訓練
「陽翠、綺麗だね」
「うん。私桃の花好きなんだ」
「陽翠が綺麗だって言ったんだけど」
また、春が巡ってきた。三月のぽかぽか陽気はどうにも眠くなる。
ピロン!
「ん?」
『強化訓練を始める。』
「強化訓練?」
***
「強化訓練を行うらしい」
書斎の新しく買った回る椅子をぶん回しながら桜月綾星は言った。
「強化訓練?」
いつも通りにさぼり来た碧が聞き返した。
「鹿目さんの命令だ。浄化師全員で強化訓練を行うらしい。期間は一年間。浄化師同士で力をつけあいクインテットが見る。」
「待て。それは俺もか?」
「当然だろう」
あったりまえよ。いくら人付き合いが苦手でもそれだけは参加して貰わないといけない。
「各課のリーダーも指揮を執るんだ。昴と水無月……空いた三課には一課から椎名が異動してきた。天音蓮も。」
昴柚羽と水無月結人。それに椎名菫子。
そしてクインテットの5人。
この戦いを私達の代で終わらせる。
***
数日後。
「えーと……自己紹介!しましょ?」
重苦しい空気の漂う訓練場。そこに集められた浄化師たちは、四人一組の即席チームを組まされていた。目的は、属性も武器も経歴もバラバラな四人が、実戦さながらの環境でお互いの力を高め合い、適応力と基礎体力を底上げすること。
「私は譲羽皐月!二十歳で太陽を使うよ!」
茶髪のボブカットを揺らし、太陽のように明るい笑顔で声を上げたのは最年長と思われる女性だ。手元には、その快活な性格とは裏腹に、冷たく鈍い光を放つ一丁の銃。
残りの二人は……双子だろうか。整った容姿は酷似しているが、一方は勝ち気に目が吊り上がり、もう一方はどこか虚空を見つめるような垂れ目。どちらも武器らしいものは手にしていない。
「チッ……徒花杏花。18歳。月」
「………徒花立花。杏花と同じ」
吐き捨てるような姉と、消え入りそうな声の妹。その温度差に戸惑いながらも、私は自分の名を口にする。
「白銀陽翠です。17で光を……「やっぱそうじゃん」
言葉を遮ったのは姉の杏花だった。その瞳には、隠そうともしないどろりとした敵意が渦巻いている。
「あんたが終焉具の子でしょ? なんでこんな一番強いバケモンと組まされなきゃいけないのよ……実力差なんて、やる前から決まってんじゃん」
「は……?」
不愉快そうに放たれた言葉に、背筋がぞわりと凍りついた。バケモン。その響きが胸の奥を鋭く抉る。
「ちょっと杏花ちゃん、何言って……!」
「めんど」
譲羽さんが慌てて嗜めようとするが、杏花はそれを無視して、地面に視線を落とした。
「あんたさえ居なかったら……。ま、いいや」
刹那、空気が爆ぜた。
パチン、と乾いた合図が鳴った気がした。
「爆・鏡花水月」
青白い光が、訓練場の石床で爆発する。
「っ!?」
咄嗟に身を翻したが、背後にいた譲羽さんが爆風をまともに喰らった。訓練用の模擬攻撃とはいえ、脳に直接響くような鈍い痛みが走るはずだ。
太陽。銃。爆弾。
『ひーすいっ!』
あの冬の空気が雨が、天に届く程の轟音が、麗しい太陽が頭に浮かぶ。
「雪月花」
妹の立花の手から、目に見えぬ何かが放たれた。シュッ、と空気を切り裂く音がした直後、私の首筋を鋭い痛みが走る。薄く、赤が滲む。
しゃらり、という雅な鈴の音が、戦場には不似合いなほど美しく響いた。
「扇……?」
立花の手に握られていたのは、鉄骨の扇。優美な舞を舞うかのような予備動作のない動きは、あまりに洗練されていた。
「わわっ! 双子ちゃんつよー! 負けてらんないね!」
「青天白日っ!」
譲羽さんの放つ真っ直ぐな模擬弾が杏花を襲うが、彼女はそれを紙一重で回避する。
「悪いけどあたし、譲羽さんに構う暇ないんだよね」
杏花は、脇目も振らずにこちらへ向かってくる。その執念は、もはや訓練の域を超えていた。
「眩き!」
