幕間・衣替え
「えーと……これはまだ着る。これはいらないかな」
部屋の中、私はたくさんの服を床に広げていた。春の過ごしやすい温度を手放して夏の暑さへ向かうための準備をする。
衣替えをするときに服を出してると一着一着に思い出が詰まっていた。
「あ、これ初めて桜月さんに買って貰ったやつ……これは麗奈と遊びに行ったときにきたやつでこれは出帆とスケート行ったときの……」
白いハイウエストのスカートに黒い袖口にフリルのついたブラウス。太陽の色のワンピースにざっくりした編み目のニット。
思い出を眺めながら一つ一つ衣装ケースにしまっていく。
「これは……着れないかな」
流行りのデザインで買った物でよく着てたけど今見ると着たいとは思えない。
「陽翠。いらない服、リビングでいいよね?」
「うん」
出帆の手には何着かの服。パーカーやニットやらトレーナーやら。私も何着かいらない服をまとめてリビングに向かった。
「不思議だよね。流行りでたくさん着ててもすぐにいらないってなっちゃう服とずーっと着てても飽きない服があるんだから」
「確かに。服は似合う似合わないもあるけどさ。自分が自分らしくいれる服っていうのがいい服なんじゃないかな」
自分が自分らしくいれる服。ふわふわのスカートやフリルは私の好きなデザインで桜月さんが選んでくれて麗奈が褒めてくれて出帆がかわいいっていってくれたもの。
「私らしい服、かぁ……」
出帆はまだあったらしくて部屋に取りに戻っている。
リビングにできた服の山を見ていると一つの悪戯心が芽生えてきた。出帆の服の山の中からさわやかな青緑色のパーカーを手に取る。
私は152㎝で出帆は172㎝。身長差も体格差もかなりあってパーカーは大きい。
私は部屋に戻ってそのパーカーに袖を通した。
「いーずほっ!みて!」
「んー?」
振り返った出帆の顔が驚きに満ちていく。
袖はかなり大きくて指先まですっぽり隠れている。裾も私の太ももまであってワンピースみたいな雰囲気。
彼シャツ。ってやつ。
「……それ、僕のパーカー?」
出帆は手に持っていた服の束を棚の上に置くと、まじまじと私を見つめた。
少しだけ顔を赤くして、でもどこか嬉しそうな、困ったような。
「うん! 大きくて、なんか落ち着くかも」
私はわざと袖を振って、ぶかぶかの生地をアピールしてみる。指先さえ見えない萌え袖の状態。自分の服を着ているときよりも、出帆の香りがふんわりと鼻先をかすめて、なんだか包まれているような気分になる。
「……反則。確信犯でしょ、それ」
出帆はふいっと視線を逸らして、ガシガシと
自分の頭を掻いた。
「えー、そうかな? でもこれ、もういらない服なんでしょ? もったいないから、私が部屋着でもらっちゃおうかなって」
「……あー、もう。そんな格好で言われたら、ダメなんて言えないでしょ」
彼は観念したようにため息をつくと、歩み寄ってきて私の頭にぽんと手を置いた。
「似合ってるよ。僕が着るより、ずっといい」
「本当? やった」
私がえへへ、と笑うと、出帆は少し意地悪そうに目を細めて、私のフードの紐をごく軽く引っ張った。
「でも、それ着て外に出るのは禁止。……家の中だけ。僕の前だけにしてね?」
その独占欲が混じった言い方に、今度は私の方が照れる番だった。
自分らしくいれる服の答え。それはデザインや流行りだけじゃなくて、こうして大好きな人の存在を感じられるかどうかなのかもしれない。
「わかった。……じゃあ、これ着て衣替えの続き、手伝ってくれる?」
「了解。そのワンピースが汚れないように、僕が重い方は持つね」
大きなパーカーの裾を揺らしながら、私は再び自分の部屋へと向かう。
新しく仲間入りした「お気に入り」は、きっと何年経っても捨てられない、一番の思い出の一着になりそうだった。
「……あ、今度は僕が選んでいい?」
