。最後に、最も強い役を作った者が勝ちです」
「……わかった」
ディーラーにより、カードを配られた。
【ラウンド1】
蒼太は手札を確認する。
♥3、♠3――ワンペア。
青年が一呼吸置き、まずは少額のチップを前に置く。
続けて、ゆっくりと別のチップを積み上げる――ベットだ。
周囲のプレイヤーも息を潜めてその様子を見守っている。
後ろから覗き込む男が低く囁く。
「このラウンドは、フォールドです。おそらく、若い彼はいい手札が揃っています」
蒼太は怪訝そうに振り返る。
「…なんで分かるんだ?」
「ベットまでの時間が少し長かったんです。さっき観察していた時、このパターンは手札がよいことが多かった」
「…わかった。……フォールド」
蒼太は小さく息を吐き、チップをテーブルに置かずにラウンドを降りる。
ドローで、青年はカードを交換しない。
続くベットラウンド。
青年はゆっくりとチップを追加し、さらに一段高く積み上げる――レイズだ。
ディーラーがカードをめくった。
ショーダウン。
青年の手札は――ストレート。
ポットにはすでに前ラウンドの少額チップが積まれており、青年は勝利としてそのチップを回収した。
青年の端末スコアが増加する。
蒼太は震える息を吐きだした。
ベットしなかったから、今回は損失はない。
【ラウンド2】
蒼太の手札は同じ模様が5枚――フラッシュがそろっていた。
目を輝かせた蒼太に、男が囁く。
「フォールドしてください」
「え? でも——」
「彼の手は、フルハウス以上の可能性が高い」
蒼太は男が視線で示した青年を盗み見た。
青年に特に変わった様子は見受けられない。
ただ静かにカードを見ている。
蒼太は自分の手札へと視線を戻した。
「…まさか」
観察でそんなことが分かるのか。
いや、可能性が高いと言ったから、あくまで予測だ。
予測は外れることもある。
手元にいい手札があるのに。
こんなチャンス、そうそう来ない。
ビギナーズラックというやつかもしれない。
蒼太を見ていた男が、ふっと笑った。
「自分を信じてみますか?」
「え」
「構いませんよ。私はあくまで助言役ですから」
蒼太は手札と男を何度か見た後、チップに手を伸ばした。
「……ベット」
そして迎えたショーダウン。
青年の手札——フルハウス。
チップが回収され、端末のスコアが減少する。
528 → 516
「……っ」
唇を噛む蒼太に、男が囁く。
「言った通りでしょう」
男の余裕な表情に、蒼太は歯噛みした。
【ラウンド3】
最後のラウンド。
蒼太の手札はスリーカード。
男が囁く。
「ベットしてください。勝てます」
「わかった」
蒼太は迷わず、チップを置いた。
「ベット」
ショーダウン後、チップが蒼太の前に集まった。
蒼太のスコアが増加する。
516 → 532
「……勝った」
男が囁く。
「少し増えましたね。この調子で、増やしていきましょう」
蒼太は男を見た。
「あんた、何者だよ」
男は答えず、唇の端を吊り上げた。
蒼太は、端末を見る。
「…俺は、お前の言う通りにしてるだけだ」
男がわずかに首を傾げる。
「何か、不満ですか?」
「……いや」
男は少し目を細め、身を翻した。
「そうですか。では、次のゲームに行きましょう」
蒼太はゆっくりとテーブルから立ち上がり、男の背を追った。




