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三日月

「あっつ……」


露出の高い服装でも夏は暑い。本願寺月乃はため息をついた。


「まじむりぃ……」


「本願寺、あと少しだから」


目の前に積まれているのは今まで魔物が出没した場所をまとめた資料。被害と規模を色分けしていてそこから中心地を割り出す。


目の前の光太郎は自分と同じように位置を割り出す作業を行っている。


「被害が大きい物はこの辺りやんな。その周りに独立魔物、さらに底辺魔物って感じ」


四眷属は前例が少なすぎる。幻蝶谷と青藍学園はかなり離れているしそこから位置を割り出すのは難しい。


「点と点が離れすぎてて、線にならへん」


うちは手に持っていたカラーペンを机に放り出し、椅子の背もたれに深く体を預けた。クーラーの冷気が、汗ばんだうなじを撫でる。


「光太郎、これってさ……本当にひとつの場所から湧いてるんかな? 四眷属とか独立魔物がバラバラに動いてるんやとしたら、うちらのこの作業、一生終わらんのと違う?」


「……その可能性もゼロじゃない。でも、魔力の指向性は同じなんだ。どこかに『源』がある。それは間違いないよ」


光太郎は視線を資料から外さず、定規で地図上のある一点を指し示した。


「見て、この空白地帯。被害は出ていないけど、魔物の移動経路を逆算すると、みんなここを避けるようにして外側に流れてる」


身を乗り出して、その指先を見つめる。そこは地図上では何の変哲もない山間部だったが、言われてみれば周囲の「色」がそこを避けて円を描いているように見えた。


「……何もない場所、か。逆に怪しいなぁ。結界か何かで隠してるってこと?」


「おそらくね。本願寺、悪いけどもう一踏ん張りしてくれ。ここを特定できれば、このクソ暑い部屋からおさらばして、実地調査に行ける」


「実地って……山登りやん! 余計暑いやん!」


うちは「最悪やぁ」と叫びながらも、再びペンを手に取った。文句を言いながらも、その目は鋭く地図の空白を見る。


「しゃあない、うちがサクッと割り出したるわ。終わったら光太郎、冷たいアイス奢りや?」


「わかってるよ。ダブルでいいだろ?」


「トリプルや! 」


二人のペンが、再び地図の上を走り始めた。


地図の空白地帯を凝視していたうちの視界に、ふわりと何かが舞い込んだ。


「……? 蝶?」


窓を閉め切っているはずの室内。その淀んだ空気の中を、異質なまでに鮮やかな翅が泳いでいる。赤、青、金――毒々しいほどに塗り込められた極彩色の輝き。それは以前、幻蝶谷付近の資料で見た眷属の残滓によく似ていた。


蝶はまるで月乃を誘うように、彼女の鼻先でゆらりと速度を落とす。


「あ……」


光太郎が異変に気づき、口を開こうとした瞬間。


背筋に、氷を押し当てられたような悪寒が走った。


(――これ、資料のやつと一緒や。……気色悪い)


甘い花の香りに混じって、鼻を突くような腐肉の臭いが鼻腔をくすぐる。


迷わなかった。


「……見っけ」


反射的に伸ばした手が、空中でその極彩色をひっ掴む。


華奢な指先に力を込め、無慈悲に、そして一気に拳を握りつぶした。


グシャリ、と。


生き物の肉が潰れる音ではない。ガラスが砕けるような不快な硬質音と共に、月乃の手の中からどす黒い魔力が溢れ出した。


「本願寺!?」


光太郎の叫びと同時に、握りつぶした蝶の破片が黒い霧となって霧散する。


「光太郎、アイスは後回しや……。向こうから挨拶に来てくれたみたいやで」


手のひらに付着した粘つく魔力を、自分のショートパンツで無造作に拭った。その瞳からは先ほどまでの怠惰な色は消え、獲物を狙う狩人の鋭さが宿っていた。


「今のは……一体」


「零蝶の蝶やろ。うちらの方まで偵察にきたんか。どっちにしろ……うちらの場所は、ばれとる」


「鹿目さんが入れないようにしてるはずじゃ?」


「せやけどな。」


向こうはこっちが動くのを待ってるんやろうな。でもこっちの動向を探ってる。


「どうしたらええやろ」


どうにも解けない問いを口の中で転がす。アイスみたいにすっと溶けて幸せな甘さは絶対に残さないいつまでも口の中に残る苦々しい問い。


「どうしようもないかな。今は。とりあえず魔物の位置を探ろう。鹿目さんにこのことは報告。狙われてるのは白銀さんと流凪くん、あとはいのり」


「りょーかい」


***

大体の推測はついたからうちは家に帰ることにした。


「んじゃ、おつかれさん。うち帰るから」


「あ、待って一緒に帰ろう」


光太郎がすぐに荷物をまとめてこっちにやってくる。薄い茶色の髪の毛が揺れて揺れて───。


そのまま、うちの視界も揺れた。




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