甘味処
「爆・鏡花水月」
訓練場に響く爆発音。杏花の爆弾が譲羽さんの背後を狙う。羽衣を伸ばして私と譲羽さんのまわりをぐるぐる繭を作って防ぐ。
「雪月花」
立花の扇はくるりとブーメランのように弧を描いて私の手元を襲う。対応しようとするとすかさず私の羽衣をもう一つの扇で掬って掴み、一気に距離を詰めた。
「秋陽」
譲羽さんの銃弾が立花と私の境目に落ちた。反射で立花が手を離したときに羽衣の跳躍で大きく身体を反らして飛び上がる。
「月光・朧月夜」
限界まで伸ばした羽衣で二人まとめて巻きゆるく締める。
「「……参りました」」
杏花と立花が両手を挙げた。
「杏花と立花、凄く速くなったよね。立花は扇の使い方が洗練されたし杏花はタイミングが良くなった」
「あはは、陽翠に褒められると照れるなぁ」
杏花が照れくさそうに鼻をこすり、立花も「…精進します」と、少しだけ口角を上げて扇を畳んだ。
私達は訓練を通してかなり仲が深まった。
「はいはい、そこまで! 四人ともお疲れ様!」
パンッ、と勢いよく柏手を打ったのは譲羽さんだ。彼女は愛銃をホルスターに収めると、弾けるような笑顔で私たちの輪に飛び込んできた。
「いや〜、今の連携はシビれたよ! 陽翠の『朧月夜』、あのタイミングで来ると分かってても防げないね。まさに月明かりに化かされた気分だよ!」
譲羽さんは私の肩をガシガシと抱き寄せ、持ち前の快活な声で笑う。そのエネルギーに当てられて、訓練場の空気まで一気に明るくなった気がした。
「陽翠ちゃんは身軽さが天才的なんだよー!」
よーしよしよしと頭を撫でられる。髪がふわふわになってくすぐったい。
「でも、次は負けませんから」
立花が静かに、けれど闘志の宿った瞳で私たちを見つめる。隣で杏花も「そうそう! 今度はもっとドカンと驚かせてあげるんだから!」と拳を握りしめた。
「おっ、いい返事! その意気だよ二人とも!」
譲羽さんは満足げに頷くと、腰に手を当てて私たちを見渡した。
「よし、反省会も兼ねて今日は上がりにしようか。今日の夕飯は奮発して、街で一番の甘味処に寄って帰らない? 私の奢りだよ!」
『甘味』という言葉に、杏花と立花の目がキラリと輝く。もちろん、私も異論なんてあるはずがない。
「やったー! 譲羽さん大好き!」
「…三色団子、ありますかね」
はしゃぐ双子を眺めながら、私は解いた羽衣を丁寧に畳み、ふっと息を吐いた。
「陽翠も、何が食べたいか考えておきなよ?」
「ぜんざいがいいです!」
戦いの高揚感と、仲間と過ごす穏やかな時間。このギャップが心地よくて、私は少し乱れた髪を指先で整えながら、みんなと一緒に訓練場を後にした。
賑やかな笑い声と共に辿り着いたのは、訓練場の近くにある馴染みの甘味処。
暖簾をくぐると、お茶の香ばしい香りが私たちを包み込んだ。
「すみませーん! ぜんざい一つ、あんみつ一つ、三色団子一皿、それと桜餅を人数分……あ、いや、私は桜餅メインで!」
譲羽さんが元気よく注文を済ませると、すぐに運ばれてきた甘味に、皆の顔がパッと華やぐ。
「わあぁ……! 美味しそう! この宝石箱みたいなのがたまんないよね!」
杏花は目の前のあんみつに目を輝かせ、黒蜜をたっぷりと回しかける。寒天とフルーツの彩りが、彼女の弾けるような笑顔にぴったりだ。
対照的に立花は、手元の三色団子を愛おしそうに見つめていた。
「…この、淡い色合いが良いんです。一歩ずつ、味が変わっていくのが」
そう言って、一粒ずつ大切そうに口に運んでいる。
「あはは、立花は相変わらず渋いねぇ。私はやっぱりこれ! 春の香りが最高!」
譲羽さんは、葉の塩気と餡の甘みが絶妙な桜餅を、大きな口で幸せそうに頬張った。その豪快な食べっぷりを見ているだけで、こちらまで元気が湧いてくる。
私は、湯気が立ち上るぜんざいを手に取る。
漆塗りの椀を包み込む手のひらに、じんわりとした温かさが伝わってきた。
(……温かい)
匙ですくった小豆はふっくらとしていて、優しい甘さが口いっぱいに広がる。訓練で使い果たした身体の隅々にまで、その甘みが染み渡っていくようだ。
「陽翠、そっちのぜんざいも美味しそうだね! 一口交換する?」
杏花が茶目っ気たっぷりに笑いかけてくる。
私は「いいよ」と頷いて、自分の椀を少しだけ彼女の方へ寄せた。
「ふふ、みんなで食べると、より一層美味しく感じますね」
立花がそう呟くと、譲羽さんが「当たり前でしょ!」と立花の背中を軽く叩いた。
