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幕間・雀宮家の食卓2

「涼。お前は鍋何派だ?」


「え?どうしたんですかぁ急に」


桜月綾星は妹の雀宮涼に聞いた。晩ご飯に鍋を作ろうと思って買い物に行ったら急に鍋議論を交わす気になった。


「普通の……」


「普通ってなんだよ」


普通ならやっぱり塩のやつ?でもキムチ鍋とかも良いと思う。この前動画でコーンバター鍋なんかも見た。梅と大根の鍋とかも美味しそう。


「普通って言ったら、あれですよ。具材が全部、茶色いやつ」 


涼は事も無げに言った。


「……それ、煮物じゃねーか」


「違います。お母さんが疲れてる時に出てくる『冷蔵庫の在庫一掃・茶色い精鋭部隊鍋』です。味は醤油ベースで、最終的に全部ちくわの味に支配されるやつ」


思わず買い物カゴを持つ手に力が入った。母さん、そんなことしてたんかい。


五歳の時に魔物に差し出されてから親には会っていないし会いたくもない。涼は両親のところで幸せいっぱいに育ったんだろうけど私は私で本願寺さんにたくさん愛してもらった。


「そんな哀愁漂う鍋、晩飯に出せるか。もっとこう、華やかなやつを提案しろよ。コーンバターとか、トマトチーズとか」


「浮かれてますねぇ。そんなキラキラした鍋、我が家の土鍋がびっくりして割れますよ。大体、コーンなんて入れたら、最後の一粒を箸で追いかけるだけの虚しい時間が流れるじゃないですか。修業ですかぁ?」


「……一理あるけど言い方よ。じゃあ、キムチは?」


「明日の私の吐息がテロ行為になりますよぉ」


「……塩は?」


「普通すぎて、食べてる途中で自分が何を食べてるのか分からなくなって、虚空を見つめることになります」


涼は一拍置いて、真顔で指を立てた。


「いいですか、姉さん。今の私が求めているのは、そんな『映え』でも『安定』でもありません。……『背徳』です」


「背徳?」


「はい。スーパーの惣菜コーナーにある、半額になったメンチカツをそのまま投入する『揚げ物地獄鍋』。これしかありません」


「お前の胃袋はどうなってんだよ。……よし、わかった。普通の寄せ鍋にするぞ」


「えぇー!結局、一番つまんないやつじゃないですかぁ!」


不満げな妹を無視して、ちくわを多めにカゴへ放り込んだ。


「……あ、でも姉さん。一個だけ譲れない条件があります」


「なんだよ。メンチカツなら絶対に入れねーぞ」


釘を刺すと、涼は買い物カートの端を握りしめ、かつてないほど真剣な眼差しで兄を見つめた。


「『マロニーちゃん』は、一袋全部ぶち込んでください。あれは鍋における『合法的な麺』です」


「一袋全部かよ。それもう鍋じゃなくて、マロニーの集会だろ」


「いいんです。あの透明な繊維たちが、出汁という出汁を吸い尽くして、箸で持ち上げた時にずっしりと重みを感じる……あの瞬間、私は生きている実感を味わうんです」


「重すぎるだろ、実感が」


呆れながらも乾物コーナーでマロニーを手に取った。


すると、隣で涼が「あ、これこれ」と、なぜか焼肉のタレをカゴに入れようとしている。


「おい、寄せ鍋だって言ったろ。なんでそれが必要なんだ」


「甘いですねぇ。寄せ鍋の最大の弱点は『中盤で飽きる』ことです。そこにこの焼肉のタレを小皿に用意してですね、具材をワンバウンドさせるんです。するとどうでしょう!和風の静寂が、一瞬にしてジャンキーな狂乱へと変わるのです!」


「……お前、味覚の情緒が不安定すぎるだろ」


「いいから!私のQOLクオリティ・オブ・ライフはこの黄金の液体にかかってるんです!」


結局、カゴの中身は「野菜・魚介・ちくわ大量・マロニー一袋・焼肉のタレ」という、寄せ鍋なのか闇鍋なのか分からないラインナップになってしまった。


レジに向かう途中ふと思った。


「……これ、最後シメはどうするんだ?」


「決まってるじゃないですか」


涼は勝ち誇ったような顔で、パンコーナーにあるコッペパンを指差した。


「……パン?」


「焼肉のタレと出汁を吸ったマロニーを、このパンに挟むんです。『自家製・鍋ニーサンド』。これ、世界を獲れますよ」


「……お前、明日から一週間、私が献立決めるからな」


姉の切実な宣言が、スーパーの店内に虚しく響いた。


帰宅するなり大きなため息をつきながら土鍋をコンロにかけた。


「……本当に入れるんだな。その、炭水化物の塊を」


「もちろんです。これは料理じゃない、『実験』なんですよぉ」


涼は鼻歌まじりにマロニーを一袋、迷いなく鍋に投入した。透明な麺たちが、出汁の中でうごめき、やがてスープを吸い尽くして鍋の底が見えなくなる。まさに「マロニーの集会」状態だ。


「よし、いい感じに『出汁の化身』になりましたね。では、メインイベントです」


涼はトースターで軽く焼いたコッペパンを半分に割り、そこに焼肉のタレをどっぷりと潜らせた茶褐色のマロニー」を、これでもかと詰め込み始めた。


「……おい、見た目が完全に『未知の生物』だぞ」


「見てください、この溢れんばかりのボリューム!名付けて、『マロニー・パンデミック』!」


涼は大きな口を開け、その凶悪なサンドにかぶりついた。


……数秒の沈黙。


「…………どうだ?」


恐る恐る尋ねると、涼はゆっくりと顔を上げた。その目には、なぜか薄らと涙が浮かんでいる。


「…これ、味の渋滞がすごいです。和風出汁の優しさと、焼肉のタレの暴力が、パンの中で殴り合ってます」


「……まずいのか?」


「いいえ。……悔しいけど、止まらない味です。炭水化物が炭水化物を抱きしめて、脳がもっとよこせって叫んでます……!」


涼は無言で、もう一つのコッペパンを私に差し出した。


「さあ、姉さんも『あっち側』へ行きましょう。今夜、私たちは鍋の概念を壊すんです」


「……明日から普通の白飯が食べられなくなりそうで怖いんだけど」


観念して口かじると、そこには想像を絶するジャンキーな多幸感が広がっていた。


「…………。おい、涼。マロニー、もう一袋あるか?」


「ふふふ。こっち側の住人ですね」


二人の食卓には、寄せ鍋の面影など微塵もない、茶色いマロニーの山とパンの残骸が積み上がっていった。






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