パーカー姿の私を見て何かを閃いたらしい出帆が、いたずらっぽく笑って自分の服の山を漁り始めた。
「これとか、陽翠に似合うと思うんだよね」
差し出されたのは、彼がよくお出かけの時に着ていた、少し大人っぽいネイビーのチェックシャツ。
「これも借りちゃっていいの?」
「おう。ちょっと待ってて、袖捲るから」
私はパーカーを脱いで(少し名残惜しかったけれど)、シャツを羽織る。
やっぱり肩幅が全然合わなくて、ずるりと肩が落ちそうになるのを、出帆が背後から包み込むようにして整えてくれた。
「よし。……あー、やっぱり。思った通り」
出帆は満足げに腕を組んで頷いている。
オーバーサイズのシャツは、私の膝上くらいまで丈があって、裾から覗く素足がいつもより強調されている気がして、急に恥ずかしくなってきた。
「ねえ、これ……パーカーより変じゃない? ぶかぶかすぎて、服に着られてるっていうか……」
「それがいいんじゃん。なんか、僕の服の中に陽翠が隠れてるみたいでさ」
出帆は私の手首のところで余った袖を、丁寧に、でも手際よく何重かロールアップしていく。彼の指先が肌に触れるたびに、心臓の音が大きくなる。
「……できた。鏡、見てみなよ」
促されて洗面所の鏡の前に立つ。
そこには、凛としたネイビーの色に包まれて、いつもより少し幼く、でもどこか出帆のものになったような雰囲気の私がいた。
「どう? 自分らしい服とはちょっと違うかもしれないけど……僕らしい服を着てる陽翠も、僕は好きだよ」
鏡越しに視線が合う。出帆の真っ直ぐな言葉に、さっきまでふざけていた悪戯心はどこかへ飛んでいって、代わりに胸がいっぱいになった。
「……もう、出帆のいらない服、全部私がも
らっちゃおうかな」
「はは、それじゃクローゼットがパンクするでしよ。……でも、本当に気に入ったなら、全部持っていっていいよ」
彼は私の肩を引き寄せて、少しだけ誇らしげに笑った。
「……ねえ、出帆。そんなに私にばっかり着せて、自分だけ余裕なのはずるくない?」
私は鏡の前からくるりと振り返り、悪戯っぽく目を細めた。
出帆は「え、僕?」と不思議そうに瞬きをしている。
彼は私よりずっと背が高いけれど、その顔立ちは驚くほど整っていて、どこか中世的な美しさがある。そして何より、丁寧に手入れされたその長い髪。
「出帆、ちょっとじっとしてて」
「……何? 何か企んでる顔だ」
警戒する彼を座らせて、私は自分の衣替えの山の中から、お気に入りの白いレースのシュシュを取り出した。
「これ、麗奈と色違いで買ったやつなんだけど。出帆の髪、綺麗だから絶対似合うと思って」
「陽翠……それ、思いっきりレディースでしょ」
「いいの。出帆は髪が長いんだから、有効活用しなきゃ」
文句を言いながらも、出帆は逃げようとはせず、大人しく私に後頭部を預けてくれた。
指先で彼のさらさらした髪を梳き、耳の後ろの髪もまとめて、高い位置でシュシュを絡める。
「……できた! ほら、鏡見て」
髪をまとめ上げたことで、出帆の細い首筋と、整ったフェイスラインが露わになった。
白いレースのシュシュが、彼の黒髪によく映えて、まるでお伽話に出てくる貴族のような、あるいは少し中性的なモデルのような不思議な色気がある。
「……。これ、外歩いたら絶対僕だってバレない気がするんけど」
鏡を見た出帆が、頬を少し引きつらせながら呟く。でも、嫌がっている風ではない。
「かわいいよ、出帆。さっきの『僕らしい服を着た陽翠』のお返し」
私が満足げに笑うと、出帆はシュシュのフリルを指でそっと触り、それから観念したように私の腰を引き寄せた。
「まあこれいいよね。陽翠とお揃いだ」
白いレースのシュシュと白いリボン。
二つがひらひら揺れて。
こんな日常がこんな幸せがいつまでも続きますように。




