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それぞれの色で

「……出帆。私、分からなくなっちゃった」


玄関の明かりが、私の視界をちかちかと刺す。出帆は私の頬のガーゼに目を止め、一瞬だけ眉を寄せたけれど、すぐにいつもの静かな眼差しに戻った。無理に聞き出そうとはせず、ただ私の言葉を待ってくれている。


「私が私でいる限り、誰かがずっと海の底で泣き続けるの? 私が光を放つたびに、その光に焼き殺されて、期待に殺されて、聞こえないように笑わなきゃいけない人が増えていくの……?」


立花さんの、あの乾いた笑い。


期待という名の水底に沈められ、息もできずに漂っていた彼女たちの姿が、脳裏に焼き付いて離れない。


出帆は私の肩に手を置いたまま、ふっと小さく息を吐いた。その手は驚くほど温かくて、深く沈みそうになっていた私の意識を、ゆっくりと水面へ引き上げていく。


その温かさに緩められて泣きながらあったことを話した。


「……そっか。そんなことがあったんだね」


出帆の声は、凪いだ海のように穏やかだった。


「陽翠。陽翠が光れば、確かに影は濃くなる。それは残酷な事実だけどさ……立花さんたちが感じている絶望を、僕たちが完全に消してやることはできないのかもしれない」


彼は私の目をじっと見つめ、諭すように言葉を紡ぐ。


「でもな、その光がなかったら、闇に呑まれて消えていた命がもっとたくさんあったのも事実なんだよ。青藍学園で陽翠が終焉具を出さなきゃ皆死んでたし立花さんたちが仇を討つべき場所さえ、影も形もなくなっていたかもしれない」


出帆の手が、ガーゼの端をそっと撫でた。


「陽翠は誰かを殺すために浄化師になったんじゃない。誰かを救うために、その光を選んだんでしょ? 立花さんの言葉は、彼女自身の痛みだから陽翠が背負わなくていい」


「でも……、彼女は笑ってた。聞こえないように、笑ってたんだよ……」


「……ああ。なら、次に陽翠が立花さんに会う時は、その嘘の笑いが必要ないくらい、もっと温かい光を見せればいいよ。絶望を照らすんじゃなくて、一緒に歩けるくらいの、優しい光を」


出帆は少しだけ口角を上げ、私の頭をぽん、と叩いた。


「とりあえず、その傷を消毒し直そう。こんな綺麗な顔に傷を作ったままじゃ神様が怒るよ」


長くて白い指が手を取った。


「僕は記憶がなくて消えそうだったときに支えてくれたのは陽翠だよ。きらきらして笑顔で笑ってくれて傍に居るだけで落ち着くんだ」


「陽翠が陽翠でいることで僕は今ここにいるんだよ」


私はまだ、海の底にいる彼女たちに何を言えばいいのか分からない。けれど、出帆の体温を感じるこの場所からなら、もう一度、光の意味を考え直せる気がした。


***

次の日私は杏花さんと会うことになった。桜月さんが見張り兼監視。


どこか生気のないと雰囲気の杏花さんは私を見るなり、自嘲気味に鼻で笑った。


「……何しに来たのよ。勝ち誇りにでも来たわけ? 『天才様』の顔に傷をつけた罪人が、どんな面してるか拝みにさ」


その声は震えていた。怒りよりも、自分自身の情けなさに耐えきれないような、そんな震え。


私はゆっくりと対面の椅子に座り、まだ薄く跡の残る頬に触れた。


「勝ち誇りに来たんじゃないよ。……立花さんから、話を聞いたから」


「……あいつ、余計なことを」


杏花さんは顔を背けた。


「鈴蘭さんのこと。青藍学園のこと。……私たちが、あなたたちの場所を奪ってしまったこと。出帆にも話したよ」


「はっ、同情? 反吐が出るわ。あんたたちが天才だから、あたしたちは『いらない子』になった。努力なんて才能の前じゃゴミ同然だって、突きつけられたのよ。……あんたに何がわかるの? 鏡花水月しか使えない、落ちこぼれの気持ちが!」


彼女が机を叩く。その音は、静かな室内で虚しく響いた。


「分からないよ。……私は、あなたにはなれないから」


私は真っ直ぐに彼女の濁った瞳を見つめた。


「でも、あなたが守ろうとしたものは分かる。立花さんの努力を、鈴蘭さんとの約束を、必死に守ろうとして……。その結果が、私への憎しみだったんだよね」


「…………」


「期待の言葉を聞こえないように笑ってたのは、立花さんだけじゃない。あなたもでしょ? 妹を守るために、自分が悪者になって、才能なんていう化け物に噛みつこうとした」


杏花さんの目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。


彼女は子供のように声を上げて泣いた。剥き出しの敵意という鎧を脱ぎ捨てて、ただの、親友を失い、行き場を失った十八歳の少女として。


「……悔しい……。悔しくて、死にそうだった……っ。なんで、あんたなの……っ。立花の方が、ずっと……ずっと頑張ってたのに……!」


私は立ち上がり、彼女の隣へ歩み寄った。


そして、かつて立花さんが私に触れた時のように、そっと彼女の肩に手を置く。


「杏花さんは強いよ」


「え……?」


「あの爆弾、自分で改造して殺傷力あげてるんでしょ?凄いよ」


杏花さんは涙でぐしゃぐしゃの顔を上げ、呆然と私を見た。


「……バカじゃないの。あんた、顔傷つけられたんだよ……?」


「忘れるくらい、次は貸しを作らせて。……ね? 杏花さん」


窓から差し込む光が、私たちの影を床に長く伸ばす。


海の底で溺れていた彼女の手を、私はようやく、少しだけ握れた気がした。


「……ふん。……あんたの背中、爆破しても文句言わないでよ」


「え、それは流石に言う」


窓には光が入ってきらきら光ってた。

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