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最終話 テキサスホールデム

 男は前を向いて歩きながら、隣を歩く蒼太へ話しかけた。


「ポーカーに種類があるのはご存じですか?」

「いや」

「以前に行ったのはドローポーカーといわれるものでした。そして」


男がポーカーのテーブルの前で足を止めた。


「これは、テキサスホールデムと呼ばれるものです」


 蒼太は男の横でテーブルを観察する。


「……カードの出し方が違うな」

「そうです。手元には2枚しか持たず、共通のカードがテーブルに公開されます。ここで読み合いが生じる」


 男はテーブルを見つめたまま、話を続ける。


「相手がどのカードを待っているか、ベットの仕方、心理的駆け引き……手札の情報量が上がり、戦略に幅が出ます」

「……頭脳勝負ってことか」


 その時、蒼太の端末が震えた。

 何気なく端末を確認した蒼太の顔から血の気が引く。

 白くなるほどの力で端末を握り締めた蒼太の手を見ながら、男が口を開いた。


「どうしました?」

「………妹が……、病状が悪化した………っ!」


 画面に映る妹のスコアは急激に落ちていた。

 緊急で医療を受けるために必要だったのか。

 足りなくなるかもしれない。

 咄嗟に端末を操作して、蒼太は自分のスコアから200を譲渡する。

 540 → 340


 端末を握りしめる蒼太から視線を外し、男は口を開く。


「なるほど。ご病気でしたか」

「……俺の家族はあいつだけなんだ。

 俺がスコアを稼がなくちゃいけないんだ……」


 蒼太と男は口を開かないまま、しばらくテーブルを眺めていた。



 蒼太がテキサスホールデムの席に着くと、横に男が座った。

 目を瞬いた蒼太に、男はテーブルに頬杖をつき微笑んだ。


「見ているだけにも、飽きましたからね。君も少し、助言なしでやってごらんなさい」

「そっか。わかった」


 蒼太は唇を舐め、手札と向き合った。

 手元には ♦9、♠K。


「…フォールド」

「私はベットです。流れをしっかり見ていてください」


 男は静かにチップを積む。

 フロップが公開される。

 ♦7、♠10、♣3。


 男の瞳の奥に冷たい光が揺れたことに蒼太は気付いた。

 ほんのわずかな揺れだった。

 きっと他の参加者は気付かなかっただろう。


 ターンのカードが公開される――♣K


 男は微動だにせず、手元のチップをわずかに前に押し出す。

 テーブルがざわついた。


 リバーがゆっくりとめくられる。

 ♦7


 男が、手持ちのカードを開く――Kのフルハウス。


 周囲のプレイヤーの視線が一瞬、男に釘付けになった。

 男は軽く笑い、視線を蒼太に向けた。


「運も実力のうち、というやつですね。参考になりましたか?」

「分かるか!」


 蒼太はプレイヤー達の様子を観察しながら、男とともにラウンドを重ねる。


「ベット」

「私はフォールドです」


「フォールド」

「ベットします」


「ベット」

「フォールドですね」


 数回目のラウンド。

 蒼太は手元のカードを確認する。

 ♦9、♣10


 「……ベット」


 隣の男も静かにチップを前に押す。


「私も、ベットします」


 他のプレイヤーたちも様子をうかがいながら、少額のチップをコール。


 フロップが公開される。

 ♠J、♥8、♣2


 蒼太の手元と合わせると、8, 9, 10, Jが揃った。

 ストレートが狙える可能性がある。


 ターンのカードがゆっくりめくられる。

 ♠Q


「……マジか」


 思わずつぶやいた蒼太の隣で、男が小さな声で囁いた。


「いい手札が揃ったのなら、たまには大きく勝負してもいいんじゃないですか」

「……それは、助言ですか?」

「さぁ。選択するのは君ですよ」


 蒼太のカードを持つ指にわずかに力が入る。

 男と出会ったころ、自分を信じた時は負けた。

 今回はどうする。


 男は助言だと肯定しなかった。

 テーブルにいる以上、男は対戦相手ということでいいんだろうか。


 男もベットしているから、いいカードを持っている可能性がある。

 罠か、誘導か――いや、関係ない。


 蒼太は深呼吸し大きなチップを前に出した。


「ベット」


 男は微笑み、コールした。

 他のプレイヤーも慎重にチップを追加した。


 リバーのカードがめくられる。

 ♣K


「……ストレートだ!」


 蒼太は手元のカードとテーブルのカードを広げた。

 テーブルにざわめきが走る。


 蒼太の耳に、男の小さな声がかすかに届いた。


「流れを読むのが上手になりましたね」


 蒼太は汗を拭いながら、男へ笑顔を向けた。


「ありがとうございます! あなたのおかげだ!」


 蒼太の端末の数字が跳ね上がる。

 340 → 600


「いいえ、私は何もしていません。

 あなたが引き寄せたんです――運命を」


 男はいつになく穏やかな笑顔を浮かべ、立ち上がった。


「観察はこれで終了にさせていただきます。頑張ってくださいね」

「なんだよ、急に」

「もうあなたに私は必要ないということですよ」

「どういう――」


 蒼太の視線が、男の端末に吸い寄せられた。

 0。


 ゼロ。なんで。


 さっきまであんなにあったじゃないか。


 お前は俺よりゲームが上手くて。

 ゼロなんてありえない。 


 男の手元にチップの山がない。

 さっき押し出したチップが最後だった?


 まさか――


「お前、わざと負けてたのか!」


 立ち上がった蒼太に、男は静かに手を上げて遮る。


「いいえ。これはゲームの結果です」

「お前が俺に負けるわけない! 譲渡禁止って言ったの、お前だろ?!」


 スコアを譲渡するため端末を近づけようとする蒼太に、男は一歩下がって距離を取った。


「譲渡ではありません。ゲームの結果です」


 男は微笑みながら言葉を続ける。


「君の善意を見られて良かった。ありがとうございます」

「こんなためにしてたんじゃない! 行くな! 頼む!!」


 男の腕をつかもうと手を伸ばす蒼太をいつの間にか近くにいたスタッフが牽制する。

 蒼太に背を向けて、ゼロになったものが行くという扉へ向かって、男は歩いていく。


「待てよ! 名前もまだ——」


 蒼太の叫ぶ声に、男が足を止めた。


「玖珂、です。さようなら、蒼太くん」

「馬鹿野郎! 玖珂の馬鹿――!!」


 再び歩き出し、玖珂はその扉を開けた。

 扉の向こうには白い光が満ち、どういう空間なのか判別ができない。


 玖珂は止まることなく光の中へと足を進める。

 振り返らないまま、玖珂が片手をあげたのが見えた。

 カフスの光が一瞬きらりと輝き白に飲み込まれ、扉が閉じた。



 俯いた蒼太の目に、数字が見えた。

 手首の端末に表示された数字は、増えたとはいえ必要な数字には届いていない。


「……玖珂なんて。

 観察、途中でやめたこと……扉の向こうで悔しがっても知らないんだからな」


 蒼太は袖で目元を拭ってカジノを振り返った。


――――


 白い光の中。

 玖珂は足を止めた。


「……なるほど。あのカジノは、『そういう場所』でしたか」


 玖珂は1度だけ、後ろを振り返った。


「また、会えるかもしれませんよ。蒼太くん」


 歩き出した玖珂の足取りは軽く、迷いのないものだった。

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