私は掲げた羽衣から、訓練場を真っ白に塗りつぶすほどの強烈な閃光を放った。視界を奪うための目眩ましだ。
「くっ……!」
杏花が反射的に顔を背ける。
「立花、右!」
「……うん」
一瞬の静寂。光に包まれた静寂の中で、立花だけは音と気配だけで正確に動いていた。光が収まった瞬間、そこには着物のように広がった袖をなびかせた立花が、すでに喉元まで肉薄していた。
しゃらり。
再び鳴る雅な音。鉄扇の鋭い骨が、陽翠の喉元を冷たく掠める。
「速い……っ!」
立花の動きには一切の無駄がない。身体能力だけで言えば、この場にいる誰よりも純粋に鍛え上げられているのが分かった。しかし、それだけに、杏花の叫びが余計に鋭く突き刺さる。
「……杏花、やりすぎ。もうやめて」
「うるさい! あたしがあいつを分からせてやるんだから!」
杏花は叫びながら、不格好に改造された手製の爆弾を何度も投げつける。
(さっきから鏡花水月しか使わない……)
違和感があった。位置や距離、陽翠の体勢を考えれば、もっと効率的な技があるはずなのに。彼女は執拗に、この技だけに固執していた。
「秋陽!」
後方から、譲羽さんの銃弾が絶妙なタイミングでフォローに入る。
杏花はその弾丸を避けるのではなく、自らの足元に爆弾を叩きつけた。爆風の推進力で無理やり跳躍し、距離を詰める。常軌を逸した戦い方だ。
「なんで、あんたなの……! 立花がどれだけ努力してきたか、あんたに分かるわけないでしょ! 立花がどんな思いで……!」
「? どういうこと……っ」
「……杏花、もういいから」
いつの間にか背後に回り込んでいた立花が、杏花の手首を強く掴んだ。その瞳には、悲しみとも諦めともつかない色が浮かんでいる。戦いを見ていた譲羽さんも、ただならぬ気配を察して駆け寄ってきた。
「私は……、もう期待なんてされてない。それでいいの、杏花」
「よくない! 納得できるわけないじゃん! こいつさえ……錬成武器とか終焉具とかっ水晶の力とか都合のいい特別さえいなきゃ、立花が選ばれてたはずなのに!」
逆上した杏花の手が、むき出しの爪が私の顔へと伸びる。
「杏花!やめて!」
立花の制止も、譲羽さんの伸ばした手も間に合わなかった。
ビチャッ、と嫌な音がした。
訓練場の中に、明らかに異質な、肉を割く音が響き渡る。
「痛っ…………」
頬に走る熱い痛み。指先で触れると、ぬるりとした感触があった。引き抜いた手を見ると、そこにはべったりと真っ赤な血が付着していた。模擬弾による打撃ではない。明確な殺意と憎悪が込められた、生身の暴力の痕。
「何してるんだ! 訓練を中断しろ!」
異変を察知し、監視役の桜月さんが駆け寄ってくる。
静まり返る訓練場。周囲の浄化師たちの視線が、一点に集まった。
そこには、立花に組み伏せられながらも肩で息をする杏花と、その爪にこびりついた赤。そして、顔から血を流して立ち尽くす私がいた。
桜月さんの低い声が、冷たく響く。
「……徒花。お前、何をしている」
「言ったはずだ。武器を使って、互いの技を高め合えと。誰がその汚い爪で、仲間の顔を傷つけろと言った?」
杏花は何も答えない。ただ、私を射抜くような憎しみのこもった視線を逸らさなかった。
「白銀はすぐに医務室へ行け。……徒花杏花、こっちに来い。」
厳しい口調で告げると、残された二人に視線を向けた。
「譲羽、徒花立花。悪いが、お前たちは別の班へ編入させる。」
傷ついた頬が、拍動に合わせてズキズキと痛む。
杏花が連れて行かれる間際、彼女と目が合った。その瞳に宿っていたのは、後悔ではなく、深い絶望だった。
運ばれる医務室への道中、私は考えていた。
私が「特別」であることは、誰かにとっての「絶望」でしかないのだろうか。
溢れる光は、時に誰かの影を濃くしすぎてしまう。
血の匂いと、立花が最後に漏らした「ごめん」という掠れた声が、いつまでも耳の奥にこびりついて離れなかった。