「美味しいものを食べて、しっかり休む! これも立派な訓練のうちなんだから。さあ、遠慮しないでどんどん食べなさい!」
窓から差し込む夕日は、私たちが囲む食卓をオレンジ色に染めている。
明日もまた、この仲間たちと高め合っていける。そんな確かな実感を噛み締めながら、私は二口目のぜんざいを口にした。
「ねえねえ、さっきの陽翠の『朧月夜』さ、あれどうなってるの?」
杏花が口いっぱいにあんみつを頬張りながら、身を乗り出してきた。
「一瞬、本当に月が落ちてきたみたいに視界が真っ白になって……気づいたら羽衣の中なんだもん! 反則だよ〜」
「ふふ、あれは光の反射を羽衣で操作してるだけだよ。杏花の爆弾の煙があったから、余計に綺麗に決まったのかも」
私がぜんざいのお餅を小さく切りながら答えると、立花が三色団子の最後の一玉をじっと見つめて口を開いた。
「……あれは、技術というより芸術に近い。陽翠さんの羽衣は、時々生きているみたいに見えます。私の扇では、あのしなやかさには追いつけない」
「立花はストイックだねぇ!」
譲羽さんが、二個目の桜餅をパクつきながら豪快に笑う。
「でも立花の扇の捌きだって相当なものだよ? 陽翠の羽衣を絡め取ったときなんて、私、後ろから見てて『おっ、これはいけるか!?』って思ったもん」
「…結局、陽翠さんのスピードに押し切られましたが」
「あはは! まあまあ、陽翠はうちの切り込み隊長だからね!」
譲羽さんは私を肘でツンツンと突き、いたずらっぽく笑った。
「でもさ、陽翠もたまには失敗することあるでしょ? ほら、この前みたいに、羽衣に自分で絡まっちゃうとかさ」
「えっ、ちょっと、譲羽さん! それは言わない約束じゃ……」
私が顔を赤くして俯くと、双子が同時に「ええっ!?」と声を上げた。
「陽翠ちゃんが自分に絡まる!? 見たい、それ絶対可愛い!」
「……記録、しておきたかったですね」
「二人とも、真顔で言わないでよ……」
「いいじゃない、人間味があって! 完璧すぎるより、ちょっと隙があるくらいがリーダーとしては可愛げがあるってもんだよ」
譲羽さんがそう言って私のお椀に自分の桜餅の葉っぱ(塩気担当)をひょいと乗せてきた。
「ほら、甘いものばっかりだと飽きるでしょ? これ食べて、また明日からバリバリ訓練しよ!」
「……はい。ありがとうございます」
結局、最後はいつものように譲羽さんのペースに巻き込まれて。
「あ、そうだ! 陽翠ちゃん、さっき髪の毛ぐしゃぐしゃだったから後で私が編み直してあげようか?」
杏花が自分の三つ編みを揺らしながら提案してきた。
「杏花は編み込み得意だもんね。私は……すぐ力んじゃって、結び目が固くなるから苦手だけど」
立花が少し悔しそうに、自分の扇でパタパタと自分を仰ぐ。彼女の扇の使い方はあんなに繊細なのに、裁縫や髪結いになると途端に不器用になるのが、立花らしいギャップで面白い。
「いいの? ありがとう、杏花。……でも、そんなに複雑なのはやめてね? 解くのが大変だから」
「任せて! 陽翠ちゃんの髪って、光が当たるとキラキラしてて本当に綺麗だから、やりがいがあるんだよね〜。譲羽さんもやる?」
話を振られた譲羽さんは、お茶をズズーッと飲み干して大きく首を振った。
「私? 私はいいよ、どうせすぐ暴れて崩しちゃうし! それに私は、こうやってみんなが仲良くしてるのを眺めてるのが、一番の『栄養』なんだよね」
譲羽さんは満足げに目を細めて、私たち三人を見渡した。
「陽翠が羽衣を舞わせて、双子がそれを追いかけて……。訓練は厳しいけど、あんたたちが一緒なら、どんな困難だって笑い飛ばせそうな気がするよ」
「……譲羽さん、急に真面目な顔して。桜餅、もうなくなっちゃったからですか?」
私が少し揶揄うように言うと、譲羽さんは「あ、バレた?」と茶目っ気たっぷりに笑った。
「でも、本当のことだよ。この四人でチームを組めて、私は最高に運が良いと思ってる。……さて、お茶のおかわり、誰か行く?」
「あ、私が行きます!」
「……私も。お団子の後に、もう少し渋めのお茶が飲みたいです」
立ち上がった双子の背中を見送りながら、私と譲羽さんは顔を見合わせて、どちらからともなく小さく笑った。
甘い甘い時間。
(いつまでこんな風に過ごせるんだろう)
そんなこと考えた瞬間から。
終わりは始まりかけてるのかな。




